スロの打ち手は多くの場合、自らの最高出玉記録をしっかりと覚えています。2万枚、3万枚、中にはそれ以上の枚数を叩き出したプレイヤーも少なくありません。

なんじゃそれ! 旧基準の高純増タイプでも、ATで8千ゲーム回してやっと純増2万4千枚なのに、どうやったら3万枚も出せるんだよ…と、若い読者さんの中にはそう思う方もおられるかも知れませんが、4号機の初代GODやアラジンAでは3万枚以上の出玉も特に珍しくありませんでした。まぁ、機種の爆発力が今とは比較にならないほど尖っていた時代ですから、大量出玉の可能性と引き換えにクソ負けのリスクも常に背負っていたんですけどね。

一方、パチンコの場合は、どういうわけだか皆さん、最高出玉の具体的な個数を覚えてらっしゃる方は意外と少ないようで…。「あの機種でいっぱい出した」という記憶はあれど、じゃあ具体的に何発出したのと聞くと、「よく覚えてないけど20万円くらい勝った」と返ってくるケースが多いんです。

これはつまり、一般的なパチンコファンにおいては「出玉」ではなく「勝ち額」の方が重要…ということなんだと思います(出玉をきっちりと覚えているのは職業プロ)。それゆえ、私はパチンコ談義の際にそういう話になった場合、最高記録を尋ねて勝ち額を答える人を一般ファン、出玉個数を答える人をパチプロまたはセミプロ(パチンコ上級者)と認識してきました。そして、面白いことに、この法則に外れる人に出会ったことは一度もありません。おそらく、この法則は今後も崩れないと思います。

でまぁ、今回のお題「人生で最もアツい日」というコラムの導入に、なんでこんなどーでもいい話をしているのかというと…。

本編はこの後スグ!

 

 

時は平成4年の12月13日。当時、私は大分県の某建設資材商社に籍を置く、落ちこぼれ営業マンでした。もともと人付き合いが下手くそな上に喋るのも苦手、押しもまるで強くない…と、全く営業マンに向いてない私の唯一の楽しみが、休日に思う存分パチンコ&パチスロを打って、仕事上のストレスを発散させることでした。もちろん、平日の仕事帰りに打つこともありましたが、夜7時から適当な空き台でパチンコを打っても勝つのは難しい。それで、いつしか平日には主にパチスロを(パチスロは立ち回り次第で勝てますからね)、休日は朝からパチンコというのが、当時の私のプレイスタイルになったんですよ。

 

この頃、通っていたのは大分市の竹町通り商店街にあった某店。私は主にこの店でブラボーキングダム(平和)やスーパーアレパチ(太陽電子)を打っていたのだけど、年末の商いの方がしばらく忙しくて、約半月ぶりに打ちに来たところ、見たこともない新台が導入されていました。

先客が先を争ってその機種のシマに走るのを見て、私もなんとなく後について行って適当な台を確保しました。盤面を見ると「BIG WEDNESDAY」と書いてある。

ビッグウェンズデイ? もちろん、大ヒットした映画とは何の関係もないのでしょうが、その機種名から巨大な波に乗る出玉のイメージを思い描いた私は、とりあえず台間サンドから5百円分の玉を借りて打ち始めました。ちなみに、当時はまだノズルからそのまま上皿に玉が出てくるような便利な玉貸し機はありませんでした。5百円玉を投入したら筒状の払い出し口に125個の玉がストックされ、下から小箱で受け止めて上皿に玉を移すセルフサービス的な仕様だったんです。

 

「ビッグウェンズデイ」(豊丸産業)

写真は「パチンコ歴史事典/2017.2.27ガイドワークス刊」より

 

打ち始めると、何となくゲームの流れがわかってきました。普通にブッコミを狙って打ち、左右オトシ上のスルーチャッカーを玉がくぐると上部の電チューが一瞬開放(三角釘から自力で入賞するケースもあり)。役物内に入った玉は回転体の振り分けを受け、始動口に入ると2桁デジタルが回転。しかる後にデジタルが「33」または「77」で揃えば大当りで、役物下の電チューとオトシ電チューの連動で出玉を稼ぐんです。すでに大当りしているヒキが強い人の様子を見ると、1回の大当りで獲得した出玉は500個くらい。なんか少ねぇなぁ…。

その台は大当り後も特に変わった挙動はなく、なんだよ、ただの高確率&低出玉の一般電役じゃん。貴重な休日に朝イチからこんな台に走って失敗した。そう思ったんですけどね。

投資2500円で私にも「77」の大当りが発生しました。すでに先客の打ち方を見て、大当りの消化手順は心得ているので、戸惑うことなく打ちっぱで連動を消化。せっかくだからこの出玉が飲まれるまでは打つけど、もしも飲まれたらスーパーアレパチに移動しようか。そんなことを考えながら打っていたら、次に役物に入った玉が始動口に入賞し、これがまたしても「77」。ラッキー、連チャンした!

 

この時は本当にその程度の軽い気持ちだったんですが、自分の認識が間違いだったことに気づくのに時間は要しませんでした。なんとそこから大連チャン。始動口入賞までのプロセスが大変なので一気に出玉が増えたりはしないのですが、入れば2分の1以上の確率で「77」または「33」が揃います。出玉は少ないので速度的にはジワリジワリといった感じなのだけど、確実にドル箱の出玉が増えていくから凄い。このお店のドル箱は4千個入る大きなサイズであり、一箱が満タンになったので足元におろして箱を替えました。当時は玉の上げ下げは全てセルフサービス。店員さんを呼んでドル箱を替えてもらえるようになったのは随分と後になってからの話です。

その際に、ふとシマの上を見ると、妙な張り紙が目に入りました。

「大当り発生後は20分以上打ち出しを止めないでください」

コレってなんのこっちゃ?

よくわからないけど、今の自分の台は明らかに普通の状態ではない。だとしたら、この機種の連チャンには「時間」が関係しているのかも…?

そんな風に察したんですが、内部システムがわからないからとにかく怖い。20分以上打ち出しを止めるなということは、とにかく打ちっぱにしとけば問題ないはず。だけど、それ以外にも何か連チャン継続の条件があるのだとしたら、下手に休憩もできないのよね。

そんなことを思っている間も連チャンは続き、午後3時くらいにはドル箱が足元に10個。そのインパクトの凄さに背中には人だかりができ、一時は10人ものギャラリーがヘバりついてました。ドル箱を重ねて優越感に浸るのは嫌いじゃないけど、この頃になるとまた違った問題に直面します。そう、人間ならば絶対に避けられない生理現象ですね。

例の張り紙を見てからはドリンク類を一切口にしなかったけれど、それでも時間が経てばトイレに行きたくなるのは当然のこと。しかし、どんな我慢にも限界があるわけで、トイレ直行・膀胱破裂・オモラシ…の三択から自分が選んだのはトイレでした。仮にこれで連チャンが終わったとしても、人としての尊厳を守るためだから仕方がないよねぇ。

とりあえず大当りを消化してからダッシュでトイレに向かい、はち切れんばかりに膨らんだ膀胱の中身を一挙に放出。それから洗面所で手を洗って脱兎のごとく台に戻りました。

この間、実際の所要時間はおそらく3分くらい。しかし、心の中では凄い勢いで時計の秒針が進んでいたわけですよ。なので、席に戻って次の大当りが発生した時には、ほっとして嬉しくて本当に小躍りしそうになりました。まぁ、踊らないけどね。

 

もはや閉店まで終わらないだろう。そんな錯覚すら感じた大連チャンでしたが、夜8時45分、ついに前回の大当りから20分以上が経過して大当りせず。頭上の大当りカウンターに「234」の数字を残し(つまり234連チャン)、約10時間を費やした連チャンは終了しました。まぁそれはそれで仕方がない。祭りはいつか終わるものだからね。足元と背中に積んだ計20個のドル箱を流すと(これも普段はセルフサービスなのだけど、この時だけはさすがに店員さんがドル箱を運んで流すのを手伝ってくれました)、ジェットカウンターから打ち出された出玉はなんと78655個(2.5円交換)。これが25年経った今も破れない私の個人レコードです。

それにしても、なんていう激しい台だろう。当時はインターネットもないし、頼みのパチンコ雑誌は発売日までのタイムラグがあって情報が遅い。さらにはガセネタを堂々と掲載するトンデモ雑誌まであって、情報の取捨選択は完全にプレイヤーに委ねられていたのだけど、それからしばらくしてようやく「パチンコ必勝ガイド」にビッグウェンズデイの解析記事が載りました。

 

 

初当り確率1/53

連チャン状態大当り確率5/9

時間制限付き連チャン機能搭載

 

ざっくり言うとこんな感じ。連チャン状態への突入条件は「連動の最後のオトシ電チュー開放時に7個以上入賞させること」でした。下手に止め打ちなどせず、大当りを打ちっぱなしで消化すれば高い頻度で条件を満たすことができ、以後は19分35秒が経過するまで連チャン状態を維持。途中で大当りを引いて再び条件をクリアすれば制限時間がリセットされる…という、過去に例を見ない非常に斬新な連チャンシステムだったんです。

なるほど…と納得しました。あの日、最初に大当りを引いた客は「最後の電チューに7個以上入賞」の条件を満たせなかったから連チャンしなかったんだね。例の張り紙にしても、おそらく店側はメーカーに問い合わせて得られた回答をそのまま表記したのだろうけど(実際、食事休憩をとって戻ったら連チャンが終わっていて、「てめえ、台に何かしやがったな?」と店員に食ってかかった客もいるらしい)、よくもこんな恐ろしい連チャンシステムを考案したものだと思う。これじゃあ、夕方からなんて絶対に打てないし(連チャン状態に突入したら取りきれない可能性大)、電チューの寄りを殺されたら肝心の連チャン条件を満たせなくなってしまうやん!

 

それからしばらくして、このお店は天の三角釘を完全にツブし(自力の役物入賞をなくした)、左右のスルーを完膚なきまで叩きました。さすがにオトシ電チューの寄りは生かしてましたが、デジタルの回転率が下がったことにより19分35秒で5/9を引けない客が続出。当然の流れとしてビッグウェンズデイのシマから客が飛ぶことになり、翌春には全てハズされてしまいました。

結局、私のパチンコ人生で最もアツい日は、78655個の出玉を獲得して静かに幕を閉じました。あらためて考えてみるに、当時は台の内部システムなど全くわからないままカネを突っ込んでいたわけで、抽選確率もゲーム性も全てが台の設置開始前から公表されている今は天国だなと。これまでにも何度か書いたことがあるけど、昔のパチンコは「成分のわからない薬を処方され、それを何の疑いもなく服用していた」ようなものです。

しかしながら、怪しいからこそ魅力的…というのも、パチンコにおいては一つの真理だと思います。各メーカーおよびホール関係者の努力によって健全化が進み、あらゆる部分でクリーンなイメージが先行するようになったパチンコ業界だけど、先人たちのそうした努力に深く敬意を払う自分がいる一方で、いっそ今のパチンコなんて滅びちゃえと願う別人格の僕がいる。

 

おしまい。

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