自分が貸した人はあと一人いた。
彼もジグマで一時期自分が身を寄せていたホールで出会い、良くしてくれた方だ。

釘読みと台選びの技術はあった。それは前二回のシリーズの二人より確実に上だったと思う。もちろん自分よりも。
ただ、親御さんの作った借金を肩代わりして何年も何年も払い続けていたがために(サラリーマンを辞めてパチプロになったのも、月給取りでは支払いが不可能だからだ)、ジグマからの転身を図る時の余裕が無かった。

今思うと、周囲からの謗りがあろうとも、彼とコンビを組んで店を廻れば良かったのかもしれない。
車に乗せてもらい、「機種の情報や小細工は自分が担当&台選びは個人個人で」という形でね。共倒れになっていた可能性も高いが、一人身の自分は「彼とならそれもいいか」と思わぬではなかったし。

けれど、それは言い出せずじまい。結局、彼は車を処分し、「バイトを探すので、当座の生活費を貸してください」と言い、自分は親の教え(貸し借りはするな!)だけでなく本気で「この人にならあげるつもりで出す」と10万を用立てた。

もちろん、返ってきた。お金よりも、彼が新しい生きる糧を持てたことが、自分は本当に嬉しかったのを覚えている。

昔読んだ街金の漫画で「生活費は貸すな。返って来ない」というフレーズがあった。その例でいくと、パチプロにタネ銭を貸すのは、ある意味で事業の運転資金。
でも、自分はそうは思わない。この3回のシリーズの痛い経験があるから。

そうそう、形態は違うけれど、昔から「困ったから代打ちで使ってよ」なんて話は何度もある。
自分? やりませんよ。「バイトでも何でもして、タネ銭を作ろうよ」と答える。
それは他の打ち手に対して云々もあるけれど、知り合いを手下にして搾取することに大きな抵抗があるからだ。

「続けたければ、まっとうに働けと言え」
「相手の人生を背負える関係と自身の余裕があるなら、雇ったりせずにお金をあげろ」
本当に胸の中を掻き毟られるような感情を幾度か経て、自分はそう思うようになったのです。
もちろん、それを他の人に強制なんてしませんがね。