初めての釘調整で盤面にブドウ畑を作ってしい大恥を書いたデビュー初日、閉店後の店内で次長にこっぴどく叱られた。

一番怒られたのは、まだまだ未熟なのに自分勝手な判断で釘調整を行いミスしてしまった事・・・

その代償は重かった。

まず次長からもらったハンマーや釘調整道具は全て取り上げられ、今後一切釘には触れない様に伝えられ、今まで通り常連客の監視や不正客の対応に追われる日々に戻る形となってしまった。

調整道具も没収され、日々楽しみにしていた釘調整の練習さえも出来ない、自分勝手な判断が招いた結果とは言え、釘師になることを夢見ていた自分には余りにも辛い事だった。

目の前の夢や希望を遮断された落ち込みは相当なもので、それからの仕事は身が入らず、ただぼんやりと日々を過ごしパチプロに戻ろうか?と考え始めた頃、ある人物により救いの手が差し伸べられる。

それは販社に籍を置く中馬さんと言う人物、先日の釘調整ミスを指で押し開けて修正してくれた方だ。

中馬さん 『お疲れ様です!どうですか?その後・・・』

ゆきち  『ああ!この前は迷惑かけてすみませんでした。』

中馬さん 『ははは・・・まぁ仕方ないですよ♪釘初めてだったんでしょ(笑)』

ゆきち  『そうなんですけど、あの日以来もう釘は触らせてくれなくて・・・』

ゆきち  『釘師になりたくて此処に入ったんですけど、触れないなら転職しようかなって』

ゆきち  『どうすれば釘師になれますかね?』

中馬さん 『釘師ですか~これからの時代厳しいと思いますよ。』

中馬さん 『私も釘師ですが販社に勤めながらですし、釘師のみで食べて行くのは・・・』

ゆきち   『そうなんですか~』

中馬さん 『これから先の事を考えるなら、ホールの幹部になるか自分でお店やるか?』

中馬さん 『ただ単に釘調整したいってならウチに来てくれたら良いですけど(笑)』

中馬さん 『ゆきちさんは、営業の内容や質に拘るじゃないですか?』

中馬さん 『それなら、これからの時代はお店の中にいるべきだと思いますよ♪』

ゆきち  『そうなんです!釘を叩くだけじゃ嫌なんですよ!理想があるというか・・・』

中馬さん 『ちょうどこの後に次長と食事に行く約束してるんで、うまく話をしておきますよ♪』

中馬さん 『この店を辞めるのは、その後でもいいでしょ(笑)』

中馬さんは、パチプロを辞めこの世界へ入った経緯から何故釘師になりたいのか?将来の夢まで熱心に聞いてくれた。

その数日後、中馬さんのお蔭なのか?次長から呼び出しがあり店舗の移動を告げられた。

移動先となったのは設置台数150台程度のお店。

設置機種はスロットが30台と羽根物・普通機が50台、残りはCR機の小さなお店、床は木貼りで椅子は固定されておらず、昭和の香りが漂う店内には演歌が流れるグループで最も小さなお店だった。

それまで勤務していた店舗と比べ設備や外観は老朽化が激しくボロボロの店内、サラリーマン社会で言えば今回の異動は左遷と言ったところ・・・

そんな異動が決まると 『飛ばされた!』 なんて、囃し立てる連中もいたから、それはやはり左遷だったのかもしれないけど、移動先のそのお店は、初めてパチンコをした日を想い出すような、懐かしく、居心地の良い雰囲気を感じていたので嫌な気はしなかった。

そんな昭和の香り漂う異動先の店長は70過ぎのお爺さん・・・

グループで最も長く勤めている松田さんは40年以上住み込みで勤めあげたパチンコマン、本来は定年退職でとっくに居ないハズが、本人の希望で定年後も住み込みで働き続ける生き字引の様な店長さんだった。

私がこの世に生まれる遥か前から、パチンコの世界で勤めていた松田さんの話は楽しく刺激的で、お店の内部の事を何も知らなかった私に時間をかけて丁寧に教えてくれた。

ホルコンの見方や専門用語、割数の計算方法、申請書類の作り方から届け出、釘折れの修理の仕方や、故障台の修理方法まで・・・

なかでも修理部品が手に入らない時は、互換性のある別メーカーの部品を取り付けてでも台を動かす方法など、現代パチンコでは考えられない修理方法や台の改造方法まであらゆる知識を教えて頂いた。

釘には全く触れる事は出来なかったが、移動前の店舗で働いていた時よりも松田さんと一緒に仕事をしている時の方が、やりがいがあって楽しく、あっ!という間に半年が過ぎ去ろうとしていた。

そんな楽しい勤務が続く中、70歳を超えた松田さんの体調が思わしくなく入院することが決まり一人で店を取り仕切る事となる・・・

松田さんは基本的に釘を叩かない人でスロットの設定だけを管理していた、管理と言ってもほとんど設定は変えず、いつも同じ設定でメリハリを付けないスタイルだったので何故メリハリを付けないのか?と聞いてみると、

会社の方針らしくメリハリを付けないで平等に!って、事で設定はオール4とか4・5半々など極力差を付けないスタイルにしているとのことだった。

設定6を使わない店はクソだと考えていた自分には、なんとも夢の無い経営方針だと、心の中で馬鹿にしていた。

そんなある日、体調不良の松田さんに変わって設定を管理する話が舞い込んできた。

次長  『松田に代わって設定管理してみるか?』

ゆきち 『はい!』

次長  『松田から基本的な事は学んどる聞いてるから、暫くお前が管理してみろ』

ゆきち 『はい!ありがとうございます』

次長  『そうか、じゃぁ月250でお前に任せるわ!』

ゆきち 『えっ!250?』

次長  『月250万持って来い言う事や!』

ゆきち 『はい!分りました。』

次長からの指示は任せられたスロット30台を使い月間で250万円の粗利を出せとの事、この時、月250万なら簡単に利益を出せると思っていた。

なぜなら一日辺り8~9万程度の利益で、一台辺りに直せば3000円~4000円程度で月間250万に届く・・・

楽勝だと思ったし、更に稼働を上げていく自信のあった私は設定にメリハリをつけて良いか確認した。

ゆきち 『稼働をもっとあげる自信があるので、設定6を使ってもいいですか?』

次長  『アホか?お前(笑)』

ゆきち 『・・・・』

次長  『ええか!お前に任せる言うたんや・・・月に250持ってきたらそれでええんや!』

次長  『ただし!稼働を落としたり、利益足りませんでした。は通用せんぞ!』

次長  『利益足らんかったら自腹切ってでも金持ってくる覚悟があるなら何やっても構わん(笑)』

ゆきち 『は、はい!』

その数日後から設定を任される事となった。

初めて設定を投入したのはコングダム、カンフーレディーの計30台・・・

初日は次長や設定師さんが見守る中、釘帳と呼ばれる各台の情報が集計されたデーターを参考に設定値を書き込んで行く。

1~6まで全ての設定を1 3 5 2 6 5 3 4 6 1の様に不規則にならべ配置・・・

本当にこれで利益は取れるのだろうか?もし赤字になったらどうしようか・・・

設定を投入しながら猛烈な不安がよぎるが、メリハリをつけ設定6を使えば必ず稼働があがる筈だと、自分に言い聞かせるように設定を投入していった。

翌日、開店してからは自分が設定した台が気になって仕方ない・・・

大当たりが発生するたびにドキドキし利益が確保できるか心配で、頻繁にホルコンを確認し赤字にならない事だけを祈っていた。

しかし無情にも確認すればするほど、出率と割数は上昇し夕方を過ぎた辺りには赤字に突入してしまう。

もうこうなると一刻も早く閉店したくて仕方なかった(笑)

結局、赤字のまま閉店を迎え、この日の赤字額は13万円以上、想定していた利益額とは20万円以上の開きがあった。

閉店後、釘を叩きに来た次長が一言。

次長 『そりゃ~お前あんな設定したら赤字にもなるで(笑)』

次長 『設定6使うのも良いけど、利益取れんかったらお前は単なるザルやで』

次長 『明日は日曜日や、よーく考えて設定いれや』

設定6を使わない店はクソだと考えていた人間が、翌日から設定6を使わなくなった。

指示された利益を出す事の難しさ、そして客の信頼を裏切らない事・・・

釘師、設定師とは客と経営者の両方に支持されないとやって行くことが出来ない稼業なのだと、改めて思い知らされる事となる。

次回更新へ続く

~ガラスの向こう側へ~ 【第2話】

~ガラスの向こう側へ~ 【第1話】