釘調整を任される立場になり初めての週末、外部から来ている釘師さんの存在を知らされる…。
週末仕様に釘を締めながら、聞かされた釘師さんの事が気になって仕方がなかった。

グループ全体の釘は次長が全て叩いていると思っていたが、深夜から明け方にかけてその釘師さんはお店に来ているようだ。

当時、深夜1時過ぎには調整を終え帰宅していた自分は会う機会がなく、その釘師さんの存在を知る術はなかった

会ってみたい…

そう思い次長に話しかけてみた。

ゆきち『その釘師さん毎日店舗には来ないんですか?』

次 長『毎日来てると思うで』

ゆきち『お、思うって・・・』

次 長『でも最近は、チェックだけで調整は殆どして無いのと違うか?』

ゆきち『えっ!釘調整してないんですか?』

次 長『そりゃそうやろ(笑)ワシが叩いてるんやから♪』

ゆきち『どういう事ですか?』

次 長『そやな今日はゆっくり話したるわ、はよ!調整終わらせろや(笑)』

ゆきち『は、はい!』

週末仕様の締め調整は終わり残すは羽根モノのみ…

売り上げ、粗利にさほど影響しないので今回は羽根モノを据え置きのまま放置、次長と二人で飲みに行く事となった。

スグにでも話を聞きたかった自分としては近くの居酒屋でも良かったのだが、常連に鉢合わせする可能性や、店舗の情報が漏れると困るとの事で、かなり離れた場所にある次長行きつけの小料理屋へタクシーで向かう事に…

小奇麗な店の前にタクシーは横付けされ、暖簾をくぐるとカウンター奥にある個室へと案内された。

一通りの注文を終え乾杯し次長から釘師さんについての話が始まった。

次 長『その釘師さんは南部(仮名)さん言うて、ワシがこの会社に入る前から釘師をやってる人なんや』

ゆきち『次長が会社に入ったのはいつごろですか?』

次 長『そうやな~?』

次 長『ワシが入社したのが昭和47年やから、南部さんは30年近く釘師やってる計算になるな』

ゆきち『昭和47年言うたら僕が産まれた年ですよ(驚)』

ゆきち『じゃあ南部さんは僕が産まれる前から釘師さんという事ですよね?』

次 長『そうなるな(笑)』

次 長『ワシが店長になる時、南部さんに釘を教えてもらったからワシの師匠やな♪』

ゆきち『そ、そうなんですか♪僕も教えてもらえますかね…?』

次 長『どうやろな?教えてくれって言うて素直に教えてくれる人とちゃうけどな(笑)』

ゆきち『南部さんはなんで一部の台しか叩かないのですか?』

次 長『ああ…それはな~』

そう言って次長はしばらく黙りこんだ。

ゆきち『どうかしましたか?』

次 長『まぁ…時代の流れかな!』

ゆきち『どういう事ですか?』

次 長『今設置している古い台あるやろ?』

次 長『まだ決まった訳じゃない噂の段階やけど、撤去しなアカン話が出てるんや』

ゆきち『そ、そうなんですか?』

次 長『まだ噂やで…』

次 長『どうも検定や認定の切れた台を修理するのが違法とか言うとったな…』

当時は検定、認定切れした台は密かに修理を行い、人気機種を使い続けるのは何処のホールも暗黙の了解で行われ警察もうるさくはなかった。

壊れたらおしまいだけど、それまではずっと使い続ける事ができる、これが当時の考え方…

当然、壊れたらおしまいになるので、そうならないように中古台を買い集め、部品の交換などは当たり前に行って来たが、それが出来なくなると言うより、みなし機を設置していることが違法に当たるので期日までに撤去しなければいけない、所謂みなし機問題が動き始めようとする前段階の頃だった…

ゆきち『その撤去しなければイケナイ話が出ているのは分かりますけど』

ゆきち『釘師さんが一部の台しか叩かない理由はどう関係しているのですか?』

次 長『そ、それはやな…』

暫く口ごもり話しにくそうな次長だったが、幹部会で経費削減についての会議で起こった事件について話し始めた。

次 長『これは絶対に!ここだけの話にしとけよ!ええな!』

ゆきち『は、はい…』

次 長『一番の理由は常務(社長の息子)と南部さんの反りが合わんのや~』

次 長『常務が最近のパチンコは命釘開け閉めするだけやから誰でも出来る!って会議でぬかしよってな(笑)』

次 長『おどれは釘を叩かれへんのに偉そうに…』

次 長『南部さんに払う給料が高すぎるから(笑)自分の店で叩けば良いと言いだして』

ゆきち『そ、そんな事言ったんですか(笑)』

次 長『そや!頭が悪いんやアイツは!』

ゆきち『僕も常務はあまり好きじゃないです(苦笑)』

次 長『ほんで南部さんは、ホナお前がやれ!今日からワシは叩かん!言うて帰ってもうてな(笑)』

次 長『そういう訳でワシが叩く事になってもうたんや』

次 長『でもな!南部さんは長年の社長との付き合いがあるからな、明け方に来てチェックは今も続けてくれてるんや…』

次 長『ほんま立派な人やで』

ゆきち『それはいつ頃の話ですか?』

次 長『お前がちょうどこの店に入った頃かな(笑)』

ゆきち『それで釘師候補生募集って求人出していたんですね(笑)』

次 長『そうや!それを見てお前はこの会社に入って来たんやったな(笑)』

次 長『まぁ以前から南部さんもそろそろ引退したい言うてはったけどな…』

次 長『常務も空気が読めん言うか…ホンマ馬鹿や』

次 長『社長がホラ!言うてたやろお前に』

次 長『未来に通用する釘師になってくれって』

ゆきち『あっ!はい!言ってました。』

次 長『あれはな、これから大きくパチンコが変わって行くって社長なりに感じての言葉と思うんや…』

次 長『社長も息子に何れは会社を譲って引退しはるやろしな』

次 長『今は時代の転換期なんかもしれんな』

ゆきち『なるほど…』

次長からの話を聞いて状況は理解できた。

今自分が置かれている立場とこれから来るであろう変革の時、この時、それに対応していけるのか分らなかったが此処まで来た以上、もう引き返すつもりも無かったし、自分が憧れた場所にたどり着くまで頑張って行こうと思った。

そして何より、その自分が憧れた場所で30年近く釘を叩いてきた南部さんに会ってみたいと強く思い次長に相談してみた。

ゆきち『南部さん今日もお店に来ますかね?』

次 長『来ると思うで明け方に…』

ゆきち『お店で待ってても良いですかね?』

次 長『何時に来るかわからんぞ、お前も好きやの~(笑)』

ゆきち『だって一度お会いして挨拶したいですから!』

次 長『まぁ、お前が釘触るのは連絡入ってるから、必ずチェックに来るやろけど…』

次 長『お前みたいな大男が、誰も居ないハズのお店におったらビックリしはるな~』

次 長『とりあえず連絡だけは入れといたるわ(笑)』

そういうと次長は個室を出て奥にある階段をあがり2階へと消えて行った、時間はすでに午前4時を過ぎ小料理屋の閉店時間はとっくに過ぎ去っていたが、愛想のいい女将さんは文句ひとつ言わず、暖かいお茶を持って個室に入ってきた。

女将さん『いつも主人がお世話になっています。』

ゆきち『えっ!奥さんですか(驚)』

暫くすると次長が個室に戻り

次 長『まっ!そういう事や、南部さんには今連絡しといたから行ってこいや。』

次 長『5時頃には着くみたいやから』

ありがとうございます!女将さんと次長に挨拶を済ませ呼んでくれたタクシーに乗り込みお店へと向かった。

気分はもうアイドルか恋人にでも会うような昂揚感につつまれ、タクシーの信号待ちがもどかしくて仕方ない…

どんな人だろうか?背は高いのかな?どんな格好しているんだろう…

頭の中で作り上げる人物像を描いては、初めて会った時の挨拶や聞いてみたい質問を考えていると次第にお店が近づいて来た。

夏の朝は早くすでに空は白み始め、お店のシャッターの前に1台の車が止まっているのが見えた…

タクシーを降りお店に入ろうと裏口のシャッターに回ると店内に明かりがついているのが確認できた、釘師さんはどうやら中にいる様だ。

高鳴る胸を落ち着かせシャッターを開け店内へ、静まり返った店内は物音ひとつせず人の気配は感じられない、恐る恐るカウンターの方へ向かっていくとそこには

金縁のメガネをかけた年配の人が鋭いまなざしで釘帳をながめていた。

おつかれさまです!と、声をかけるとコチラをチラッと見た後、何も言わずそれまで眺めていた釘帳に目を戻した…

金縁の眼鏡越しに見せる鋭い眼光と足元がすくむ様なオーラを纏った釘師の南部さんは、想像していた以上に迫力があり、気軽に声をかける事すら許されない雰囲気を持ち合わせている人物であった。

返事も頂けなかったので次にかける言葉も見つからないままソワソワしていると釘師さんは…

釘師さん『おい!羽根モノは締めんのか?』

ゆきち 『あっ!はい。そのまま行こうかと思っていました。』

釘師さん『今日締めんでいつ締めるんや?』

ゆきち 『えーと。それは頃合いをみて…』

釘師さん『明日は給料明けの週末やろが!取れるときにシッカリとらんかい!!』

ゆきち 『あっ!はい…』

そういうと南部さんはカバンから銀色に輝くハンマーを取り出し、羽根モノの島へ向かって行った。

何も出来ないままカウンターで突っ立っていると、店の奥に設置されている羽根モノコーナーから釘を叩く音が聞こえてきた。

その音はゴツゴツと低く重く心地の良いリズムで静まり返った店内に響きわたり、明らかに調整スキルの高い人物が釘を叩いていることを知らしめていた。

次回更新に続く