釘師南部さんから出た『羽根モノ10割切ったら釘を開けろ!』の指示に従い、生まれて初めて羽根モノの釘を叩く日が訪れた。

CR機や権利物は確率に支配されている以上、スタートの調整である程度の利益計画を立てることができるが、羽根モノに関してはそう簡単には行かない。

先日、南部さんが触る前の状態に釘を戻す事が出来れば、営業目標に近づくのは分かっていた…。

が、その元の形が分からない。

しかし、お店全体の利益計画は自分に任されていたし、赤字を打てば他で何とか埋め合わせできるだろうと、南部さんが締めたであろう部分を全体的に開けて見ることにした。

その翌日…

開店から羽根モノコーナーはじゃじゃ漏れ(笑)

まるで6時開店などの時間打ちか?と見間違えるようなスピードで玉が出てしまうが、幸いにも定量性にしていたので一人のお客に独占されて玉が出るような事は無かったが、普段から羽根モノコーナーに遊びに来ている客の殆どが勝っているのは間違いなかった。

閉店後、ホールコンで割数確認すると羽根モノは70割を越えていた。

次 長 『えらい大盤振る舞いやの(笑)』

ゆきち 『ちょっと開けすぎました…』

ゆきち 『こりゃ南部さんに怒られるやつですかね?』

次 長 『まぁ怒られはせんやろ…でも、お前がこの後どうするかは見てはるやろけどな』

ゆきち 『とりあえず、今日は出すぎなんで締めたいと思います』

割数70割と言っても赤字額は50万円に満たない程度、売り上げが上がってないので割数が高くなっただけだと思い、翌日は売り上げを上げるためにスタートの釘を締めることにした。

ゆきち 『これで少しはマシになってくれますかね?(泣)』

次 長 『たぶんアカンな(笑)』

ゆきち 『えぇぇぇーーーーそんな困りますよ!』

次 長 『まぁ初めて羽根モノの釘やったらそんなもんや(笑)』

お店の月間粗利計画は十分にこなしているので、羽根モノの赤字額の影響は少なかったが、釘調整を始めて間もない自分にとって、釘で出玉をコントロール出来ない事は大きな精神的負担であった…。

そんな自分をあざ笑うかのように翌日は締めすぎの黒字、これは取りすぎたと思い釘を開けた翌日は赤字、そんな事を1週間も繰り返しているうちに突如稼働が激減してしまった。

パチンコ、パチスロ店で釘を預かる者の一番の恐怖は赤字では無く稼働を落とすこと、それは危険信号のサインとなっており、早めに処置をしないと取り返しの付かないことになる…。

次 長 『いよいよ稼働も落ちてきたな~(笑)どうするゆきち君♪』

ゆきち 『こ、これは非常にマズいですよね…。』

次 長 『まぁ、頑張ってみろや!』

ゆきち 『はい!今日は時間をかけて頑張ってみます。』

そう言い残し次長は帰って行った…。

ひとり店内に残り、釘帖を眺めどう調整しようか悩んでいたが、一向に解決に繋がるような調整方法は思いつかない、このままでは羽根モノのお客が居なくなってしまう、そんな焦りだけが自分を苦しめていた。

そんな時、裏口のシャッターが開く音が…。

南部さんがお店に来るにはまだ早い深夜2時過ぎ、こんな時間に誰だろうか?
身の危険を感じた自分は強盗対策用に置いてある警棒を握りしめ裏口へ向かった。

南部さん 『どないしたんや、そんな物騒なもん握りしめて(笑)』

ゆきち  『いや~ゴト師でも入ってきたのか思いまして(汗)』

南部さん 『・・・そうか。』

ゆきち  『南部さん今日は早いですね』

南部さん 『そんな事はどうでもええ、それより釘は終わったんか?』

ゆきち  『いや~それが、どうしていいかわからなくて…。』

南部さん 『そうやろな(笑)』

南部さん 『毎日、釘は見に来てるからお前が困ってるのは分かっとるで』

南部さん 『今日はお前の叩くところ見たろうと思ってな。』

ゆきち  『えっ!本当ですか!ありがとうございます!よろしくお願いします。』

南部さん 『挨拶はええから、はよ始めろや!』

釘調整のスペシャリスト南部さんに釘をみてもらえる時がついにやってきた、羽根モノの釘を触れば触るほど自信を失い、自分の無力さを知らされた状況で現れた南部さんは神々しくみえた。

自分は釘の素人でヘタクソだという事は、この1週間で十分に理解できていたので以前の様な見られている緊張感は全くなかった、ありのままの自分を見てもらって少しでも技術を上げれれば、と言う気持ちでパチンコ台の前に座り翌日の釘調整を始めようとした。

南部さん 『今から釘を開けるんか?締めるんか?どっちや』

ゆきち  『この台は開けようと思います…。』

南部さん 『…。』

ゆきち  『はじめて良いですか?』

南部さん 『いちいち確認せんでも構わん!用が有ればこっちから言うから始めろ!』

ゆきち  『は、はい!』

元気よく返事を済ませ、1台目の羽根モノの釘を開け始めた、釘帖のデーターではスタート回数(鳴き)を締めすぎている様に感じたので、ハカマ侵入口への誘導部分になる風車下の2本釘のピッチを玉ゲージ11.14で開け、ハカマの右ずれを若干修正、命釘は触らずにスタートの誘導釘部分だけの開け調整をしたつもりだった…。

南部さん 『ちょっと待て!今なんでそこを触ろう思った!』

ゆきち  『あっ!はい!スタートが足りないと思って開けました。』

南部さん 『なるほどな!じゃあ元の釘に戻してみろ』

ゆきち  『えっ!戻すんですか?』

南部さん 『そうや!今お前が開けた分だけを元の釘に戻せ!』

ゆきち  『は、はい…』

一瞬テンパったが、さっきの状態に戻すだけなら簡単だと叩き直すが、風車下のハカマへ誘導する2本釘に11.08のゲージ棒を当てハンマーを入れた時、南部さんから衝撃の一言が…。

南部さん 『違うな!間違えとる。それじゃアカン!』

ゆきち  『えっ!』

南部さん 『お前は元のピッチを確認してから釘を開けたか?』

南部さん 『元のピッチを確認してないのに、どうやって元に戻すんや?』

言葉が出なかった…。

風車下の誘導釘を締めるなら11.08の玉ゲージを使うと決めてはいたが、前日の調整時にそうなっていると決めつけ、釘を開ける前にその確認をせずに11.14の玉ゲージを当てて開けていた…。

普段、板ゲージを使ってCR機を調整していると命釘を一律で調整することが多く12.00⇔12.25など前回のピッチを確認することなく開け閉めしている癖がモロに出てしまった所を南部さんは見逃さなかった。

ゆきち  『すみません!確認してなかったです。』

そして南部さんはこう言った。

ええか!これは羽根モノや!デジタル機と違って釘や寝かせ、役物クセが重要な機械や、大袈裟に思うかもしれんが、今お前が叩いた台と同じ台は他に存在せんのや!

他のデジタル機と同じ感覚で調整してたら何時まで経っても上達はせんぞ!

自分が調整して締めすぎたと感じたら何でゲージを当てて確認せんのや?

釘を開けるのは、本当にお前の釘の開けが悪かったからか?

それともお客がヘタクソなのか?

他に機械の調子(バネなど)が悪いかもと思わんのか?

常にパチンコ台の前に座ってくるお客の事を考えて調整したらなアカン!
釘帖のデーターだけを見て開け閉めできる簡単なデジタル機とコレは違うんやで…。

返す言葉は無かった。

南部さん 『どいてみろ…』

そういうと南部さんは鞄の中からハンマーと手帳を取り出し羽根モノの前に座った。

南部さん 『この手帳に書いてある程度の事は頭に入れておけ!』

そう言って手渡された手帳の中を覗いてみると、そこには数字や記号がびっしりと羅列されてあるが、これだけでは何が何だかサッパリわからない…

南部さん 『それはワシが釘を預かってる店のネカセや各台の癖を記録した帳面や。』

南部さん 『ワシら釘師は何店舗も掛け持ちで釘を叩くからな、記録しとかな覚えれん』

南部さん 『でもお前は、この1店舗の数十台だけ頭に入れとけばいいのやから』

南部さん 『それくらいは頭に入れて調整しなアカン言う事や。』

南部さん 『役モノの癖が良い台は釘を開けなくても稼働はそれほど落ちん!』

南部さん 『なんでかわかるか?』

ゆきち  『プロや上手い人が打つからですか?』

南部さん 『そうや!釘に影響されないプラスの部分を分かってる奴がおるいう事や』

南部さん 『その台を他と同じような開け幅で釘を開けたらどうなる?』

ゆきち  『それは…当然出ます。』

南部さん 『そうや!それやのにお前は釘を開けとる…だからグチャグチャになるんや!』

ゆきち  『…』

南部さん 『しかも、ご丁寧に命釘やブッコミを開けてな(笑)』

南部さん 『そんなもん上手いやつが一番最初に見る所やないか(笑)』

南部さん 『どうぞ持って行って下さい言うてるのと同じやで』

ゆきち  『す、すみません…』

南部さん 『癖が良い台の開け閉めは上手いやつに気づかれない調整をせなアカン!』

ゆきち  『ど、どうすれば良いですかね?』

南部さん 『ワシは癖の良い台はフロック(オマケ入賞)を調整するようにしとる』

ゆきち  『それでこの前フロックを調整されていたんですね。』

南部さん 『フロックは上手い奴も見落としがちやしな(笑)』

南部さん 『それにスランプ(ムラ)が出やすくなるから騙すには丁度良いのや!』

ゆきち  『な、なるほど…。』

いつもは物静かな南部さんだが、自分がグチャグチャにしてしまった羽根モノの釘を一台一台触りながら修正を加えて行く…

それが出来るのは、各台の癖を知り尽くしている事に加え、翌日それらを狙ってくる人物の動きまで見えて調整している様に思えた。

つづく