前回2-b

僕がモナミに通い始めて数年が過ぎたころ、Tさんにとって一番の転機が訪れます

保留玉連チャンに対する規制により生れた電動チューリップが搭載された機種が、遅まきながらモナミにも導入され始めたのです

電動チューリップの普及によって生れた電チューの狙い打ち、いまでこそ皆が当たり前のようにやっているこの打ち方は、Tさんのジグマとしての禁忌に触れるものでした

なかには大当たり確率は変らず、次回まで延々と電動サポートが続く機種もあり、一般の打ち手は知ってか知らずか、突入させたままやめてしまうこともかなりありました

そんなこともあってか、Tさんには電チュー狙いが、攻略打ちとも、ハイエナとも感じて、ジグマとしての矜持がそれに手を出すことを許さなかったでしょう

「いや、Tさん、電チュー狙いの止め打ちも、通常時の保4止めも、無駄玉を省くという意味ではどちらも変りませんよ、やったほうがいいですって」

「あ?そんな物乞いみたいな真似できるかバカヤロー!!」

電チュー狙い=保4止めというのは、ある角度からのみ適用される公式で、本当はTさんの打たない理由に反論として用いられるものではないことはわかっていました

大半の同業者は理想では生き残っていけないことをどこかで感じ、そんな自分の理想を肯定できる表面上の理屈をこさえ、すがり、その理屈の根底に流れる矛盾に気付きそうになる度に意識を逸らし、卑屈な笑いをその顔に浮かべて生きています

大半は言い過ぎかもしれません。が、少なくとも、いまの僕自身がそうです

でも、Tさんは頑なに(自分を偽ることを)拒みました

電チューの搭載された機種は、保留連やノーマルセブン機のあったシマを徐々に侵食していき、いつしか僕とTさんは同じシマで打つことがほぼなくなりました

その頃になると、僕はゴミ箱を漁るよう色んな打ち方を模索し、漁る延長線上でスロットにも手を出し始めていました

そして、Tさんはわずかに残った古い機種のシマでひっそりと打ち続けていました

モナミに通い始めたときから八年が過ぎた頃、続けるということは大したもので、こんなコミュ障の僕にも現場にかなりの数の知人ができていました

気が向けば、自分を可愛がってくれた開店屋さんと一緒に開店屋まがいのことをしてみたり、根城の近かった誌上プロの安田さんと郊外のお店に遠足気分でスキップしながら出掛けたり(この頃の安田さんとの話は、また機会があれば書きたいなと思っています)と自由気ままな生活をしていました

週一程度に顔を出していたモナミには、隔週、月一と段々足が遠のいていく

たまに顔を出してもTさんはいないことの方が多く、気付くと、もう何ヶ月もTさんに会っていないのでした

そして、その日が訪れました

 

モナミでの日々が少しずつ記憶の奥のほうへと流れてゆくある日、携帯の着信画面に浮ぶTさんの名前

「どうしたんですか??」

「…あのさ、話があるんだけど、少し時間もらえないかな。もし、よければこれからでもダミん家に行きたいんだ」

家に来たTさんは、おもむろに僕が通い始めたころのモナミの話をはじめました

「あのころのお前はよ~、ホントこいつ大丈夫かと思ったけど、ダミの学習能力はすごいな。パチンコだけじゃなく麻雀でもそうだったけど、みるみる別人のようになっていってさ…」

Tさんの口から淡々と語られる昔話には、ところどころに無理やり僕を持ち上げる解釈が加えられている

苦々しい気持が鳩尾あたりからこみあげてくる

「勘弁してくださいよ~」

「いやいや、今日は何だか特Aランチが食いたくてよ、ダミを誉めたらご馳走してくれないかなと思ってさ」

そんなやりとりは、もう訪れない

Tさんも、馬鹿にするなと僕が怒り出すかもしれない白々しい台詞を、このあとの言わなければいけない台詞のために眼をつむって唱えるしか術がないのだ

僕は笑いで返すことも、逆にTさんを称えるような返しもしてはいけない

それをすることは、これから訪れる終着点、Tさんの口から吐血するように押し出される言葉のことを考えれば、よりTさんを辱めることになってしまうから

Tさんは少し背をまるめ、胡坐の上に組まれたの指先を眺めながら、ちいさく唇を動かしている。

僕は見るでもなく、胡坐をかくTさんの胸や足元にただ視線を置き、ぼんやりとしている

一通りの昔話を終え、そのまま埋まってしまうかのように、力なく壁に身体をゆだねる

胸ポケットから取り出されたクシャクシャのキャスター、少しだけ爪の伸びた指先、そっと唇に挟まれた煙草の先端に、先ほど僕が手渡した安物のライターから火をうつす

肺の中をぐるりと一周したその煙は、Tさんの体のどこかに穴が開いていて、その小さい穴から魂が抜け出しているかのように、僅かに空けられた唇の隙間から、宙に向かってほそく揺らめいている

 

「…なあ、ダミ、金を貸してもらえないだろうか」

 

3-bにつづく