このコラムの最初に書いたが、もう一度説明します
そのお兄様の身長は180弱、刈り揃えられた短髪、色白、Vシネマに出てくる悪役さん、またはボディーガードのような圧迫感のある体格、足元に光る黒い革靴は、鈍器のように鈍い光を放ち、ポケットに手を突っ込んだまま小脇に抱えられているセカンドバッグが、ポチの生存本能に何かを激しく訴えかけている
なぜ、神様はこんな狭い世界にナマケモノとライオンを同居させるんだろ
まじ殺されるだけなんすけど…
泣きが入ってはいるが、そんな下らない愚痴を吐ける余裕がまだあった
が、店外に出た後も、白谷さんの足は止まらない
「…え」
意味が分らず瞬間立止るポチ
そんなポチを無視して、白谷さんはゆっくりと人通りの少ない店の裏へとすすんでゆく
このとき、ポチは「祈る」という言葉の、本当の意味を理解する
強制されているわけでもないのに、手をうしろで組み、気を付けの姿勢をとっているポチ
白谷さんは、体の軸を5度ほど傾けて立っている
「で、どこの会よ」
「…は、…は、ふ、ほ??」
「地元の人間じゃねーよな」
「あ、あの、いや、じ、自分ちここから、すぐなんす!!」
黙って頷いていればいいものを、もしかしたら助かるかもと余計なことを口にする
「あ?おまえ、昨日埼玉の○○に来てたよな、あそこも地元か」
「…あ、いや」
「おまえ、舐めてんだろ」
「あ、いや、そんなつも…」
「あ?」
「…あ、はい」
「あのよ、俺らは生活かかってんだわ」
「…はい」
「生活かかっているからひけねーんだわ」
「…はい」
「店とも揉めるし、同業とも揉める。だから、揉めたときのためにヤクザに頭下げて金払って、いざってときのためにケツ持ってもらってんだわ、わかるか」
「…はひ」
「にーちゃんは、会にも入っていないで廻ってるということは、こうやって揉めたときに自分で自分のケツを拭えるってことだよな?それとも、他にだれか頼れる人間が身内にいるのか。いるなら呼んでいいぞ?お??」
「…はひ、すみまへんひた、勘弁ひてくらさい」
恐怖のあまり、ぽろぽろと涙をこぼしはじめるポチ(成人)
それを見た途端、白谷さんはビクッと体をふるわす
「お、おまえ、泣いているのか」
「…」
泣いても怒られる気がして、口をぐっとへの字に曲げてこらえていたものの、一度流れ出したら、もう止められない。
ぽろぽろぽろぽろ、こぼれつづける
「お、おい、バカ、泣くやつがあるか!」
最初は軽めに脅すだけのつもりが、予想していたよりもはるかに気が小さく、面白くなってきて続けていたが、いくら気が弱そうだといっても相手は成人男性、まさか泣くとは夢にも思っておらず、突如ひぐひぐと泣き出してしまったポチを見て、慌てふためいている
「ちょ、おまえ、泣くのをやめろ。後ろに回している手をほどけ、鼻もふけ」
「…ふ、…ふ、…ふぐぅぅっ」
なにが起きているのか理解できていなかったが、助かった風の空気に、安心感からか、先ほどよりも涙があふれて、とまらなくなる
「わかった、言い過ぎた。俺がわるかった。だから泣くな、な、そして鼻をふけ!」
「ふ、ふぐぅ!!」
アンタのせいだろ、とすこし怒ったような表情をみせるも、涙も止まらないし、息も苦しくて、まともに喋れない。そして鼻も止まらない
息苦しさのために肩を激しく上下させ、顔を真っ赤にして泣きじゃくるポチ
白谷さんは変な汗をかきながら、ポケットから取り出した几帳面に折り畳まれていたハンカチを手に、悪かった悪かった、と繰り返しながら、ポチをなぐさめている
「い、いや、あの、でも、お前も悪いんだぞ、こんな風に開店廻ってい…」
「ふぐぅ!!!」
ぶしゅっと、また鼻を出し、恨めしい視線を白谷さんにぶつけると、眼と鼻を真っ赤に腫れさせながら、また泣きじゃくる
「わ、わかった、悪かったよ。俺が全部悪かった。だから泣くな、そしていいかげん鼻をふけ!!」
全面降伏の白旗をあげる白谷さん
顔をぐしゃぐしゃにしながらも、意地になって鼻だけは拭かないポチ
そのようにして、ポチと白谷さんとの付き合いは始まった