~転落『5-1』~  

 

羊水『1-1』 『1-2』

崩落『2』

転換『3-1』 『3-2』

自立『4』

 

 

自分は生まれ変わる

 

あくる日、一日だって家で休んでいたら今まで通りになってしまうと、履歴書を購入しに駅近くの文房具屋へと出かけ、ついでに、切れかけていたお米を補充するため、帰り道にあるスーパーへ向かった

 

そのスーパーは古いテナントビルの地下にあり、一階にはこれまで幾度となく煮え湯を飲まされてきたパチンコ店が入っていた

 

時刻は11時を少し過ぎたところ

 

スーパーへと繋がる階段の前で、漏れ聞こえるアナウンスから、開店から正午までのタイムサービスがあったことを初めて知る

 

基本早番で働き、朝から打てるたまの休みはパチプロさんのいる八王子へ行っていたので、この時間に顔を出したことがなかった

 

しこたま負けた悔しい気持が甦ってくる

 

そもそも、自分が負けた理由は夕方から打っていたせいで、ボーダー理論は分っていながら、それを実践できる環境じゃないのに無理やり打ったせいだった

 

朝から回る台で粘れば勝てることは、パチプロさんのお店で理解していたが、それを実践できる店も、時間もなかっただけ

 

だが、仕事をしていない今なら、持ち玉になっても限界まで粘れる時間がある

 

サービスタイム中だけの勝負なら無制限と変らず、いままでのように何度も現金を使うこともない

 

それに、いくらなんでも今までは負け過ぎだった

 

履歴書をもって面接に行ったとしても、今日明日から働けるわけじゃない

 

時間だって勿体ない

 

ならば、ここで少しだけでも稼いでおくのが正解なんじゃないか

 

タイムサービスがあれば、負けようがないのだ

 

 

 

打ち始めて分ったことだが、時間内に当れば無制限というわけではなく、時間内に無制限ナンバーを引かなければ、午後一発目の当りで交換という厳しいものだった

 

持ち玉になれば玉は増えるものの、換金差額も含めればチャラ線になるかすらあやしい

 

気付いたときには、すでに大事なお金を入れてしまっており、引くに引けない気持になっていた

 

「少しでも、瞬間でもプラスになったら、こんな勝負はやめて面接に行こう」

 

そう自分に言い聞かせながら、また千円、また千円と血肉のようなお金を張りつづけた

 

それでも、それまでの勝負とは比べようもないほど甘い環境だったので、何日かの間は遊べたが、所詮遊び台

 

勝ったり負けたりを繰り返しているうちにシビレを切らし、次第にサービスタイム終了後もムラで回っているときには現金を使い出した

 

そうして数日、手元にあったお金はすべてなくなった

 

ひとり布団にくるまりながら、絶え間なく襲ってくる怒りと後悔の念が、棲食う寄生虫のように全身を這いずり、掻き出すことのできない不快さに気が狂いそうになった

 

不快さで朦朧としてくると、そもそも自分をこんな境遇に追い込んだのは、母のだらしなさが原因ではないか、同い年の人間が笑いながら学生生活を送っているのに、なぜ自分だけがまっとうな道を奪われているのか、と母へのたいする怒りですべての感情を染め上げた

 

母のせいだ、すべて母のせいなんだ

 

呪いの言葉を唱え続けることで、その言葉を自身にも刷り込み、耐え難い負けた記憶、愚かな自分を、自らが望んでも掘り起こせぬほど意識の奥深くに埋め、そうすることで辛うじて自分を保った

 

 

 

出来ることなら生涯近寄りたくなかったが、数日分の給料を取りに以前のバイト先へ行く覚悟を決めた

 

ここ数日は、働いていたときの嫌な気持を、なにより店長とのことを思い返しては、すべてを放り投げて逃げ出したいような衝動に何度も襲われていた

 

負けた自分への罰なんだ、

 

自分が生まれ変わるために必要なお金、

 

格好悪いからなんて、そんな甘ったれたことを言っていられる状況ではない

 

誰一人、自分を忘れて生活しているなんて露ほども考えず、ひとり恥辱に悶えながら受取りに行くも、皆忙しそうに働いており、気づいてか気付かずか、誰一人と視線が合うことはなかった

 

そして店長は不在、事務所にいた社員さんも、配達員に郵便物でも預けるように「はいご苦労さん」と給料袋を渡して、自分の仕事に戻っていった

 

入ってからものの数分、いまは給料袋を持って店の外に立っていた

 

なんだか、あまりのことに笑いが込み上げてきた

 

あれほど大仰に考えていた今までの時間は何だったのか

 

帰り道、食材の買い出しにいつものスーパーに寄ると、昼過ぎにもかかわらず、閉まったままの自動扉の前に数人の客が並んでおり、そこには「本日15時、新台入替」という紙が貼り出された

 

 

 

 

 

三日後、自分は昼間からテレビを見て笑っていた

 

財布の中には千円札が一枚と小銭が少しあるばかり

 

しかし、来週になれば母からの支援がある

 

負けたことはもう考えない

 

いや、精神が拒絶して考えることが出来ない

 

しかし、出来ない分すっきりしている

 

もう、どう足掻いても、母からの3万円で働く以外の選択肢は残されていない

 

芝居じみた感覚で勝負し続けたが、心の隅ではこのタイミングまで勝負ができることが分っていた

 

いざとなったら、母からの支援でやり直せばいい

 

そう保険をうちながら、漫画の主人公のように一発逆転することを夢みていた

 

自分がそうでなく、ただのゴミ、最底辺のクズだということが、よく分った

 

納得いくまで賭けることができ、何の未練も残らぬほど全てを剥された今、憑き物が落ちたように気分は良い

 

これまで、まともに見れなかったテレビも、いまは笑いながら観れている

 

やっと人並みの生活を手に入れたような気がする

 

3個入りで100円のコロッケを一食に一つずつ、炊いたばかりのホクホクのご飯の上に乗せ、ソースをたっぷりとかけて食べる

 

無意識に頬が緩んでしまうほど、うまい

 

朝から晩までテレビを見て笑う

 

決まった時間に風呂に入って、布団にもぐりこむ

 

たった、それだけのことに無上の幸せを感じる

 

もう、パチンコはいい

 

来週になったら、面接に行こう

 

働く先はパチンコ屋以外であれば何でもいい

 

自分は弱い、きっとパチンコ屋で働けばまた繰り返してしまう

 

どんなに給料が安かろうと、仕送りと合わせれば十分にやっていける

 

毎月できるわずかな余裕で、ひとつひとつ家電を買っていこう

 

外灯がわずかに差し込む暗い部屋の中で、そんなことを考えながら眠りについた

 

 

転落『5-2』