二人のS vol.1 黎明期

二人のS vol.4 慣れと変化

 

事の発端はMさんでした。

当時、バリバリのプロとして「関東ならどこでも行くぜ!」というスタンスで打っていたMさんでしたが、基本的には一緒に楽しく打ちたいというのが彼の本心。

しかし、自分の知らない土地で打つとなるとどうしても「同業の情報をアテにしている感」が出てしまいます。

そんなある日、遊砲RUSHという当時激アマだった甘デジをしぃ君が保険台(※)にしていたわけですが、その台をMさんが探し当ててしまいました。

これは、ボクの家で寝ゲロをかましたH君がMさんをアシストした結果で、それが無ければ絶対に辿り着けないであろう地域の台でした。

※保険台……万年釘でも勝てるような台で、勝ちすぎないよう打つ間隔を調整し温存している台の事をそう呼んでいました。

 

この辺りはパチプロでない方にはあまり分からない感覚かと思いますが、知り合いのプロが先にツバをつけたお店・台というのは遠慮するのが暗黙の了解です。

それが赤の他人であっても、相手がプロである事が明らかなら手を出さないのが、昔ながらのプロのセオリーだった時代があります。

言うまでもなくパチプロの生命線は台ありき。

グランドオープンやリニューアルオープンのような誰もが分かるイベント時の明らかなアケではなく、いつでも打てて勝てる台というのは、それを知っている人が打てば打つほど釘が締まるだけ。

台に名前が書いてあるわけではないし、一般の方が気にする必要は全くない話ですが、少なくともプロ同士はお互いに迷惑をかけないためのマナーというものが存在していたわけです。

ボクは雑誌世代の人間なので、そういった時代の考え方をヨシとしていて、プロならそうあるべきと今でも思っています。

しぃ君とスティーブンは同じ神奈川県内で打つ事がほとんどだった為、元々は彼らが行くであろう地域でも打っていましたが、知り合ってからはその地域を意図的に避けて立ち回っていました。

しかし、時代は変わるもので、それを他人に強制する事などできません。

そういった考え方はある程度Mさんにも伝えてきたつもりでしたが、様々な状況の変化の中、しぃ君が打っていた台にMさんが手を出してしまいました。

勿論、しぃ君とMさんもパチプロとしても友人としても仲良くしていた二人。「知らずに打った」というだけで済めばそれ以上に大きな問題にはならなかった事でしょう。

 

他方、しぃ君はグループ内でも下から二番目の年齢。Mさんはしぃ君より早くボクと出会っていた、グループ内では古参のような存在。更に年齢もキャリアもしぃ君より遥か上という、圧倒的な上下関係がありました。

しぃ君が見つけた、いざという時の保険台をMさんが打ってしまった事実が発覚した際

「それはちょっと勘弁して欲しい」

としぃ君が伝えたところ、Mさんに対してもこれまで従順だったしぃ君がケチをつけてきた事に感情的になったのでしょう。

「自力で見つけた台だし、そんなん知るかよ」

怒気をはらんで一喝。

その言葉を前に、しぃ君がそれ以上何かを言えるわけもありませんでした。

前述のようにH君のアシストが無ければMさんがその台に辿り着く事は絶対に無かった。

そして、これまでのプライベートを含む関係性の中で、その台がしぃ君のテリトリーである事にMさんの考えが及ばないはずも無かった中での言葉です。(H君はまだ学生で、そこまでの事は分からなかった若い子です)

そういった背景も絡んで、強気に出るMさんに対し、しぃ君の精神が壊れました。

初めは何も気にしてないようなそぶりをしていましたが、Mさんの言葉が精神的に堪えたのか、突然スイッチが入ったかのように

「ボクが悪いんです、ボクがぁぁぁぁ」

と堰を切ったように泣きじゃくるしぃ君。

そして、LINEグループを無言で脱退するしぃ君。

ハタチを超えた大の大人がピーピー変な声を出しながら号泣する姿を見て、ボクは何も言えませんでした。

そして、Mさんとボクはあくまでパチプロとして対等の関係、しぃ君はクソ小僧だけど可愛い後輩。そう思っていたボクとしては、Mさんに対して「それはないやろ」という気持ちが強くなっていきました。

その結果、蒲田で

「表に出ろこの野郎!」

という殴り合い一歩手前まで関係が悪化した時期もありました。(今では大切な友人です)

 

結局、Mさんがその台をそれ以降打つ事もなく、この件については周囲のフォローもあり表面上仲直りしたものの、しぃ君はプライベートでのイザコザも重なり、この時期を境に著しく精神状態が不安定になりました。

今思えば、しぃ君の豆腐メンタルをMさんが理解していなかった事。

Mさんは稼ぐのも使うのも派手な為、この時は金銭的に切迫していて余裕がなかった事。

それらが重なったが故に起きた事件でしたが、甘ったれ小僧ながらも一番面倒を見てきた後輩のメンタル崩壊を間近で見るのは辛かったです。

 

その後のある日、Y氏、しぃ君、ボクの嫁と4人で飲んでいる時にこの事件の話になり、Mさんとはボクより古い付き合いのY氏がMさんの行為を非難しつつも

「お前が言いたい事も言えずにいるからいけないんだろ」

「“自分が悪い”で逃げるな、結局お前はどうしたいんだ」

という大正論でしぃ君を問い詰め、何も言えずにまた変な声で泣きまくったしぃ君は黙って我が家を出ていった、なんてエピソードも。(ボクはすでに爆睡中)

時刻は夜中の3時。しぃ君の自宅がある溝の口まで、町田から歩いて30km。逃げるように宵闇へ消えていきました。

 

ちなみにその頃、しぃ君の泣き虫っぷりはグループ内に知れ渡っていて

「ぴぇぇぇぇぇ」

と泣くのがLINE内で大流行。今思うとイジりを通り越したイジメのような状態でしたが、しぃ君が時折見せる小学生のような(悪い意味での)無邪気さ、空気の読めなさに皆が呆れていたのも事実です。

善悪とはまた別に、イジメられる側にも原因があるというのは一つの真理かもしれません。

 

vol.6へ続く