前回#6-B

僕は今まで難儀がって伝えていなかった、ノッポさんがいない場でのヒデくんの様子や、白田君のアプローチのまずさを伝えた

「そのようにしてヒデくんが不遜な態度で、バイトの子や社員を尻目に、さもバカにしたように、ゲラゲラと笑いながらルールの揚げ足をとっていれば、いい印象は持たれないでしょう」

「その後すぐにというわけではないでしょうが、そんなことが繰返されているイベントについて歯の浮くような物言いで『この前のイベントは活況でしたね』なんてぬかせば店長が怒り出すのも当然じゃないんですか」

今度はノッポさんが愕然としていた

「ぽちさんのことを疑ってすいませんでした」

しかし謝罪の言葉とは裏腹に、その眼には一種の恨みがましい色が浮かんでいた

「でも、ぽちさんは卑怯ですね」

「僕らのように上手く他人と接することのできない人間に手を差し伸べることだって出来たんじゃないんですか」

「ヒデや、白田の行動が少しずつ僕の求めていることと外れてきていたことを横目で眺めていたにもかかわらず、頭を抱える僕に助言の一つもくれませんでしたね。その結果、遅かれ早かれこのようになることを、ぽちさんには判っていたんじゃないんですか」

「もしくは、そうかもしれません」

「ですが、非難すべきは僕ですか」

「ノッポさんは僕に最初に接してきたときのように、ただ頭を下げて、相手を持上げていればことが済むように思っていませんでしたか」

「ノッポさん、あなたには皆が生涯追いつけぬ程の実力の持ち主ですが、あなたが想定しているほど他人は馬鹿ではありません」

「この程度で大丈夫という目測の誤り、あなた自身の甘さが原因ではないんですか」

「ノッポさん」

「ノッポさんは鏡の前で笑顔の練習をしたことがありますか」

「幾通りもの笑い方を、声を出しての練習をしたことがありますか」

「いかに自然に、いかに不快に思われないような笑い方はどんなんだろうと考えたことはありますか」

攻撃的に光っていたノッポさんの眼が瞬間、大きく見開かれる

数秒の後、ロウソクの火が消えるように、ふっと僕から視線をはずした

「今回のことはすいませんでした、ヒデにもこのあと聞いてみます」

ノッポさんは深く頭を下げた

僕は事の発端となった、店長との諍いについて必死に弁明する白田くんの姿を想像する

このあとノッポさんがするであろう尋問、縋るようにして釈明するヒデくんの姿を想像する

ノッポさんは彼らを責めることはできないだろう

それどころか今回のことを機に新たな絆が結んでいる彼らの姿が目に浮かぶ

固い握手がほどかれたあと、各々が帰る場所を想像する

夕飯の用意をしながら帰りを心待ちにしている白田君の嫁の姿

お唄を唄いながら、就寝時に読んでもらう絵本を物色しているヒデくんの娘さん

住人の几帳面な性格をそのまま反映したかのように、合理的に整理されたノッポさんの部屋

白田くんが嫁と食後の暖かいお茶をすすりながら並んでテレビを観賞し、ヒデくんが娘と数字のお唄を歌いながら一緒に入浴し、そしてノッポさんは帰り際に購入した攻略誌の数字や配列を眺めながら、あらたな稼ぎの一手を探っている

あくまで想像である

いつも彼らが見せる満ち足りた表情を考えれば、これは、自分の考えを肯定するために、無理やり僕が描き出したイメージなのだろうか、と愚にも付かない自問自答を繰返す僕がいる

まったくもって滑稽である

店の方へと戻ってゆくノッポさんの後姿には、これまでみたことのなかった拒絶の気配がまとっている

僕は、僕に向けられたその気配はきっと消えることはないんだろうなと考えながら、ぼんやりとその背を眺めていた

 

 

陽が少し傾きはじめていた

ノッポさんの体躯があった先には、駐車場の柵を挟んで、埃や排気で色のくすませた雑居ビルがあった

その一階には、池に餌を投げ入れたときにパクパクと口を開いて列をなす鯉口ように、酒場のドアが並んでいた

その鯉口のようなドアの頭上には、えぐるような色合いをしたパラソル形の庇があり、そこに店名であろう一昔前の女性の名前が列記されている

ビルの横にある古い家屋の住人であろう年配の女性は、買い物袋を片手に、小屋に繋がれた中型の犬の鎖を柱から外そうとしている

先ほどまで昼寝した犬は、主人の買い物に付き合ってやるかといわんばかりに、いまだ眠気の残る体を大きく反らしている

前後の脚をハの字にひろげ、反った背に夕暮れ近くのやわらかくなった光をチラチラと映している

ぶるりと身をおおきくふるわすと、ゆったりと主人の足跡をたどってゆく

平和そのものである

今日の出来事も、今までのことも、すべてが中途に噛み合わなく、どれもこれもがちぐはぐで、真剣に考えれば考えるほど、この平和な風景ともあいまって滑稽さが増してゆく

『世に言われる悲劇の真は喜劇であり、逆に、世に言われる喜劇は真は悲劇である』

ある小説家さんが作中の人物に語らせていた言葉を思い出した

彼らの夢物語の結末は喜劇か、悲劇か

さきほどの犬は数メートル先の電信柱で足を止めている

用でも足すのかと眺めていると、何かを確認するように鼻先を柱のもとに近付けている

そして、何かを思い出したかのようにいフイと顔を上げると、少し距離の開いた主人の方へと、またトコトコ歩き出した

 

 

「この前、IC近くのお店で久しぶりにノッポさんをみかけました」

「おお、マジか。まだ頑張っているんだなあ」

「はい、ただ以前よりもギスギスした印象を強く受けました」

「そうか。一人だったの」

「はい、その後も二回ほどみかけましたが、すべて一人でした」

「ただ、それほど長い時間居たわけではないですから、個々で見回りをしている可能性もあります」

「そして、ギスギスしたというのも、僕の最後の印象からくる色眼鏡を通してですから、実際は違うのかもしれません」

「あれから何年だっけ」

「仲違いしてから程なくして店も潰れましたし、最後に見かけたときから十年以上は経っていると思います」

「そうか。まあ、軍団がどうなったのかはわからないが、ノッポさんがとりあえず生きているのなら良かったじゃないか」

「そっすね。こんなことを話しているのが馬鹿らしくなるような羽振りの良い状況かもしれないですしね」

「うむ、ところで昼飯なんだが」

「はい、食べたいもの思いつきましたか」

「石焼きビ…」

「またっすか!?お気は確かですか??前回も前々回も、前々々回もビビンバっすよ!?」

「え~、…それじゃあ蟹?」

「先生、どっかの女学生じゃあるまいし名詞の尻に疑問符をつけるのはやめて下さい」

「そして、蟹は無理です、僕のお財布が辛いので、蟹は奥さんとお二人でお願いします」

「なんだよ、ぽちくん!じゃあキミが決めてくれよ!!」

「え、僕が決めるんすか…あ、いや、すいません、ビビンバで大丈夫です」

「…は?」

「…あ、いや、大丈夫ではなく、ビビンバが食べたいっす」

「も~なんだよ~素直じゃないな~。ぽち君も食べたいんなら最初から素直にそういえばいいのに~」

「先生、なぜかはわかりませんが、敗北感がものすごいっす」