ゴト師を追い払い、設定師として雇われる事が決まった早朝、中馬さんに呼び出され行きつけのお寿司屋さんへ向かった…

毎度のことながら朝から寿司屋の暖簾をくぐるのは、非常に違和感を覚える。

出勤するサラリーマンは今から働こうかと言う時に、自分は酒を呑むべく寿司屋に入るのだから…まぁ何と言うか世間から外れたような行為?朝から酒を呑む事に少々罪悪感を感じていた時期でもあった。

寿司屋に到着し暖簾をくぐると、仕事を終えた中馬さんと南部さんが競艇話しに花を咲かせていた。この二人お酒を飲むとギャンブル話で異様に盛り上がる癖が有る(笑)。

挨拶を済ませ話しを聞いていると、どうも競馬に無い物が競艇と競輪には有ると言う話をしているようだ…。

中馬さん『競艇と競輪は人間臭いから面白いんやで!!』

中馬さん『アレはワシらの稼業ににも似てる!!駆け引きが有るんやぁ~』

中馬さん『人対人なんやぁ~~~だから楽しいんやぁ~♪なぁ!!』

南部さん『そ、そやのぅ・・・(笑)』

中馬さんは少し酒癖が悪い(笑)

競艇や競輪の話になると師匠と立場が逆転し、南部さんに向かって乱暴な言葉使いを始める。

どうやらパチンコでは頭の上がらない中馬さんも競艇と競輪に関してはチョット偉そうにしても良い暗黙のルールでも有るのだろう、見ているこっちはヒヤヒヤして堪らないが…。

やがて話は一発台時代の話しに移り、朝から酔っぱらって楽しそうに釘の話で盛り上がる二人を羨ましく眺めていた。

競艇や競輪の話しはまるで理解出来なかったが、ゆきちがまだ鼻垂れ小僧の頃のパチンコ話しを、師匠や中馬さんから聞くのが楽しくて仕方無かった。

今でこそアナログ機は少なくなってしまったが、師匠に至っては釘師歴40年、中馬さんはその半分の20年釘師としてやってきた、当然今と違いアナログ機が幅を利かせていた時代、その調整には相当な技術が求められていたようだ…

中でも一発台というタイプは高い精度が求められ、ちょとしたミスで数十万円の赤字に繋がる、正に釘師無くては存在出来無かった台だったと言う。

一律調整が当たり前になった今とは違い、当時は開放台と回収台そして遊び台を釘師が作り出す事が主流…よく言うメリハリ調整と言うやつだ!

そこには盤面を通して客との駆け引きがあり、そう言った要素が競輪や競艇が持ち合わせる部分とシンクロすると、師匠や中馬さんは話していた。

盤面を通して駆け引きが有るからパチンコは面白い…『明日は釘を触って来るかも知れない?』締められたのか?開けたのか?それとも…。

プロから一般客まで釘の話しは尽きなかったそうだ。

釘が解らない人でも様々な状況を観察する事で、釘師の癖を見抜く事が出来た時代、そこには人間臭さが存在していた。

角から二台目を開ける釘師【中馬さん】

角台は徹底的に締めるタイプ【師匠】

釘師にはそれぞれの癖があり、それを見抜くのもパチンコの一つの楽しみだった。

そんな二人の会話を聞いていると、これから進む設定師も畑は違えど同じような物だと思えるようになっていた。

スロットも同じように機械を通し客との駆け引きが存在する。

最高設定を追い求める客と、最低設定を使い利益を上げたがる経営者…。

その狭間に立って『開けた?締めた?』客に駆け引きを仕掛けてこそ設定師・釘師と言えるのではと思った。

そう考える内に今日の夜から始まる設定師稼業が待ち遠しくて仕方なかった。

南部さんの奢りで腹一杯寿司と酒を御馳走になり、昼過ぎ一旦自宅へ戻った。

布団に入り眠りに就こうとするがソワソワして眠れない、気分はまるで遠足に行く小学生のよう…しかし、心の中では得体の知れないプレッシャーを感じ始めていた。

指示された数値をクリアーしなければ、その先に待っているのは『解雇』の二文字…布団の中で結果が出なかった時の事を考えてしまい、気分が落ち込んだ。

確率通りに動きませんでした!などと言い訳は出来ない。

機械調整のプロとして仕事を請け負うのだから厳しくて当然の事だが、初めて独立する不安からネガティブな事ばかりが頭を過ぎった。

まだ解雇だけならマシなほう、酷い場合は変な噂まで立てられる…

狭い業界ゆえ一度名前に傷が付けば、取り返しがつかない事も多いのだ

『あいつに店を任したら潰された!!』

『あいつは機械音痴で役立たずだ!!』

店長時代はそれほどプレッシャーに感じたことは無かったが、フリーとして身を置いて始めて感じる物があった。

きっと今までは、安全な所に身を置いているから無茶も出来たのだろう…『クビにされる事は絶対に無い!!チョット怒鳴られても翌月頑張りますと言えば…』

会社員だから安全?!そんな気持ちが心の奥底に眠っていたから、ゆとりを感じていたのだろうか?

これから目指す設定師稼業は〇か×のどちらかで判断され、△は×に等しい事を頭に入れて置かなければならない…。

【〇】とは、打ち手に支持され、経営者からの指示も達成出来た時に与えられる物…つまり打ち手と経営者の中心になれたと言う事だ。

【△】とは、経営者の支持のみしか得る事が出来ない。つまり店の利益重視型【今までの自分】と言う事になる。

【×】とは、言うまでも無く客の支持しか受けれない、業界で言う(ザル)と呼ばれるやつだ(笑)出すだけ、赤字にするだけは誰でも出来る…まぁこれは論外だな(笑)

そんな事を考えながら頭まで布団を被り、これからやるべき事を整理して行くと次第に不安とプレッシャーは消え眠っていた。

パチンコ店の営業が終わる頃、中馬さんからの電話で目が覚めた。

『おはようさん(笑)いよいよ今日からやな♪なんやったら一緒にスロット屋に行くか?』

何かと面倒を見てくれる兄貴的存在の中馬さんだが、いつまでも甘えていられないので、お礼を言って一人で店に向かう事にした。

身仕度を済ませ家を出たのは日付の変わる少し前…

営業の終ったスロット店に向かうべく夜の街へ車を走らせた

次回更新へ続く