毎度。いつもお世話になっておりますあしのです。さて「衒学趣味」というのは「意味不明の事をひたすら述べて煙にまく」みたいな意味なのですが、前々回は「宝船」を民俗学的な方面から。そして前回は「クレイジーシャーマン」をオカルト的な方面から攻めた結果、「マジで大丈夫かコイツ」みたいな出来になってしまい大変失礼しました。(書いてる時は腹の底から笑ってた)

とはいえ「大丈夫かコイツ」というのは衒学趣味の方向としてはとても正しい気がするので、ここはもう一度軌道修正ゼロで攻めてみたいと思います。お目汚し大変恐縮ですが、またお付き合い下さると幸いです。

というわけで今回のテーマはロデオの『ガメラ』です。ご存知シフト持ち越し搭載の大量獲得機。ボーナス中はナビに従うだけで毎回約650枚獲得可能という、異彩を放つ爆発力が人気となった機種でした。あとはガメラを語る上で外せないのが「逆ハサミ」の存在だったりするのですが、そういう話は別稿に譲ります(譲んなよ)。

パチスロを打ち始めた頃に定番機種の一翼を担っていたこともあり、個人的にはかなり思い出深い機種なのですが、それより俺にはどうしても気になることがありました。

『ガメラはなんで海から出てくんねん』と。

というわけで今回も考察してみましょう。ウー衒学!(掛け声)

アトランティスの謎。

パチスロの演出ではガメラは海の中で眠っていてたまに陸上に上がってくるんですが、映画版(というか原作)のガメラは最初「北極の氷の中で眠って」います。もちろん氷の中で自然発生したわけではなく出身地は別にあるんですが、それが「アトランティス」なんですな。

というわけで、まずは「アトランティス」についておさらいしましょう。

何となくアトランティスというと太平洋上のイメージを持たれてる方も多いかもしれませんが、これはより知名度が高い幻の大陸である「ムー大陸」の影響だと思われます。おっしゃるとおり、ムー大陸はミクロネシア辺りからイースター島、ハワイ諸島なんかに亘って存在していたとされる巨大な大陸です。諸々の理由により本邦においてはアトランティスに比べてこっちのが圧倒的に知名度が高いので「幻の島(大陸)」というとまず太平洋のイメージが来る。これは仕方のない事であります。

一方で知名度が低い方の「アトランティス」はジブラルタル海峡の西側。大西洋上にあったとされています。言い出しっぺはイデア論でお馴染みのプラトン先生。興味深いのが、アトランティスの統治者として想定されていたのが海神ポセイドンの末裔である事です。神の末裔なので王家はもちろんゴッドパワーを持っており、当初は順調にアトランティスを治めますが、人の血が濃くなるにつれ王家の力が失墜し、最終的にはアテナイを中心とした連合国に敗れて海に沈んでしまったそうです(『ティマイオス』より)

そう。ピンと来る方もおられるでしょうが「アトランティス大陸」はあくまでファンタジーなんですな。プラトンが生きていた時代はヘレニズムのど真ん中、都市国家同士の諍いが本格化してイスカンダル率いるマケドニアが東方遠征に乗り出しはじめた頃の時期です。つまり動乱期。ゆえにアトランティスに纏わる伝説も、生粋のアテナイっ子であるプラトンが周辺諸国を諌める為に書いたと考えるのが妥当でしょう。

ただ、寓話にしてもアトランティスが「ポセイドン」と繋がっているという背景に間違いは無いわけで。そう考えると海の眷属を支配するかの海神の島に「ガメラ」という守護神が存在したという設定はバッチリ整合性が取れてたりします。

ちなみにジブラルタルの西に位置するアトランティスが沈んだ場合、北大西洋海流に乗ったガメラが流されるルートは南に向かうカナリア海流と北に向かうノルウェー海流の二択になります。北側に流された場合はそのまま北極まで行き着くので、これもまた「北極の氷の中で眠っていた」という設定との乖離はありません。

以上が「ガメラ」に纏わる思考のスタート地点になります。

問題はなぜガメラが海からくる必要があるのかなのですが、ここはもう一歩、進んでみましょう。

幻の大陸と巨大生物。

アトランティスやムー以外にも、幻の大陸と呼ばれる伝説は各地に残っています。これらはプレートテクトニクスが当たり前に語られる以前から民話・伝承などによって口伝で伝えられたものもありますし、一方で諸島群に飛び石で存在する文化的な類似性を解決するためのミッシングリンクとして使われる場合もあります。

一例を挙げると「パシフィス大陸」というのがあります。名前からして太平洋丸出しですが、そのとおりポリネシア地域の文化・言語・宗教などの伝導を解決するための仮説として生み出された大陸です。ムー大陸でいいやんけと思った方もおられるやもしれませんが、全くその通りでこのパシフィス某というのは伝説の大陸たちの中でも最弱です。

もちっと有名なので言うと「レムリア大陸」があります。

これも上記パシフィスと地理的には非常に近くてインド洋の中央一帯になりますが、こちらは文化的な伝達を解決するためではなく生物相の類似を解決するための仮説として生み出されたものです。一時はまあまあガチで信じられていたようですが、プレートテクトニクス理論が発達する事で「沈んだんじゃなくて別れたんじゃねえかな」と至極当たり前の帰結を見るに、学説としては廃れたようです。

さらに有名な幻の大陸といえば「南方大陸」に言及せねばなりません。

これは一時期正式な地図にも使われてた大陸でして、南の端っこという事以外はよくわからんがとりあえず大陸ですよ、みたいな感じで信じられていたものでした。なので正式名所はなく「南方大陸」とだけ呼ばれます。大陸は「テラ」で南方は「アウストラリス」。ゆえに「テラ・アウストラリス」です。で、もうこの名前で何となくお察しですが、大航海時代にこれは実際に発見され、その名前を取って「オーストラリア」となりました。

ただ、「南方大陸」は想定ではもっと南にある事になってたので、オーストラリア発見以降も「あんなもん南方大陸じゃねぇ」と異議を唱える船乗り達がこぞって探検を続け、19世紀に入るやとうとう南極大陸を発見するに至ります(想定よりめっちゃ小さかった)。数世紀に渡る捜索の末、「南方大陸」は結局オーストラリアだったという事になり、今では「テラ・アウストラリス」と「オーストラリア」が紛らわしいため前者を「メガラニカ」と呼んでいます。

そして、最近俄然注目を集めてるのが「ジーランディア大陸」です。

稀にニュースでも取り沙汰されるんでご存知の方も多いかもしれませんが、これは伝説じゃなくて既に発見されてる「沈んだ大陸」でして、場所はニュージーランド周辺地域になります。オーストラリアの半分くらいのサイズで、すでに各国の研究機関が採掘調査を通して沈没前の復元モデルなどを作っています。

一口に「幻の大陸」といっても、寓話から生まれたもの、学説の補強のために意図的に生み出されたもの、さらには実際にあったもの。あるいは過去存在したことが確定したもの等、そのありようは様々ですが、ここで重要なのがジーランディア以外は「プレートテクトニクス説の発見前に囁かれていた伝説」であることです。

つまり、大地の成り立ちを知らない人々が「大陸が沈む」現象をどう捉えていたか。あるいは「なぜ大地が浮かんでいるのか」をどういう風に解釈していたか。です。

その答えは、地球平面説にありました。

化け物ぞろぞろ海から来たりて大地をささえ。

地球球体説は「科学」に裏付けられた事実なのですが、一方で陰謀論者の間で未だに信じられている説があります。それが地球平面説です。にわかには信じられない話なのですが、現在もアメリカの若い世代の約4%が「地球は平らだ」と考えているらしく。この風潮は一時はなりを潜めていたものの、インターネットの普及後にまた徐々に若い世代を中心に広がっているそうです。いくらなんでもアホすぎるので大半はネタだと思うのですが、ただ、ガチで信じてる人がゼロとも言い切れない。この辺は宗教観なんかも絡んでくるんで我々にはちょっと理解が及ばない部分がありますが、ともあれそれを信じる人々がマイノリティであるのは今の時代だからこそでありまして、逆に地球球体説が異端の説であった時代というのもありました。

古代。あるいは中世です。

例えば、バハムートという怪物がいます。ゲームとかでよく出てきて「竜・龍」とされることが多いのですが、これもとはイスラム教に出てくる「世界魚」あるいは「クジラ」です。

古代・中世イスラム世界に於いてはこの「バハムート」の上に「クジャタ」という巨大な雄牛(世界牛)が乗っており、さらにその上に「天使」が乗り、その背中に「大地」があります。大地は円盤状で、球体ではありません。

なんでこんな世界観になってるのかというと、当然「地球の形状」という科学的な問題を「宗教的世界観」で解決しようとしたからにほかなりませんし、またこれには実は元ネタがあるからです。

イスラム教もキリスト教も元はと言えば旧約聖書の世界観を踏襲しているわけで、この「バハムート」も『ヨブ記』からの借用なのですが、元はバハムートではなく「ベヒモス」と呼ばれます。こっちもゲームなどでおなじみの名前ですな。

エンタメ作品ではこの「ベヒモス」は「筋骨隆々の獣」とされていますが、原型はぶっちゃけ象さんです。いわゆる天地創造の5日目。翌日に控えた人間の創造の前に作られたのがこの「ベヒモス」なのですが、実はもうひとつ「レヴィアタン」と呼ばれる怪物も作られています。いわゆるリヴァイアサンのことですな。実はこれがイスラム教になるとクジャタになります。

ベヒモスとレヴィアタンは「土と水」「雌雄」という形で対比されていますが、ぶっちゃけこれはそのまんま「大陸と海」のメタファーでしょう。ゾロアスター教においてはもう一体「ジズ」という獣が居てそちらが「空」を司っているのですがトリニティになっちゃうと色々不備が出てくるのか、知名度的にはそっちは潔くカットされ、もはや居ないことになってます。んでこの「レヴィアタン」なのですが、こっちも「竜・龍」みたいなイメージを持たれる方も多いと思いますが、もともとは「クジラ」です。クジラ……?

あれ!?

そう。実は旧約聖書と中世イスラム教では「バハムート(海中生物)=ベヒモス(陸上生物)」と「クジャタ(陸上生物)=レヴィアタン(海中生物)」というふうに、役割がまるっきり逆になってるんですね。この辺は名前はどうでもよいから「共通したイメージ」こそが大事である証左でしょう。

じゃあイメージってなんだろう。

イギリスの画家、ウィリアム・ブレイクが書いた有名な絵画に「ヨブ書よりベヒーモスとリヴァイアサン」という作品がありますが、これ構図から何からイスラムの平面世界図と同じで、「レヴィアタン(蛇)」の上に「ベヒモス(カバ)」が乗っているように見えます。イスラム的な地球平面説の影響が無いとは絶対に言えない。推察するしかありませんが、この「水生生物の上に陸上生物がいて、その上に大地がある」というイメージは、中東からヨーロッパにおいては普遍的なものだったと考える事ができます。

大地を支える亀。

さて材料は揃いました。まとめます。

地球平面説の際に問題になるのは「なんで大地が沈まないか」です。この不思議を解決するために人々は苦心していました。結果生まれたのは「何かデカイのが支えとる」という考え方です。ベヒモスはレヴィアタンの世界観以外にも、例えばギリシア神話のアトラスなんかもそうですね。

んでこれインドにも同じような考え方があって、こっちは今では偽造であるとされていますが「蛇の上に亀がいて、その上に大地がある」というものがあります。どう見てもイスラムの考え方を下敷きにしていますが、そこにいるのが「蛇」と「亀」であるのが特徴的です。蛇は「レヴィアタン」のイメージまんまなのですが、何故かベヒモスが「亀」として描かれています。

蛇と亀。これ実は中華思想にも同じ組み合わせの神獣がいて、これを「玄武」と言います。亀はその寿命の長さ、そして生体の不思議さから特に本邦においては「神の使い」として描かれる事があります。浦島太郎もそうですが、もっと直接的に「卜(ぼく)」の占いにおいては獣の骨の他、亀の甲羅を使うことが一般的でした。神託を賜るためです。

インドにおいてベヒモスを下敷きにした獣が「亀」として描かれ大地を支えている。実際のユダヤ教・イスラム教の成立よりだいぶあとになってから描かれた図ではありますが、それだけにより現実的な形になっています。なんせ亀の甲羅は大地を支えるのに適している。

つまり件のインド画においては「亀」のイメージがそのまんま、神に近い生物で、かつベヒモスから派生した、レヴィアタンに対応すべき「大地の獣」あるいは「力強い雄」の象徴として描かれておるのです。中東からヨーロッパ。さらにはインド、中国まで。大地を支える守護神。神話から派生した地球平面説の要と、そして神と大地との関係性。地球球体説によって破壊されたとはいえ、地域的に離れた場所で自然発生的に生まれた共通のイメージ。

ガメラはなぜ海から来なければならないのか?

それはつまり【海の下にいるからこそ、力強い原始のイメージが惹起される】からなのではないでしょうか。

陸にいるよりも海。その時点で神格として嵩上げされるものが未だあります。既に地上のほぼ全てが衛星によりリアルタイムで監視されている現在、地球上の秘境は海中にしか存在しません。思えばギレルモ・デル・トロ監督の『パシフィック・リム』も「カイジュウは宇宙からではなく、海中から来た」という設定でそのストーリーの端緒を切りましたが、これとてゴジラやガメラへのオーマジュというよりも、単純に「地上の未開地(フロンティア)」としての海中を表現したと考えた方がしっくりくる。

「ガメラ」なんかそのまんまで、外敵を屠る守護神たる某かは、良くわからない遠くに鎮座し手ぐすね引きつつ出番を待つよりより、海中にて人々の生活を支えながら、有事の際にのっそりと上陸したほうが、おそらくは我々無辜の民の思うプリミティブな神のかたちに、きっと近いのであろうと思われます。