前回は少々重いお話のまま、終わってしまいました、今回は明るい話題のみで…いや、そうでもないかな。
さて学生時代の私は、来る日も来る日もパチンコホールに入り浸っていたわけですが、駅付近のかなり古い閑古鳥ホールへ通っていました。
何故かと言えばそれが私にとって、とても居心地が良かったから。
そんなホールで打っていたせいもあってか、いろいろ偏った経験もさせられています。
今回はそれに絡めながら、当時のデジパチを振り返ってみたいと思います。
まず忘れられないのがブラボー10、平和さんの1300機デジパチ第一号。
この「パッパカパ~♪」というブラボーファンファーレがたまらなかった!
当時はデジタルが揃った直後に「パカッ」と味気なくアタッカーが開くだけでしたから、この「大当たりへの祝福」は衝撃的でした。
またこのファンファーレは後に現代にも受け継がれる羽根モノ、初代ビッグシューターの大当たり時にも使われましたね。
お若い世代の方々も聞き覚えがおわりだと思います。
↑これは当時の攻略法を駆使されている興味深い動画です。
三共(現;SANKYO)さんのフィーバーが世に出て以来、あまりの出玉の過激さに規制が掛かり、ついに当時デジパチの出玉では最少となってしまったのがこの仕様。
それでも今の甘デジの16ラウンド当たりよりも、出玉はよっぽど多いんですけどね。
台の整備や調整が、そして私の打ち方も悪かったのでしょう、初めての「パンク」というものを経験する破目に。
現在の台では大当たりになると、いかなる状況でも決まったラウンド数、アタッカーが解放しますでしょ?
ところが昔は、デジパチにも羽根モノのようなVゾーンが存在し、ラウンド中そこに最低一発の球が入らないとそこで大当たりが終了してしまいます。
よく羽根モノ動画で「1パン」と出るのは、1ラウンドでパンクしちゃった、という意味です。
しかし羽根モノのパンクと違いデジパチのパンクは、若かりし頃の私にはショックがあまりにも大きく、暫く立ち直れませんでした。
また当時よく打ったのがフィーバー10スペシャル、言わずとしれた三共さんの1300発機の第一号。
7とBAR揃いで大当たり、攻略法が発覚せず息が長かったこともあり、思い入れの強い方が沢山いらっしゃるようです。
この機種は私がドルバコスキーさんというパチ友のアジトを訪れて、撮影させて頂いた動画があります。
無機質ながらも趣が深いサウンド、そして動画でも述べさせて頂いておりますが、BAR揃いの妖しさがまさに私の心を鷲掴みという感じでした。
で、やはり閑古鳥ホールで打っていたため、また当時は一回交換というルールが多かったため、あまり勝てた記憶が残っていません。
それでも嬉々として打っていたわけですから、よほど私にとっては魅力的だったのでありましょう。
そうそう、ブラボー10でやらかした「パンク」の思い出がもう一つ。
あまり記憶が定かではないのですが、多分この機種だったと思います。
デジパチが先述の1300発機一色となり、どうしても出玉感が削がれてしまいました。
そこでメーカーさんは、アタッカーの横におまけチャッカーなる入賞口を設け、アタッカーの淵に当たった球がそこへ流れる仕様の台を創っちゃった!
これで出玉感は倍増以上、いやはや本当にあっぱれというか良く考え付いたものです。
本当にパチンコの歴史って、お上からの規制で削がれた勢いをメーカーさんが逞しいアイディアで更に面白い台を世に出す。
これを繰り返すことで成長してきた、と言っても過言ではないと思います。
しかしこの仕様の裏には、やはりにはリスクがありました。
元々は10カウント10ラウンドの台で無理やりおまけチャッカーに球を流すため、そちらに流れれば流れるほど逆にアタッカーには入りにくくなります。
そしてVゾーンに入らずアタッカー解放時間が終わってしまえば、それすなわちパンクです。
当時私はこの機種、しかも初打ちで大ハマりし、止めるに止められず身も心もボロボロになって打ち続けていました。
そしてとうとう大当たりを射止めます、が、打てども打てども一向にVゾーンへ球が入らない。
焦ろうが何しようが、球の行方はどうにも変わらず…無常にもVゾーンに入賞しないままタイムアップ、アタッカーが閉じて生涯二度目のパンクです。
しかもあろうことか1ラウンド目でのパンク、正直その後の記憶がありません。
それでこの後しばらく、ドラムデジパチ恐怖症となり三共さんの台を打てなくなってしまった、という苦い経験があるのでした。
当時の私は、冒頭でも述べたように閑古鳥ホールを好んで打つような、正に運否天賦のパチンカー。
無論パチンコの楽しみ方は人それぞれ、許容範囲で打っていれば何をどう打とうが自由です。
しかしトータルで勝てているか否か、という意味においては残念ながら「否」。
やはり相変わらず懐と相談しながら、投資の少ない機種を中心に、たまに逆転を目論んでのデジパチ大勝負→火傷→自粛、という打ち方をしていました。
毎度のことながら果たしてこの先、どうなることやら…
>今回は明るい話題のみで…いや、そうでもないかな。
かなり、そうでもなかった←こらっ(笑)
いやでも奇遇ですなぁ~、私もデジパチ初打ちが、パンクだったんです(笑)
何の知識もなく台に座るとビギナーズラックとはこの事か!のように僅か数百円(笑)だったと思います、777と揃って心臓が破裂しそうなほど興奮していると、隣のおっちゃん(笑)が「兄ちゃんついとるなぁ~、打ち止めまで一気にいくで」と言われ、さらに心臓バクバク(笑)
Vに貯留しないとパンクと言うのは分かっていたので手に汗ぐっしょりでした!
無事1Rと2Rはクリアーしたのですが、3R目、寄らない寄らない(汗)・・・緊張と恐怖で、おそらく握力検査でも出した事ないであろう、もの凄い力でハンドルを握り締めていた記憶があります・・・強く握ったところでどうにもならんのだけど(笑)
そして3R目でパンク(涙)
間髪をいれず「あれっ!兄ちゃんパンクしたんか?残念だったなぁ~」のおっちゃんの声がいつまでも頭の中を駆け巡ってました(苦笑)
たぶん、そんな事があって、一旦羽根モノに戻り、その後もデジパチより一発台やら権利モノに惹かれていった気がします(笑)
Kさん、コメント有難うございます♪
えっ?デジパチの初当たりがパンク?!マジで(笑)?!
ちなみに私はビッグドンで無事完走しましたよ、初当ては。
いや、それはトラウマチックですね…そうか、数奇な巡り合わせで嗜好まで変わってしまうこともあるのかもしれませんね。
パンクの思い出と言えば、私は奥村のローリングセブンが真っ先にあがります。アタッカーがデジタルの上にあったことと、アタッカー上の釘からVゾーン入賞口までの距離が長かったのが原因と思ってます。パンクの仕方はビッグシューターを思わせることもありました。真っ直ぐ転がればVゾーンに入るのに…なぜかそれていく!
でも同じ奥村のドリームW(私は九州人)よりローリングセブンの方が好きで、パンクしてもよく打ってました。デジパチで1ラウンドパンクを経験しているのはローリングセブンだけです。
三共の台はハラハラすることは多かったのですが、幸いパンク未体験です。
オマケチャッカーのない新要件の台ですが、京楽のアップルラインという機種でも五回位パンク経験があります。これも、釘とV入賞口の距離が原因ですねー
今のパチンコはVゾーンがないので安心は安心なんですが、何か味気ないですね
ふんだりけったりさん、コメント有難うございます♪
あれ?YouTubeにもコメント頂いてましたっけ?
何しろ今、Wi-Fi環境が揃ってなくて確認が出来ず…申し訳ありません。
ロータリーセブンは有名でしたね、回転役物がぴったり平坦にならない台があってそれが確かパンクの原因だったと記憶しています。
アップルライン、懐かしい!
ドットが綺麗なノーマル機でしたよね、好きでよく打ちましたよ♪
でもパンクの経験はないですね、幸い。
今後とも宜しくお願い致します。
時代が被るので、非常に心に染みながら、読ませて頂いてます。
自分も、自分のブログに、「パチンコ回想録」という自叙伝を載せてますが、浪人時代から、オカルト脱出まで、そのころ打った機種を書いてました。
10カウバイトント規制は、東京で先行導入されたものの、経営側は、かなり悲観的に思えていたようです。
しかし、蓋を開いてみたら・・・大当たりがしやすくなったから、男女年齢関係なしに、デジパチファンが増え、当時、ホールでバイトしていた私は、客付の良さと、大当たりの良さに、アナウンスにも力が入りました。
書かれているように、この規制から、音や感触で楽しめる台がどんどん出て、これもヒットした原因でしょうね。
ブラボー10のファンファーレは、今でも、鳥肌立ったのを覚えてます。
ちなみに、今、ヤフオクで出品されてるんですよね・・(ぼそっ)
パンクは、マルホンのビクトリーで何度もやらかしました。10カウント規制前の台。
そして、Fコスモのような、オマケチャッカー付は、パンクとのにらめっこでしたね。
そういえば、先般の撮影でも、我がアジトのレクサスがやらかしましたが(爆
自分も、このころ、閑古鳥が鳴いている某駅前の知人経営のパチンコ店と、ハネモノを出しまくる、老舗の店と使い分けて打ってました。
大型店は苦手でした。
大型店と言っても、いまのようなレベルでは無いですね。500台もあったらマンモスパチンコなんて言われた時代ですから。
今は、地味な店は淘汰されてますが、昔は、床が木、タバコで煙く、店員も、パンチパーマで、咥えたばこ、鍵をジャラジャラしながら
うろうろしていましたが、そういう店でも球が出れば優良店なんで、怖そうな店でも、構わず打ってました。
良い時代だったな~~~楽しい台がたくさんあったな~~~
はい。youtubeにもコメントしております(^_^;)昔は色々な機種を打っていましたが、現在は97%くらいはフィーバークイーンシリーズしか打っておらず、クイーン以外の機種はほぼ無知と言っていい状態です。クイーンが面白すぎて、他の機種打ってもすぐやめることが多いです。
ローリングセブンとアップルラインをご存知で嬉しいです。ツッコミではないですが…マルホンのロータリーセブンは、私はあまり打っていません。当時のマルホンのキャスターとか、何か恐いイメージだったんですよね(笑)ローリングセブンは、台毎にアタッカーの傾きが違ったんですね~30年の時を経て、なるほど!と思ってしまいました。ありがとうございます
ドルバコスキーさん
店長、コメント有難うございます♪
いやー、このコメントこそ染みますよ、当時を思い出します。
確かに1300発機の頃は老若男女、みんな打ってましたね。良き楽しき時代でした。
マルホンのビクトリーですか…回転系でしたか?
何しろWi-Fiが整ってなくて、確認ままならず申し訳ありません。
知人経営店って、例のボタン押す台があった店ですかね(笑)。次あたりアップ致しますのでお楽しみに♪
ふんだりけったりさん
ああー、クイーンマスター仲間の(笑)!
次のYouTube連動コラム企画でも少し話題が出て来ますので、ちょっとお楽しみに…♪
ロータリーセブンも回る役物系でしたか?
キャスターと同じ連チャンシステムだったかな?
あれはホントに過激でしたね、保留満タン→消化が面倒で攻略打ちはあまりやりませんでしたが。
今思えばもったいない話ですよね(笑)。