筆者は基本的に隣に人が座ってる状態でぱちんこを打つのが好かん。知り合いとかなら良いのだけども、知らん人がいるとどうにも集中できんのだ。

例えば前回出てきた『ヅーラシェイカーさん』もそうだけども、一旦集中が乱れると台に向き合うというよりも、隣人の挙動が気になってそっちの観察ばっかりになってしまう。

例えば、5年ほど前に浅草某所で見かけたあの人もそうだった。

命名『イカチン』。

最初見た時、その人はミッキーマウスのトレーナーを着ていた。先に言っとくと別に誰が何を着てようが筆者は一切気にしない。ただ、50代くらいのパンチパーマのオッサンがミッキーのトレーナーを着てるとなると流石に異議を唱えざるをえない。

もう潰れちゃったけど当時マイホにしていた過疎店の地下。筆者が打ってたのは『一騎当千』か何かだったけども、横目で見た時に「ああヤクザだな」と思ったのを覚えている。ミッキーの人はそのままデータマシンをいくつか確認しながら、やがて筆者の隣の席にストンと腰を下ろした。おいおい隣はやめてくれよと思ったけど、氏はまず財布から万券を取り出すや、自分の台のサンドじゃない、隣のサンドにお金を入れるというナイスアクションをカマしてくれた。

誰も居ない台にドバドバと落ちる50枚のメダル。閑散とした過疎店に、チャリチャリというメダルの落下音だけが響いた。オッサンは彫りの深い顔をさらに劇画調にしかめ、のっそりとした動きで隣の台の下皿から50枚のメダルをピックし、自分の台の皿に移す。んで、残り9千円が入ったICを抜くために返却ボタンを押したらしいが、それがまた貸し出しボタンだったらしく、またチャリチャリと50枚のメダルが隣の台に落ちた。舌打ち。やがて轟音が響いた。

ドスッッ!

びっくりして座ったままの状態でケツが浮く筆者。見ると、ミッキーのオヤジが隣の台のメダルサンドにパンチしていた。台パンならぬサンドパンである。サンドパン。ポケモン図鑑NO.028番だ。

舌打ちを繰り返しつつ下皿からまた50枚のメダルを自分の台に移すポケモン野郎。これでまた貸し出しボタン押したらやべーなこいつとか思ってたのだけども流石にそれはなく、とりあえず100枚のメダルを手持ちで投入しつつ、無事遊技が開始された。

バレないように横目で観察……。

ファンシーなトレーナーにド派手なメカニカルシューズ。足を横柄に組みつつ、片腕を椅子の背もたれに掛けた状態で、くわえタバコのままメダルを手入れする。パチスロに不慣れらしく、そう思ったのは氏がメダルの投入にミスって何枚もフロアに落としてたからだ。

チャリン。ベッベッ。チャリン。ベッベッベッ。

レバー。ボタン。どれもが強打だ。何とも武闘派なプレイスタイルである。もはや隣で打つのが苦痛過ぎたんでキリの良いところでヤメよ……と思いつつしばし打ってると、ポケモン野郎の台に何か弱めの演出が入った。多分『パターン青』とかでリプレイ対応になる系の、なんの変哲もないアレだったのだけども、オヤジはそこでまた台パンした。

ドスッッ!

え、今の台パンまじで分からない。なんで今なん? 台パンはそもそもチンパンジー認定なんだけども、せめて理由があってからやってくれ。理由なき台パンはまじでチンパン以下だから。んでチンパンは人里におりてきちゃダメ。山へお帰り。

チンパンジー以下。イカ……チンパンジー。イカチンパン。筆者はこの時点でこのオヤジに『イカチン』と名を付けた。

チャリン。ベッベッ。チャリン。ベッベッベッ。

相変わらず投入するメダルと同じくらいの枚数をフロアに落としながら、まずそうにタバコを吸うイカチン。ああこのひともしかしたら手がちょっと不自由なのかもしれない。と思ったが、あんまり同情的な気持ちにはならなかった。

扱いに困るから寄越すなそのメダル……!

いよいよ隣で打つのも限界に近かったんで脱出しよう、とクレジットを落とそうとしたその時、イカチンの台に赤対応の演出が発生した。当然リール上は取りこぼしてるんだけどまずチェリーだったんだろう。そのまま連続演出に発展。なんやかんやあってボーナス確定画面が表示された。

刹那である。マジで間髪おかず、肩を突かれた。

実は筆者、知らん人の隣で打つのは好きじゃないのだけども、そもそも知らん人に触れるのものすごく嫌いなのである。知ってる人なら全然良いんだけども、知らん人はホントにイヤ。まあ知らん人からいくら触られても平気という人もそんなに居ないとは思うんでこれは普通なのかも知れないけども。とにかくその時、間髪おかずに肩を突かれ、ちょっと引きながらそっちの方を見ると、オヤジは顎でクイッと自分の台を指し示した。揃えろ、ということだろう。繰り返すがボーナス確定画面1ゲーム目。まだボーナスのナビは出てない状態だ。

「いや、俺目押しできないんで」

咄嗟にそう答えた。イラついたからだ。本来ならこういう業界でメシ食ってる手前、他の初心者の方とかお年寄りの遊技の補助は積極的にやるタイプだし、そしてそうあらねばならないと思ってるのだけども、流石にノーチャレンジで即肩ポンはイカチンすぎる。何回かチャレンジした後だったらまだ全然OKだけども。態度も極めて横柄だったし、だいたいくわえタバコで顎で「揃えろ」は反社が過ぎるぜ。

「でもお兄ちゃん俺よりは上手いでしょ。揃えてよ」
「いやぁ自信ないです」
「……ああそう」

イカチンは何回か自分でチャレンジしたのち、呼び出しボタンを押しスタッフさんを呼んでいた。で、そこでふと気づいたのだけども当時は丁度「目押しサービスの禁止」が叫ばれた頃で、スタッフさんが目押しの代行を断ってた時期なのだ。つまり……。

「すいません、お客さん。揃えて頂けませんか?」

顔なじみのスタッフさんが申し訳なさそうに頭を下げる。失敗だった。こんな事になるなら最初っからやっとけばよかった。

「ああ……。はい」

出来ないと言った手前あんまり鮮やかに揃えるのもアレだったので、わざと初心者のフリして揃える。レギュラーだった。イカチンは「ありがとう」も無しで当たり前のようにボーナスを消化し、やがてまた台パン&チャリンチャリンが始まった。どうやらさっき一度目押しを断ったのが引っかかってるのか、台パンにも熱がこもっている。イカチンご乱心だ。やがてレギュラー後のRTを消化し終えたあと、彼はすっくと立ち上がると、また筆者の肩をつついた。

「兄ちゃん。ありがとうな。これやるよ」
「……え?」

見ると、下皿にあった150枚ほどのメダルを筆者の台の下皿にジャラジャラと移している。

「いやいやいや! 要らないです要らないです」
「いいから。俺時間ねぇから……」
「じゃあそれ自分とこの下皿においといて下さい。俺マジで要らないんで」
「いいから……」
「いや、要らないってホント。勘弁してくださいよ」

謎のメダル押し付け合いだ。本能的に「これを受け取ったら絶対ダメ」というのが筆者の脳内にあったので、固辞の一手しか無かった。第一、よく分からんオヤジが触ったメダルなんぞ触れたくもない。

「いいから……」
「ダメですってば。ちょ……!」
「いいから……いいから……」
(気持ち悪ィなコイツ……!)

不自由らしい手でメダルを握り込んでこっちの下皿に放り込むイカチン。ボロボロとメダルが溢れフロアに跳ねる。スタッフさんが様子を見に来たが、すぐどっかに行った。君子危うきに近寄らずと、その顔に書いてあった。助けてよう! 店員さん!

結局、イカチンが踵を返し、何の為のものなのか知りたくもない鍵束をジャラつかせつつハイブランドのバッグを小脇に抱えてクールに去った後、筆者は自己申告で店にメダルを返した。

「もらっとけばいいんじゃないですか?」
「いやだよ。何かおっかないし。たぶん150枚くらいだったと思うんで、悪いけど一回流して別にしてもらっていいですか? レシート発行しないでいいんで」
「分かりました」
「次来た時にあのオヤジから何か言われたら、ちゃんと証言してね? 店にちゃんと返したって。この人貰ってないよって」

イカチンは結局、もうその店には来なかった。まあパチンコの方に居たのかも知れんが、少なくともその店が潰れるまで、彼の姿をパチスロフロアで見かける事はなく。最初は「あのオヤジいねぇよな」と周りに気を配ってはいたものの、一ヶ月ほどで忘れてしまった。なのでイカチンの記憶は、この時限りの一品モノである。

が、その一品が破壊的な威力だったので、筆者の脳内の隣人伝説インパクト部門では結構上位に来ている。

みなさんも、次に打つ時はぜひ周りを見ながら打ってみてほしい。もしかしたら、ほら、隣にイカチンが──……。