『おい、そこの二人!うるせえからもう少し小さい声で喋れ』

声を荒げるという程でもなく、けれどもしっかりと怒気を含むその声に、通勤時間帯の電車内が静まり返った。指摘されたカップルはその後、一切言葉を発する事は無かった。

ボクが最初に異変に気付いたのは『チッ……』と横の男性が舌打ちをした時。電車に乗り込みおもむろに本を取り出してすぐの状況では、『え?オレ??本ダメ??』といった状態だったわけだが、しばらくすると理由が分かった。

朝の7時台、混雑している上り方面の電車内で、ドア付近にいたカップルがプライベートな話を延々と垂れ流している。座席中央付近に立っていたボクにすら、しっかり内容が聞き取れる音量だ。男性はどちらかと言えば抑え気味。女性の方がやたらと通る声で、何やら飲み会の持論を語っていた。

 

怒声が響いたその先で、静まり返った車内で最初に思ったのは、“どっちもどっち”という感情。わざわざ注意する初老手前の男性も、注意されても仕方がない、そこそこなトーンで話し続けるカップルも。

こういうことがあるから、満員電車はイヤで仕方ない。必ずと言っていい程イライラしている人に遭遇する。普段ならそれでオシマイなのだが、そこから視点が変わったのは、途中の駅でボクの目の前の座席が空いた時。あと2駅で終点という状況で座る気など無かったけれど、件の男性がボクを押しのけるように目の前の座席に座った。

その事は別になんとも思わない。ただ、向かい合わせになって目に入った、眉間に刻まれた深いシワ、そして垂れた口角がとても印象的だった。

恐らく20代前半であろうカップルの、楽しそうな会話は確かに丸聞こえではあったけれど、そこに興味を向ける野次馬精神があれば特段不快とまではいかない。言わば、子どもがちょっと悪さをしているのを微笑ましく見るような、そんな感覚で聞く事だって出来る。

一方、件の男性が発した注意は違う。齢50を過ぎて尚、溢れ出る憤懣やるかたない怒気をはらんだその声と表情が、彼の歩んできた過去と今とを物語っているように感じた。

 

最近、一人の時間が増えて読書にハマっている。この時読んでいた本はこれだ。

タイトルが実に自堕落なパチプロ経験者らしいが、まぁ仕方ない。ボクは働くのが嫌いだから。

お金が欲しいから働くのでもなく、やりがいだけで働けるわけでもなく、金が無いと死んでしまうから働いている。出来る限り楽をするにはどうすればいいか、毎晩の晩酌を懐を気にせず楽しむにはどうすればいいか、そんなことばかり考えている。だから、こんな本に惹かれる。

すると、書の一節にこんな言葉があった。

『無意識に(周囲の人へ)与えている自然なギブこそが最高のギブ』

人は一日の内、97%が無意識下の行動であるという前提を基に、意識して与えることよりも、自然体の中にいかに無意識のギブを持てるか、ということが書かれていた。その最たる例が赤ん坊の笑顔だ、と。赤ちゃんが笑えば周りの人が自然に笑顔になる。幸せな気持ちになれる。その時赤ん坊は何も意識していない。なるほどな、と思った。

そして、電車内の男性を思う。

人は見かけによらないと言うけれど、ボクは少なくともある程度の歳になれば、性格が顔に出るという説を支持する方だ。明治維新や戦時中を生きた人々の肖像は、現代人のそれとは全く違う。モラルに欠ける軍団は皆、揃いも揃って性格の悪さが滲み出るような、人を喰った顔をしている。パチプロを長く続けている人間は、世の中の苦労を知らないからか、どこか幼い顔をしている。そういう傾向は間違いなくある。

男性が、カップルを注意したくなる気持ちは分かる。ただ、それは無意識のギブの対極にある意識的なアタックであり、当事者以外すらも不快にする誰も得をしない行為だ。けれど、それよりも自分の不満を発散することを優先する。そんなことを長く続けてきたからの眉間のシワであり、垂れさがった口角からは、きっと無意識のギブは生まれない。

さて、自分の顔はどうだ??

稼働から帰って鏡で見た自分の顔は、実に冴えない顔をしていた。本からの実りはあれど、ホールはいまだ冬真っ只中だったからだろうか。

■1/22 

ゾロ目の日といっても11日と22日はそこまで強いアテはない。今は後々も見据えて新規開拓という名の昔の記憶を掘り返すことを優先している。久しぶりに訪れるエリアは、様々な変化を感じ取れて良いものだ。家に引きこもって仕事をしているだけでは息が詰まる。そんな思いでパチ屋が密集するエリアへと足を運んだ。

朝1の様子から見て取れるのは、『以前より人が減ってるなぁ』ということ。そして、それでも『プロらしき人らもいるし、なんとかなるっしょ』という自身の楽観。

もとより気分転換半分、もう半分が負けるのはイヤ。気楽に最後尾から入場し、それなりな形をしている北斗無双に腰を下ろした。

最初の1万円は189回転(等価)。24回転で幸先よく7連荘を仕留めていたこともあり、『うん、まぁ座っていられるでしょ』と、余裕ブッコいてたわけだが……玉飛びがおかしくなり回転率も急降下。3万円いれたところで17.8回転は『さすがにシンドイ』とギブアップして、その他に気になっていた台をチェックして周る。『うん、予想通り無理だよね』という自身の納得の為の数千円。そして、近隣店舗のお店周り。

最終的に『この地区はちょいと厳しいなぁ』と確認が取れたところで、この日の稼働はここまでとした。

 

収支:-2K 3H

2019年トータル:+13K

 

電車移動の大きなメリットは、こうして本を読む時間が取れることと最近気づいた。ヤフーニュースや各種まとめサイトをのんべんだらりと見ているのも楽しいけれど、今はどちらかと言うと本が読みたい。

『働かない働き方』なんて勿論簡単ではない。やっぱり著者はスーパーマンに近いタスクをこなせる人だし、『1日3時間しか働かないと決めている』とは言え、ボクからすれば残りの時間も全くサボっていない。パチプロもある意味働かない働き方とも言えるけれど、デジパチの液晶に目をやる事もなく、スマホに興じる12時間なぞ何をかいわんや。加えて社会に認められない生き方を、同列にすることなどできない。

尤も、考え方には色々なヒントが詰まっている。かの男性や、ストレスに苦しんでいる大切な人に、この本を見せてあげたいと思った。その願いは恐らく叶わないのだけれども。

 

今年も早くも1/12が終わる。明日、ボクはどんな顔をしているだろう?来月は?2020年は?

それを決めるのは“今”の積み重ね。分かってはいても、難しいんだけどね。