今回で私のコラムも30回目となりました。その記念にというわけでもありませんが、パチンコ未来物語シリーズの3回目(最終回)を語りたいと思います。(第1回・第2回はこちら

~プロローグ~

今から10年後、店舗数がさらに減ったパチンコは1パチがメイン。釘が固定化されました。

30年後は国営化、換金不可、家でするパチンコ形態となりました。 さらに時は流れ・・・

「この歳になってまだパチンコが打てるとは思わなかったな」70歳になる広仲蓮は、2078年5月のカレンダーを眺めながら呟いた。

既に石油石炭などの資源は底をつき、原子力依存も昔話。大気汚染、温暖化など環境破壊対策のため、今さらながら発電の動力源は風力、地熱が主流となっていた。

よって、消費電力量も制限され、「原点回帰」「質素が一番」を唱える風潮も悪くない、と思っていた。

ゲーム界の問題。依存症、視力低下、体力低下、落下事故、ひきこもり問題が深刻化し、まずゲーム機の生産、使用が禁止された。

まだまだ不足、とついに携帯、スマホも禁止された。ガチャやグラブなどソシャゲが消えることとなったのである。

そして9年制の小学生には外遊びが義務付けられた。どの小学校にも広い遊びのスペースがあり、3時~5時はフリープレイタイム(外遊び時間)に充てられた。

スペースは、裏山や小川、田んぼまで入っていることも珍しくなかった。

自動車も消えたことで、交通事故が無くなった。

どの町にも町営の田んぼがあり、春の田植、秋の稲刈りは授業の一環であった。自ら植え育て、収穫した新米をおにぎりにして皆で食べる収穫祭は、孫の加偉も楽しみにしていた。

稲刈りをしていたら、大きなトノサマガエルを見つけた、と目を輝かせながら教えてくれた。

生活の一部となっている農作業も一段落。昼寝をした後、広仲蓮は3丁目のスーパーマーケットの一角にあるえびす会館に行った。

こじんまりした入口の戸を開けると、演歌が聞こえてきた。3年目の浮気である。

けっこう賑わっており、白人も黒人も楽しそうに遊戯していた。日本人以外の東洋人も多かった。

最近のお気に入りはビッグロータリー。これも例外ではなく、純粋に玉の動きを楽しむ台である。

託児所も隣接しており、入場に年齢などの制限はない。

マイクから煽りが聞こえてきた。 「いらっしゃいませ いらっしゃいませ 本日も数ある遊技場の中からえびす会をご指名いただき まことにありがとうございます! パチンコするならえびす会館 パチンコするならえびす会館 日頃鍛えた自慢の腕と勘 または粘りと頑張りで ジャンジャンバリバリ ジャンジャンバリバリお出しくださいませ! 

おおっと!126番台でご遊戯中のカッコイイお兄さん ニッコリ笑ってラッキースタート!!」

昔どこかで聞いたような、懐かしい感じがした。

省エネの関係で閉店時間の夜7時になり、パチ屋を出た時は辺りはすっかり暗くなっていた。

東の山の向こう、大きな灰色の星が見えた。

 

地球だった。

 

~エピローグ~

もう少し早く、せめて平成の時代に国ごとの垣根を越え地球規模で質素化運動が進んでいたら、まだ人類が住むことができたかもしれない・・

酸素のあるメガシールドに囲まれた居住地区での帰り道、広仲蓮は思った。

 

■じゃじゃ流パチンコ川柳

「この地球(ほし)で 打てる幸せ 噛みしめる」