~転落『5-2』~  

 

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崩落『2』

転換『3-1』 『3-2』

自立『4』

転落『5-1』

 

 

 

母の訪問日

仕送りを受けたらすぐに面接に行こうと準備して待つが、訪問者はなし

もともと時間にだらしのない人だからな、と笑い、手元にあるいくつかの請求書を眺め、あわよくば仕送り以外にも無心できないかな、と臨時休暇でも貰えたような気持で過ごす

 

 

翌日 訪れず

夕方になっても呼鈴を鳴らすものはなく、公衆電話から母に連絡を試みるも、繋がらない

規定回数ののち、いつものように留守番電話のアナウンスが流れる中、自分であることを懸命に訴えるが、無機質なアナウンスが途切れることなく、録音開始の耳ざわりな電子音が響く

受話器を置くと、ふつふつと怒りが込み上げてくる

自分の子供を、何だと思っているのか

子供の身に何か起きていたならば、と考えないのか

連絡が繋がったならば、この事がいかに不誠実で、いかに倫理的に最低なことかを問い詰めようと想像をしながら、家に戻る

 

 

翌日 訪れず

手許には三百円

そもそも、こんな窮状になっているなど知るはずもないから、後回しにしているのか

自分がいけないのは、わかっている

でも、あのように家を追い出されて、もう繰り返さない、だらしない生活を改めると、みなで誓ったじゃないか

結局、母は変らないのか

 

 

翌日 訪れず

なぜ来ない

母の身に何か起きたのか

いや、何かが起きたならば、兄がなにかしらの連絡をくれるはず

電話すら通じない状況なんてあるのか

意味が分らない、いったいどうなっている

 

 

翌日 訪れず 

夜、自分は母の家へ向かって歩いていた

満額を用意できなかったことに引け目を感じて、避けているのかもしれない

押しかけるように来てしまったことを詫び、もし、約束してくれている仕送りが満額貰えずとも、母を責めることは止そう

母だって余裕などないのかもしれない

 

そうして母のアパートを訪ねるも、部屋は暗く、呼び鈴を鳴らしても、ドアの継ぎ目に向って必死に自分であることを告げても、静まり返った部屋の中からは、かすかな反響がかえってくるだけだった

息が苦しい

上手く呼吸が出来ない

 

 

翌日

自分が最後の切り札と頼みにしていたものは、どれほど危うく脆いものだったのか、ようやく自分は理解した

自分は母に対し、どこか幼いころに捨てられたのだから、一層大切に扱われて然るべきだと考えていた

 

ちがう

 

そもそも、人間は自分と他人の二種類だけだった

「親だから」「母親であれば」なんて常識など、ただの観念にすぎない

人によっても、国によっても、時代によっても変わる、そんな曖昧なものを自分は拠りどころにしていた

 

自分はいつだって、自分に都合の良い常識を振りかざして、自らの不遇を嘆き、母からの善意を強要していた

そんな強要を母が拒んだところで誰が責めることができる

 

仮に自分に非がなかったところで、約束が反故にされるなど、そこら中で起きているごく当たり前のこと

そんな当たり前に起きる出来事に、なぜ自分の命運を預けたのか

 

自分は狂っていた

 

自分は、お気楽を通り越して、ただの痴呆だった

 

思い返せば、自分に起きたあらゆる不愉快な出来事は、なに一つ、ただの一つも例外なく、すべて自分が招いたものだった

完全なる自業自得、目も当てらない愚か者

 

思えば、ほんの数年しか一緒に暮していない母に対して、自分は特別な感情を抱くことができなかった

母にしても、同じだろう

ずっとそばにいた兄や、ずっと大切にしてくれた男性を、必要とするなんて当たり前だった

そうじゃなくとも、自分はどうしようもない存在だった

母に余裕があったならば違ったかもしれないが、いまは母だって生きるだけで精一杯なのだ

自分は、自分で生きていけばいい

もし、母に会うことができたなら最後に一度だけ情に縋り、他より縁のあったこの人に、深く深く頭を下げて、千円札の一枚でも借りればいい

そして、自分はその千円を手に最善の手を考え、実行する

それだけのこと

 

 

翌週 

 

夜、自分はここ数日のように、母のアパートへ向かって歩いていた

 

昼間の雨のせいで大気はすこしだけ重く、ぼんやりと連なる街灯は、川面に揺れる灯篭のようだった

 

母の家へ繋がる脇道がみえ、自分はその先へ入っていった

 

すると、それまでに何度も見た光景と違い、二階にある母の部屋からは、こうこうとした灯りが漏れていた

 

なぜか、自分は茫然としていた

 

何度も想像した場面を、これから実行し、立て直す、それだけのこと

 

それだけのことなのだが、灯りを目にした瞬間、自分のなかのなにかが揺らめいた

 

 

自分はそこから一歩も動けなくなった

 

 

そのまま、いくらかの時間が過ぎた

 

部屋からこぼれる柔らかい灯りから視線を外し、自分はアパートに背を向けて歩き出した

 

 

~新生『6』~