「キッズの前にキッズなし」これは、スカイキッズ3を打ちに行っていた時に口ずさんでいた言葉。

スカイキッズ3ほどの魅力のある台は以前に無かった、という感じでした。

時は1993年。ゾーン移行式連チャン機ブラボーキングダムの喧噪も終焉した頃、三共から権利物として登場しました。

今は死語となってる権利物、ですが、概ね役物を経由してVゾーン入賞すれば大量出玉が獲得できる台。今なら天下一閃、天龍のような台です。

必勝ガイド誌の記事で一目見て打ちたいと思っていて、地元某駅前店に導入されましたので知人P氏と打ちに行ったのが1993年4月27日のこと。ただ、P氏は彼の好きなフルーツパンチの島へ行きました。

スカイキッズ3は1/50のデジタルを揃えて、約5秒開く羽根に入れ(1個入れば閉じる)、1/3の回転体の長穴に入れば権利獲得!ただ、デジタルを回すには飛び込み口に連続して玉を入れないとなかなか回らない仕組みでした。

その日はスカイキッズ3の島は私一人。やがて大当たりするも1/3の回転体に嫌われハズれ。しかし連チャン機ゆえその後は1回転目に必ずリーチが発生し、高確率で揃う。そしてようやく権利獲得!

このように、失敗、成功を繰り返しつつだんだん分かってきました。デジタル始動から大当たりするまでの時間が割と一定なので、V穴の位置を見てデジタル始動のタイミングを取れば権利獲得率を上げることができることを。

結局この初当たり時にデジタル揃い26回、権利獲得は16回を数えて効果を実感し、P氏へ伝授しに行くも、彼は興味を持ちませんでした。そしてその日、初当たり5回、総当たり41回、権利獲得28回、総出玉約6万発となりました。

さあ、スカイキッズの魅力に取りつかれた私。こういったマニア受けする台は短命なのが常、とばかりに仕事帰りにも積極的に打ちに行きました。

そして連戦連勝だったGW期間中の夜パチでのとある日、斜め後ろからお客っぽい白シャツの人がこちらを見ていたのが気にはなっていたのですが、連チャン中に私の所へやってきてこう言ったのでした。

「お客さん、その打ち方は止めてくれ」

お客だと思っていた人は、そのお店の店長だったのでした。

何か釈然とはしませんでしたが、揉めるのは嫌なので普通に打って連チャン終了後ヤメました。その後は攻略打法を伝授した会社の同僚O氏の情報により、自宅とは反対方向にある隣町の設置店まで仕事帰りに通いました。

そのお店では、予め聞いてはいたのですが、O氏の従弟のY氏が初当たりをドツきで狙っていたのには閉口。彼の隣では打つ気にはなりませんでした。

やはり、こういった台は予想通り短命。初打ちから3か月後、最後の1店舗では、羽根への寄りをマイナスにされ、普通に打っても2個入ってV穴入賞率は1/3より上がるのが普通でしたが、v穴の位置により羽根開放時、打ち出しを遅らせると空振りもけっこう発生してしまいました。

そんな釘調整であったこともあり、苦戦していたそのお店でのとある夜パチの時のこと。そのお店では珍しく連チャンしていた21時前、店員がスカイキッズの台を端から順にガラス戸を開け始めました。

そして店内アナウンス「本日は入れ替え作業のため、21時をもって閉店とさせていただきます」

急きょ、打ちっぱに変え連チャンの消化を早めるも、店員が「これで終わって」と取りこぼす。最後の大当たり消化中、これが本当の打ち納めか、と感慨に耽ったことを覚えています。

ちなみにこのスカイキッズ、導入初期は大当たり周期と常に回っている飛行機役物が同調しているので連チャンするが、時間が経つと役物に玉が挟まるなどして周期がずれてしまうことで連チャン性が落ちるという話がありましたが、トータル初当たり計67回のうち1番連チャンしたのが初打ち初当たり時だったことなどから、その傾向は感じました。

3か月間で35戦、総初当たり67回、総当たり411回、権利獲得計277回、権利獲得率67.4%という結果でした。

もし、情報化時代になりパチンカーのレベルも上がった今、スカイキッズが登場したら即攻略されて終焉したでしょう。そういう意味で「キッズの後もキッズなし」