ああこの感じ、これまだもう一山あるな…と思っても、その日勝っていたらその台は打つのを止めることにしています。次に打って当たった人は「バカだなまだ出るのに」と思うかも知れません。 実際フフンという顔で見られた事もありますが、悔しい顔は出てきません。心の中で「知ってたよまだ当たること」と思っているからです。

何度もそんな事をする私に友人も「あほやな」と言います。でも私はいいんです。「今日もしその人が負けてたんだとしたらこれでよかった」と、勝ちをシェアというかお裾分けというかペイ・フォワードというか、とにかく譲るようにしています。

何もかもキレイ事にしか聞こえないと思いますが、本気でそんなことをしてしまうのです。自分でもわかりません。

こんな気持ちも行動も誰も知らないことですが、パチンコの神様は見てくれているように思うわけです。うわっ、こわっ。

そういう不思議な考え方はお店に対してもそうで、うっかり貯玉で当たってしまった時は、貸し玉ボタンを押してしまうのです。「あっ、間違えた!」という小芝居付きで。何度も。誰も見てないのに。 1万発を超えたら右打ちは打ちっ放しにします。演出画面でもずっと打ち続けます。そう、意図的に玉を減らしているわけです。バカですかね。バカでしょうね。バカだと思われているでしょうね。

ヒトは過去から逃れることは出来ず、必ず帳尻が合うように出来ているのだと言います。思い返せばデタラメな人生でした。パチンコでちょっと善き事を積んで 、チャラに近づけたいのかも知れません。

10~11月は嘘みたいに勝ちました。勝ったといっても皆さんの思うような額ではありませんが、一般人にしてみれば大きな額です。

 

私はツキが続くと怖くなります。いずれ大きく負けるとか、そんな怖さではありません。

連勝のきっかけとなる最初の勝ちは「先週死んでしまった飼い猫が当たりを連れてきてくれたんやな」と思いました。なぜなら打った台が初打ちの『Another牙狼』の甘で 、「連打でレオンを救え!」だったのです。レオンというのは猫の名でもありました。

そこからずーっとプラス収支で、最初こそ単純に喜んでいましたが、だんだん怖くなってきました。「このままでは悪いことが起きてしまう」という怖さです。

そんなわけで12月は気を引き締めていかないと。4日からは自分のコラムも始まるのだし!

そう思っていた月末最終日。初打ちの『巨人の星』の甘。1500円の投資が 、最終的に13193玉になりました。

そしてその翌日、インフルエンザA型患者となり現在に至ります。

ほらね。

何がほらねかと言いますと、この日の私は冒頭に書いた事をしなかったからです。もう一山あるなと感じていたのに、打つのを止めませんでした。店員さんの態度に難があり、ムッとする事があったからです。私は親切には心からの誠意でもって返しますが、悪態にはとんでもない悪意で接します。にこにこ笑いながら。「そういう事なんやったら、こっちも考えさせてもらうで」というわけです。

 

最高当たり回数が39回だったので、それを超えたいという気持ちもあり、そして超え、更新出来たわけです。久しぶりに取り切りました。

一週間を寝たきって、ようやく動けるようになりました。まだ死相も見える顔色の中、どこかうっすら笑っているのは、これで「リセットされた」と思っているからでした。また勝てる。そして悪いことが自分の愛する誰かにではなく、きちんと自分に降りかかった事に対する安堵です。

こんな変な考え方は、きっと誰にも理解されないでしょう。すべてただの偶然、理由は後乗せサクサクのこじつけだからです。

それでもやっぱり「みんな、何万発とか勝っちゃった時、こわないんかな」と思ってしまうのです。

当たりを譲るだなんてアンタ天使かと思われる方もいらっしゃるかも知れませんね。

ご安心ください。天使なんじゃあありません。

とこっとんはめた『リング』を、オスイチで爆裂させられた事がありました。いつも優しい女性スタッフが 、爆裂さんの後ろ姿を見ている私の目を見てハッ!となっておびえていました。三代先まで祟り上げる強さに充ち満ちていたからでしょう。 確かあの時は、デューク東郷について考えていたかと思います。