昼間は活気の有る人気のホールも閉店後になれば静まり返る。それは当たり前の話だが、静まり返ったホールで密かに行われる釘調整で活気を生み出していた時代が実在する…。

誰も居ない店内で独りパチンコ台に向かい、翌日の活気を生み出すための仕掛けをする。

手入れの行き届いた銀色に輝くハンマーで盤面上に飛び交う玉を自在に操り、お店を活気ある鉄火場へと豹変させる。その男は手打ち時代から30年以上の月日が流れた当時も現役で釘師として活躍していた。

その姿は、まさに自分が憧れた釘師像そのものであった。

静まり返った店内で、その釘調整を見とれていると…

南部さん 『お前が新しく釘を叩く店長か?』

ゆきち  『は!はい!よろしくお願いします。』

南部さん 『・・・』

ゆきち  『ゆきちと言います!よろしくお願いします!』

南部さん 『・・・・・・・南部や』

とにかくこの南部さん、どこからどうみても堅気の人には見えないし、物静かというか言葉を返す間が非常に長いので、その都度、沈黙が流れ緊張感につつまれてしまう…

言葉を発することなく雰囲気だけで相手を倒してしまうんじゃないか?と思ってしまうほどオーラを纏った人物だった。

ゆきち 『羽根モノはこれからも南部さんが触っていただけるのでしょうか?』

南部さん『お前が店長やろ!しっかり調整せんかい…』

ゆきち 『あっ!はい。すみません』

何も出来ないまま南部さんの釘調整を見ていると、フロック(オマケ入賞)部分まで調整している、その理由は全く分からなかった。

ゆきち 『プロの釘師さんはやはりいろんな箇所をさわるんですね…』

南部さん『…黙ってみとけ』

ゆきち 『あっ!はい。』

しかし、まぁその調整スピードは凄まじく早く、あっ!という間に36台の羽根モノを叩きあげてしまった。

南部さん 『悪さでもされない限り、明日から11割超えることはないわ』

ゆきち  『あ、ありがとうございます』

南部さん 『明日からはお前が考えて調整したらええから…』

ゆきち  『は、はい…あの~何処をどれ位開ければ良いんですかね?』

南部さん 『そんなもん自分で考えろ!お前の店やろが』

ゆきち  『…あっ!はい』

南部さん 『と、言いたい所やけど社長と次長に頼まれとるからな…。』

南部さん 『羽根モノは10割切ったら絶対に開けたらなアカン!』

ゆきち  『10割ですか…』

南部さん 『そや!10割以上は取ったらアカン!』

ゆきち  『客が借りた玉は全て返すいう事ですよね?』

ゆきち  『換金差額分以上は取らないという事で合ってますか?』

南部さん 『そや!お前、釘は素人やろ、難しいこと言うても出来へんねんから』

南部さん 『10割切ったら開けてやればいいんや!』

ゆきち  『スタートをメインで開け閉めすれば良いですかね?』

南部さん 『お前、釘師になりたいんやろ、少しは自分で考えてやってみい!』

ゆきち  『は、はい!分かりました頑張ってみます!』

南部さん 『ほな、わしは帰るから戸締り頼むで!』

ゆきち  『はい!お疲れさまでした』

そう言うと南部さんはお店を出て行った。

時間は朝6時を過ぎたあたりだったろうか?外はすでに明るくまた夏の熱い1日が始まろうとしていた。

時間的に自宅に戻る余裕は無かったので、そのままお店にいる事にしたが、特にやることもないので南部さんが調整した羽根モノを打ってみることに・・・。

この店に勤める前はパチプロ、羽根モノは得意だったし釘読みだってできる。釘帖を見る限りは全台締めだが、自分が打てばそれなりにまだ玉は出せるんじゃないだろうか、そう思い見た目の釘が良さそうな台に座り打ち始めてみた。

選んだ台はブッコミはキツイが寄りはストロークでカバーできそうな台、試しに玉を弾くと思い通りのコースへと玉は流れる、これならと打ち始めるが落としが足りない、さらに役物クセもあまりよく無いように感じるが粘れば玉を出せるようにも思う…。

次の台へ、ブッコミ、寄りは良いが、落としがキツイ、役物の癖は良さそうな動きをするが見た目以上に落としに入らないが、これが見た目通り鳴いてくれれば玉は出せそうだ。

結局、何台も打ち散らかしているうちに社員が出勤してきたので試し打ちは終了となった。

どれもこれも時間をかけて打てば玉は出せるような気はするのだが、果たして南部さんが言っていた11割を超えないと言うのは本当だろうか…。

その日は自宅には戻らずに、店舗2階にある社宅に泊まることとなった。

夕方に目が覚め事務所に戻りホールコンを確認すると、さすがは給料日後の週末、CR機や権利物、スロットは想定していた以上の売り上げと利益を確保できている。

気になる羽根モノは…

南部さんの言った通り11割前後をウロウロしている。

なんでこんな正確に出玉をコントロールできるのだろうか?

パチンコは全台出率100%を超えているので、持ち球で粘る時間が長くなれば割数は上がっていく、定量性を採用しているから無制限に比べれば割数は合わせやすいのかも知れないが、自分はここまで正確に調整ができる様になるのだろうか…。

全台締め調整で想定以上に利益は取れていたが、翌日も稼働は十分に見込めるため、スロットの設定を少し変更しただけでパチンコは触らずに翌日曜日の営業を迎えることにした。

その結果、土日はアウト(稼働)を落とすことなく想定以上の利益を確定でき、翌日の平常営業へ釘を戻すために閉店後のホールへと向かうと次長がホールで待っていた。

次 長 『おつかれさん!きっちり週末とれてるやないか♪』

ゆきち 『はい!予定よりかなり多く取りすぎましたけどね』

次 長 『まぁ、また月末までに返してあげたらええんや(笑)』

ゆきち 『そのつもりですよ♪』

次 長 『ほんで南部さんに会ったんやろ?なんか言われたか?』

ゆきち 『給料明けの取れる時にシッカリ取らんかい!って怒られました(苦笑)』

次 長 『そうか(笑)羽根モノは南部さんが叩いたんやろ?』

ゆきち 『そうです!僕は何も触ってません!』

次 長 『そうやろな!あの人の凄いところは締めてもそれほどアウトが落ちんのや』

当時、羽根モノコーナーの平均アウトは30000~33000程度、年配層が多く夜になるとCR機や権利物に比べ稼働は落ちるが、昼間は連日高稼働を続けていた。

ゆきち 『あと10割切ったら釘を開けろと言うてましたね…。』

次 長 『そうか、じゃあ今日は開けやな』

ゆきち 『そうですね…。9.0割なんで、開けないと駄目ですね。』

次 長 『どないしたんや?元気ないやんけ(笑)』

ゆきち 『いや~どこを開けようかな?って』

次 長 『なんや?南部さんは指示は出してくれんかったんか?』

ゆきち 『そうなんですよ。自分で考えろって!』

次 長 『そうかそうか(笑)じゃあ自分で考えて頑張れや!』

そう言うと次長は島の片隅に座ったままタバコを吹かしコチラを眺めている…。

先ほどまで釘を叩いてきたCR機や権利物とまるで違う釘構成の羽根モノ、その調整ポイントは複数あり、間違えれば無限に玉が出続けてしまう事をパチプロ時代に理解していただけに、ハンマーを出せずに悩み続けていた。

次 長 『どないしたんや?はよ!たたけや(笑)帰られへんやんけ』

ゆきち 『せかさないで下さいよ!見られていると緊張するんです!』

次 長 『なんでや?さっきCR機や権利物は緊張して無かったやんけ?』

次 長 『緊張するのはな!自分に自信が無いからや!』

次 長 『まぁ、見られたくないならワシは先にかえるわ!』

次 長 『開け閉めはちゃんと釘帳に記録しとけよ!』

ゆきち 『あああ!そういうつもりで言ったんじゃないですよ…』

そう言い残して次長は帰って行ってしまった。

確かに次長に言われた通り羽根モノを調整できる自信は無かった、しかし自分も数か月前までパチプロとして飯を食ってきた、釘を見る力は一般の人よりは長けているのだから叩けないハズはない…

そう自分に言い聞かせ、翌日の平常営業の目標割数13.5割営業を目指し調整を始めた。

ブッコミ、寄り、落としとまんべんなく釘を少しづつ開けてみることに、ついでに南部さんが触っていたフロックも少しだけ開けてみたが…

釘を動かすのは簡単だが、この調整で一体どれくらい玉が出るのか予想すらつかなかった(笑)

まぁ、店全体の利益はシッカリ確保できているのだし、少々赤字でも構わない!

静まり返った店内にハンマーの音が響き渡る…。

その音を聞いていると、憧れだったガラスの向こう側に立てているような気がした。

その翌日、釘調整の難しさを改めて思い知らされることとなる。

次回更新へ続く