権利モノ担当からしばらくして連載ページを持つことになったA氏。読者投稿を検証し、優秀なものには賞金を贈るというシステムは読者の投稿熱を刺激し、人気ページとして20年以上の長寿企画となった。ただ、攻略法と呼ばれるものが出てこなくなってからは、当初の勢いを維持するのはなかなか難しかったようだ。

―Aさんは権利モノ担当として原稿を書いていたと伺っていますが、他に連載ページとかも持っていたんですよね。

 思い出深いのは「オリジナル攻略法」という企画ページですね。古い読者の方は「オリ攻」という呼び方の方がしっくりくるかと思いますが、端的に言うと読者からのハガキや投稿を元にその内容を検証するページです。確か94年頃から担当となり、2016年だったかな、そのあたりまで続きました。

―ほう、結構長く続いたんですね。人気コーナーだったんですか。

 人気コーナーと言うより、機種の攻略に関する読者投稿の場所だったんですね。お便りコーナーとかもちろん今でもあるんですが、それは攻略云々とは関係なく、編集部に対する叱咤激励だったりとか、いくら勝ちました、いくら負けましたとか、まあ巻末にある読者アンケートハガキに何らかの文を書き添えて送ってくれる読者さんを紹介するようなページです。オリ攻コーナーはもう少し突っ込んだ内容で、○✖️という機種でこれこれこういう打ち方をすると連チャンしますとか、直接的に攻略に結びつく投稿内容を紹介し、それを検証するというものです。

―攻略法とか、結構送られてくるものなのでしょうか。

 そうですね。今とは全く時代が違いますけど、やはり現金機の連チャン機が全盛だった頃は毎日のように何らかの情報が編集部に届いていたと思います。検定時には連チャンしない、でもいざ店に設置されたら連チャンする、何かカラクリがあるからそういうことが起きるのですが、じゃあそのカラクリを暴いてしまおうと、編集部としても読者からの情報はありがたかったと思いますよ。今と違って、メーカーが何か情報をリークしてくれるわけじゃないですから。

―むしろ、メーカーと攻略誌は敵同士だったと。

 まあ、そこまでいかなくとも、仲が良くなかったことは確かですね。せっかく上手に保通協の検定をクリアしたのにその実情を暴かれてしまう、下手すれば販売台数にも影響する、余計なことを書いてくれるなと、そう思ったメーカー関係者は少なくなかったと思います。

―でも、やはり読者情報は無視できないし、書けることは全て書いていたんですよね。

 特にこれは書いてくれるなとか、そういう圧力のような、妙な力が働いたことはなかったです。と言うか、本当に攻略法が出たとなったら、オリ攻ページを飛び越えて4色カラー巻頭で特集とか、そういう扱いになりますから。月間大賞が10万円、そして年1回優秀な投稿を選んで大賞を贈るというのが慣例として続きました。確か賞金は100万円で、最高賞金が一千万円という、えらい太っ腹な時期もありました。まあ、一千万はさすがに該当する攻略法はありませんでしたが、それだけまだまだパチンコ業界に勢いがあったのでしょう。ですが、皆さん周知の通り、ピーク時の95年には約1万8千軒あったパチンコ店が徐々に減少し、今やもう6千軒を切るくらいにまで減ってしまいました。同時に雑誌側、メディア側も当然そういった影響は受けます。部数が減れば賞金その他もなかなか厳しくなり、最後の方は年間大賞は10万円〜100万円というシステムに変わったような覚えがあります。

―まあ、会社としても懐具合が厳しくなっていったんでしょうね。

 ただ、CR機全盛の頃になると、攻略法と呼べるものが出ないんですよね。大賞が選ばれないような状況でしたから、賞金が少なくなっても、あまり実質的な影響はなかったような気もします。そして、2000年代に入るともう攻略法なんて言葉は事実上死語になってましたから、読者投稿もこれこれこういう演出を見ました、これはプレミアムですかとか、そんな投稿が増えていきました。プレミアムかどうかなんて、これはもうメーカーに聞くしかないわけです。それでメーカーとも、いい意味でも悪い意味でも協力体制が構築されていったと言えます。

―なるほど。

 まあ、オリ攻とは全然関係ない話になってしまいますが、普通にショールームで試打させてもらって、帰りはカタログもらって、販促品もいただいて、それでつまらない機種とは書けませんね (笑)。

―それはさすがに (笑)。

 だから、どの攻略誌もそうなんでしょうが、最初の頃のイケイケの勢いは影を潜め、機種紹介雑誌みたいになってしまったのはそういう現状もあったからだと思います。新台が出たとなったら、自分たちで実戦して色々と調べ、何かツケ入るスキがあったら記事にしたり、面白くなかったら面白くないと書いてしまったり、それはメーカーに何も世話になってないからできることですよね。まあ、写真くらいはカタログから流用したりできますけど、他は皆自力でやってますとなったら、堂々と面白いつまらないくらいは書いたって文句は言われないでしょう。

―解析記事とかも自力でやってたんですか。

 攻略誌黎明期はどの雑誌も自分たちで調べていたと思います。どこからか新台を入手し、コンピュータ関係に詳しい人をどこからか見つけてきて、その人に解析を依頼する、そんな流れだったんじゃないかな。都合よく解析までできる編集者やライターが編集部内にいれば話は別ですが、そうじゃなかったら外部の人に頼むしかないです。それで有名になったのが裏ロム氏こと、下田一仁さんですね。オールドファンなら名前は知っていると思いますが、僕も自分が一読者の頃から面白い人がいるなぁと思っていました。下田氏とは氏のコラムの記事を僕が担当するようになってから個人的にも色々とお付き合いをさせていただいているのですが、次回以降は氏が関わった様々な事件や業界の裏話的なことを話していければと思います。

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