この人の実力は、自分と同程度だろう、と感じるときは大抵の場合、自分より優れているものである。

 

ぽちの住まう地域に「野上くん」「レッツくん」という二人の猛者がいる

「どこどこに、こんなやつがいる」と噂を聞くだけで、基本、地下で活動をするモグラのごときポチらは、互いに顔を合わすことはない

だが、住まう地域に安さんのように光の差す地上で活躍するモグラがいると、地上の世界に憧れを抱く同族は、光に吸い寄せられた蛾のように、気付くと安さんの足元に群がっている

そうして真横や、正面、背面を意識すると、そこに知り合うはずのなかった「噂」の誰彼がいたりする

安さんの足元であるとき、ふと気になって首をぐるりとまわしてみると、噂の野上くん、レッツくんがそこにいた

同年齢ということもあり、他よりも意識してみていると、ベテランさんとは比べ物にならないまでも、若手という括りのなかで、この二人は頭一つ抜きんでていた

 

『レッツくん』

レッツくんは絶対的目押しという尖がった一つの武器を持っていた

ベテラン組、中堅組もうなるような目押しの技術は、同世代のなかでは飛びぬけており、実際、僕はレッツくんがミスっているのを一度も見たことがない

いまは潰れた国道16号線にあった「オリーブ」という店で「クランキーコンテスト」の全6イベント時に並んで打ったことがあったが、あれほど忘れたくても忘れられない記憶も珍しい

目押しのミスを笑ってくれるほどの仲でもなく、かといって数次元先の居世界の住人として距離をとることも、安さんや中堅の方たちと紡いでいる輪の中では難しかった

高校を中退した自分のほうが若干、歴が長く、ポチは年長者に可愛がられており、愛情表現の一つとして、からかい半分若手のホープ的な扱いを受けていじられていた当時の話

レッツくんが評価している中堅の兄さんらも、そのからかいに参加しており、激しく困惑して必死に、「勘弁してくださいよ…」と嘆いても、困った顔をみて、余計に大喜びする諸先輩方らは止まるはずもなく、どう足掻いても、「へー、ポチくんて凄いんだろな」との地獄の終着点にたどり着いてしまっていた。

そんな中、ぽつんと二人並べて打つ羽目になったときの緊張はただ事ではない

今ならば「横でそんな精度でビタビタ止められる人間の気持にもなってくれ!とりあえず僕のボーナス中は、絶対にこちらをみないようにね!!…というか、なんなら僕の代わりに押してくれてもいいんだよ??」

的な返しも思いつくが、当時の自分に、そんな余裕があるわきゃない

そして、黙っていればいいものを、ニートの特徴の一つとして「考える」ことの好きだったポチは、まれにある食事の会、安さんや中堅の人たちが話す、パチンコ打ちたるや、みたいな重い議題にも、他の若手が遠慮している中で、ただ一人えらそうに物を言っていたのだから、心底、始末に負えない

もし今日、とんでもない失態を犯せば、今までのことはすべて大恥をかくための大布石である

パチンコ打ちとして思うこと感じることと、実力は別物だよね!

そして、玉はともかく、コインは覚えたてだから、できなくてもそりゃ当然さ!

なんて、理屈は、若手には通用しない

いいから黙って普段の偉そうな態度を実力で証明しろハゲ!!である

心臓はバクンバクンと波うち、眼はチカチカ、手は小刻みにではあるが、指先どころか二の腕あたりから震えている

機種がまた悪い

当時、ヤマサ系のパルサーシリーズは純増10枚程度、リプレイ外しの主流をつくったユニバなどの機種が40枚程度のなか、このクラコンはベースの枚数を抑える代わりに外しの効果を跳ね上げ、効果は70枚(数字はざっくりです)くらいあった

ようは技術の差が極端に出やすい台ということ

震える手をおさえ、何とかコインサンドにお金を投入して打ち始める

調子のいい時であれば、それなりに成功するので、頼むから今日がその調子のいい時であってくれと願いながら打ちすすめていると、最初の千円でバケバケと弄ばれている自分を尻目に、100G前後でレッツくん本日初のビッグボーナス

「おお、さすがだね」

なんて頓珍漢なことをポチは言いながら、どこかの家政婦のように、瞬き一つせずにジッと横目で凝視していると、この化け物はウェイト機能を作動させたままを、びたんびたん一コマ目押しを成功させている

その淡々と消化していく姿は、音と光がなければとてもボーナス中とは思えない作業感だ

後から考えれば、このビッグボーナスを先にひくかどうかが、重要なターニングポイントだった

先に引いて、一コマどころか、二コマ目押しですら、ぐるんぐるんと何周も確認し、首をこくんこくんタイミングと同期させ、えいやっ!!と超絶格好悪く押す姿を見せていれば、その後レッツくんの美麗な目押しをみても、すでに時遅しと、ある程度は開き直って打てていたかもしれない

が、こうなってはそうもいかない

他人の目を気にしまくる小人物のポチは、自分の気持ちを落ち着かせるために考える

「下手は下手なりに自分のペースでやればいい、同じ設定でも、かたや期待値4万、ポチ2万、別にいいじゃない2万あるんだから。そもそも店にたった一台の日当2万なら喜んで打って、やり直し不可の、まわり10万ぼく2万は嫌だなんて理屈があるものか。他人と比較して一喜一憂するなんて、俗な思考は僕にはない!!」

賢明なあなた様ならもうおわかりと思うが、そんなことをグルグル考え出している時点でもう詰んでいる

隣のレッツくんの存在を極限まで意識しながら「僕は2万で大丈夫、他人の目なんて気にしない、僕は…」と念仏のようにぶつぶつ唱え続けていると、とうとう運命のビッグボーナスを引く

緊張は極限まで達し、鼻呼吸もままならず、息はハフハフと意味不明の音を出している

普段三、四周で押すものを、なぜか気持ち早めてミスりまくり、今度は普段以上に慎重になって何周もさせて、むしろタイミングがわからなくなってまた失敗

等価一回交換、不安から攻めすぎてパンク、子役もこぼしまくりのせいで、「え、それ箱いるの」という一回分をいれたスカスカの箱を、耳まで真っ赤にしながら店員に渡す

不幸なことに、若い店員さんは、ちゃんと安さんの取り巻きとポチを認識しており、笑うどころか哀れなチンパンジーを慈しむように、計数機の数字から視線をはずして交換してくれている

ふらふらになりながら席に戻ると、レッツくんは隣であれほど豪快にパンクさせたのを、まったく気づかなかった様子で「どうだった?」と獲得枚数をきいてくる

その視線の邪気のなさに、本当に気づいていないこと、そして僕が意識しまくっている中、まっっったくレッツくんの眼中に入っていなかったことを理解する

ポチは恥ずかしさで白目を向いて意識を飛ばしてしまいそうになった、というか飛ばしたかった

恥ずかしさを突き抜けて具合が悪くなり、耳まで赤かった顔色は濃い土色に

快適な空間の中、ひとり、土色の額に脂汗をにじませ、究極にひきつった笑顔で

「い、いやあ、パ、パンクして〇〇枚だったよ」

と、最後の意地で、正直に枚数を伝える

「うわーまじか。〇〇枚だと1パンか、ついてなかったね」

悪意の持たぬ大人というのは、包丁を持った赤ん坊同様である

天使の笑顔で心臓を一突き、即死です

「あ、いや、あの、に、2パン、、、」

「…え」

「…」

「…」

それからは、向上の心も、羞恥の心も消え失せ、ただただ死人のように表情をなくしたまま、タンタンと閉店までミスりまくり、こぼしまくり、パンクさせ続けた

後日計算してみると、コンテストの6で仕事量が7千円弱という前代未聞の数字を叩き出していた

終日稼働、全6、隣台との差という条件で見れば、隣のレッツくんのクラコンとの仕事量の差は、確実に日本記録、つまりは世界記録だった自信がある

終日おやじ打ち(現代でもこの言い方で通じるのかな)でも、1万円弱はあった筈だから間違いない

グラフ化した両台の数字をここに載せることができたならば、皆、涙を流しながら笑い転げたこと請け合いだ

 

もし、あの店がよい子の園児の通園路だったら、

「うわーママ、ゾンビがスロット打ってるよ、しかも奥のおっさんより枚数少ないよ、変態さんなのかな、あのゾンビ」

「こら、見ちゃいけません」

てな、やりとりが聞えたことだろう

 

2につづく