前回3-a

その後、僕はパチンコの合間をぬっては、生活保護に職業訓練、就職先の有無を調べたりと微力ながらに動いた

なんとか生活の目処が立ち、元の生活に戻りつつあった数ヵ月後、公衆電話からの着信

「はい」

「あ、もしもしダミ、おれ、Tだけど…」

「ああ、Tさん。元気にしてますか、その後はどうですか」

「なあ、ダミ、オレだって人間だよ、役所の扱い、あれは人間に対してやっていい扱いじゃねーよ」

「え?」

「ダミには悪いとは思ったんだけどよ、耐えられなかったよ」

「…」

「あ、でも、お金のことは心配しないでくれ。ガンダム(隣町のパチンコ屋)の羽根物がどうにかなりそうなんだ」

「でもさ、ちょうど家の更新の知らせが来てよ。金の方はとりあえず大丈夫なんだが、保証人の方がどうしてもいなくてさ」

「非常識なお願いをしていることはわかっているんだ、でも、な、頼むよダミ」

「オレ、本当に他に頼める人間いないんだよ」

「な、ダミ」

熱を持った万力で頭を締め上げられるような鈍い痛み

耳の裏側からこめかみ、そして頭全体へとジリジリとした熱が覆ってゆく

が、それは頭全体を覆ったと同時に、驚くほどの速さでさめてゆく

「すいませんTさん、保証人にはなれません」

少しの沈黙、通り過ぎる車の音、ガチャリ、と公衆電話の腹の中へ硬貨が落ちる無機質な音が耳に響く

「あ、いや、違うんだ、ホント非常識なのはわかってる。でも本当にこれが最後、来月からは少しずつでも金も返せると思うしさ、たのむよ」

そこからは、役所の人間がどうだったとか、保証人といっても大家さんが云々、だけど、でも、から始まるなにかを口早にずっと喋っていた

「なあ、聞いてるか」

と聞かれたときだけ、落ちる硬貨の音と同じくらい無機質に

「はい、聞いていますよ」

とこたえ、それ以外は、うん、はい、などの相槌すら打たずにただ聞いていた

「なあ、もう電話する硬貨も切れるしさ」

「…」

「なんならこれから、そっちに行こうと思うんだけど」

「…」

「ごめん、もう打たないと約束したのに打っているのに怒っているんだよな」

「…」

「面接に行った先での話は、これ以上ダミに迷惑かけれないと思って言えなかったんだけど、俺、本当に情けなくて涙が出そうだったんだよ」

「ちゃんと説明しなかったのは悪かったと思ってる」

「でも、俺にも俺の言い分があったんだよ」

「きっとダミも聞けばわかってくれるはずだよ」

「なあ、聞いた後に許してくれないなら、俺も諦めるよ。だから頼むダミ、言い訳だけはさせてくれ」

「なあ、これからダミの家にいっていいよな」

「もし、俺の顔もみたくないというなら言い訳もしない、諦めるよ」

「色々と迷惑ばかりかけてすまなかったよ」

「本当にごめんな」

「でも…」

「でもさ、保証人ことだけはなんとかお願いできないかな」

「なあ、ダミ、本当に最後だ、今回だけは助けてくれ」

「なあ、ダミ、たの…」

ガチャリ、プー、プー、プー

硬貨の落ちる音ともに電話は切れた

 

その日に僕は家に帰らなかったのでTさんが家に来たかどうかはわからない

後々になって、僕のところに無心にきたのが最初でも最後でもなく、Tさんのことを紹介してしまった数人の知人にも多大な迷惑をかけてしまっていたことが判明した

色んな人たちを巻き込んでしまったこともあり、いつか、ばったり出くわした所で近況を報告しあうような事ももうない

僕にしたって今さら、あの頃を取戻そうとするような感傷的な人間ではない

まっぴらごめんだ

まっぴらごめんだが、ふとした瞬間、あの端正な顔をクシクシャにした笑顔を思い出しては、自分も少しだけ笑顔でいることに気付いて、参ったな、と苦笑いしている

 

 

 

「あ、Tさんこの前、駅で見かけたよ。駅の向こうにいたがすぐわかったよ」

「まじっすか、元気そうでしたか」

「うん、雰囲気も以前通りだったし、とりあえずは元気なんじゃないかな。見かけた時間的に考えて、まだ打ってんじゃねーかな」

「そっすか、いや、あのまま消息を知らぬままってのも寝つきが悪いので、お元気にしてるのなら何よりです」

「うん、そうだね」

「さて先生、お昼はどうしましょうか」

「そうだなぁ、…あ、ビビンバか!石焼ビビンバか!!」

「またっすか先生!先々週も同じもの食べましたよ!?」

「いいんだよダミちゃん、美味しいものは何度食べたっていいんだよ」