行き過ぎたギャンブル性を抑えるために、業界は様々な自主規制案を発表する。ただ、中にはこれで何の効果があるのかと疑問を抱くようなものもあった。業界も、管轄する警察当局も試行錯誤していた時代ではあった。

 現金機の撤去やCR機の台頭など、90年代半ばから後半にかけてパチンコ業界は色々とあったようですが、首を傾げざるを得ないような、妙な決まりごともあったと聞きました。何やら、ドル箱を積み重ねてはいけないとか、何とか。

「96年でしたか、全国一斉イエローキャンペーンとかやってましたね。ホールの組合である全日遊連を中心に、業界の健全化をアピールしていました。その一環として、3箱以上の玉積み禁止とか、確かにやってました」

 なにか、ほとんど意味のない規制と言うか、狙いは何だったんでしょうか。

「社会的不適合機の撤去やら、CR機のギャンブル性の高さやら、パチンコに対する批判が日に日に高まっていたんたですね。それで、現状を何とかしないといけない、何かやっていますという姿勢を世間一般に知らしめる必要がある、そう考えた業界団体が誰もが安心して遊べるパチンコ、パチスロを目指しますと謳ったわけです」

 そのひとつが玉積み禁止と?

「当時、今では当たり前になっているパーソナルシステムを導入していたホールはかなり少数派と言うか、まだシステム自体発表されて間もない頃だったと思います。ほとんどのホールは普通にドル箱を積み重ねるスタイルでした。5箱、10箱、15箱と増えていくに従って、その台で遊技している客の周りにドル箱のバリケートが築かれるようなカタチになり、見た目は景気良く見えますよね。ただ、射幸心を煽るという見方をする人もいるわけです。隣でそんなに出されると、じゃあ負けずに自分もといたずらにお金を使う、そういう雰囲気は良くないから箱積みはやめましょうと、確かそんな狙いがあったと思います」

 何やら、時代を感じさせますね。

「実際、それで6箱目からは強制的に出玉を交換しないといけないとか、そんなこともあったんじゃなかったかな。調子良く玉を出し続けられればいいんだけど、5箱呑まれてしまうと、追加投資になります。まあ何にせよ、店側もほとんど意味のない決まり事だから、いずれは有名無実化すると分かっていました。そんなことで本質的に射幸性が抑えられるわけはないですし、別積みにして対処していた店もあったでしょうし、また最初からそんなことはガン無視していたホールもありました。大体、この類の自主規制的なものは地域による温度差が大きいんですね。例えば東京はやたら厳しいけど、隣の神奈川はわりと自由とか、そういう傾向は今でもあると思います。特に神奈川は当時パチスロの裏モノが普通に打てましたし、ああそう言えばパチスロのモーニングもこの頃禁止になったんじゃなかったかな」

 朝イチでいきなりボーナスが成立しているというやつですね。

「でも、モーニングが入っていたら低設定というのがほぼ決まりでしたね。少なくとも、自分が良く行ってた幾つかのホールは皆そうでした。だからモーニングが取れたら即流ししたいところですけど、開店後1時間はメダルの交換はできないというホールがほとんどでした。仕方なく、極力ゆっくりと打ち続け、幸い2回、3回と自力でボーナスが取れたら、11時までまたゆっくり打ち続けて、その後は様子を見て交換するとか、まあそんな感じでした。ですから、個人的にはモーニングには特に魅力を感じていなかったので、この規制は別段それでいいんじゃないのって思っていましたね。ただ、そんな中でも自主規制を無視してモーニングを入れ続け、結果摘発されたホールもありました」

 それって、玉積みの自主規制を無視したような話ではなく、警察が動いたってことですよね。

「そうです。 確か福井県のとあるホールですけど、警察側としては設備の無許可変更に当たるとして検挙、ホール側は違法改造には当たらないとの姿勢で、正式に裁判までいきました。検察側は打ち込み機を使って内部当たりの状態を作るのは不正改造とまでは言わなくとも、それに近いものがあるのではないかという姿勢でした。対してホール側はある大学教授を証人として出廷させ、内部当たりの状態を作るというのはパチスロ機の性能を利用した行為であって、性能を変える、性能に反するということではない。内部当たりの状態が生じると次の客が若干得をすることはあるが、内部当たりの状態に気づかずにヤメた客の後に打つ客も有利になるから同じことと反論しています」

 真っ向から対立していたわけですね。今だとちょっと考えにくいのですが、その頃は平気で警察相手に裁判をするホールがあったんですか。しかも、大学教授にまで協力を仰いだんですよね。

「まあ、先にも言いましたけど、社会的不適合機の撤去、CR機への入替、玉積み禁止、挙句モーニングはやめろとか、もうホール側としてもストレス溜まりまくりの状況だったと思いますよ。それでも組合の手前、警察と喧嘩するわけにはいかない。でも、中には納得いかないからやれるだけやるというホールもあったということです」

 裁判の結果はどうなったんですか。

「確か罰金10万で終わったんですけど、当時は色々と物議を醸していました。打ち込み機の接続が設備の無承認変更にあたるという判断なら、店員がフラグ成立まで自力で回すのはいいんだろうとか、ウチは店員皆で一生懸命回していますと釈明すれば摘発されないんだろうとか、まあ面白おかしく話す関係者の方もいましたね」

 ははは。

「ただ、結局モーニングは摘発されるという判例になってしまい、以降取り締まりの対象になってしまいました。今思うに、あの頃は業界も警察当局も色々と試行錯誤していた、そういうことだと思います。玉積み禁止も、その流れはパーソナル方式やスマパチに至ったことになるわけですし、モーニング禁止も打ち手皆に平等という味では納得できることでもあります。ただ、それ以降登場した5回リミッター機だけはいただけない。自主規制するにしても、せめて出玉面で性能を幾分落とした機種を新内規の機種として市場に出せば良かったと思います。次の当たりは何がどう転んでも確変終了するからと言われて、喜んで打つ人はやはりいなかったのですから」