さて、すっかりパチンコの魅力にとり付かれた私は大学進学までの短い間も、ホールへ足繁く通うことと相成ります。
デジパチも初体験、初めて当てたのは豊丸さんの「ビッグドン」、1300発機でした。

しかしこの大当たりまでに結構ハマってしまい、初当たりの際も興奮はなく「これで止められる…」という安堵感のみでした。
当然ながらこの日はかなりのマイナス収支となります。
今思えば、ですが私にとってはここで痛い目に遭っておいて本当に良かったと思っています。

続いて大学時代、まずのっけから高校出の一人暮らしには付き物とも言える「ホームシック」を経験します。
それを紛らわしてくれたのが、他ならぬパチンコホールでした。
当時は一発逆転の一発台やデジパチから、それよりマイルドな羽根モノ、そして先述のパンドラやガンマン、草競馬といった10カウント一回役の機種までバラエティーに富んでいました。
現代は機種・機械を同じくして、貸し玉額を変えることで当時に還っているのかなと思ったりします。
ホント今思えば勿体ない話ですが、時間が有り余っていた私は春休みや夏休み、そして冬休みに至ってもホールに入り浸りです。
この頃は正に羽根モノが最盛期に入ってゆく時代でした。

特に私が夢中になったのは、平和さんのエアープレーンという機種。

それまで地味な印象が強かった羽根モノでしたが、これはとにかく電飾が美しかった!
更にVゾーンに入賞すると空を飛んでいるが如く、バックに青空と上下する摩天楼の風景が映し出されるという凝り様。
初めてホールで対峙した時、カルチャーショック的な衝撃を受けたのを今でも覚えています。
 
とにかく当時は、勝つ術を全く持ち合わせておらず、有り金でなるべく長い時間ホールにいることだけを考えて打っていました。
大体序盤はチマチマと一般台や羽根モノを打ちますが、運よく一時的に勝っていてもまだ打ちたいので帰るという選択肢はありません。
それで結局勝ち分を溶かして帰宅というパターン。

逆に良い台に巡り会えず、ツキにも見放され負けが込んでくると、一発逆転を狙ってデジパチに手を出し、やっぱり使えるお金を全て溶かして帰宅、という、何とも情けないお話ですね。
それで軍資金がなくなると「教科書代…」などと称し親に臨時の仕送りをさせたり、ファミコンソフトを売るなどしてお金を工面します。
また恋人と付き合っている時も、パチンコを打つために「用事で会えない…」などと嘘ついたり。
今思えば正に「パチンコ依存症」にあてはまる、様々な症状が出ています。
 
この先、少々重い話になりますがパチンコを語る上では避けて通れない部分でもありますゆえ、しばしお付き合い下さい。

依存症に陥った人が、破滅に向かうか踏み止まるか、この分かれ道はやはり「借金」これに踏み込んでしまうか否かにかかっていると思います。
私の場合、当時何故か幸いにも「借金だけはしたら終わりだ…」と思う事が出来ていました。
軍資金がなくなったら最低限のお金をキープし、後はひたすら打ちたくても我慢しながら暇を潰すという毎日。
本当にこの時間を、そのまま全部今の私に欲しい!
喜んで使ってあげたいと切に思います、後悔先に立たずとはこの事です。
 
もしここで抑制が効かず借金に走ってしまう方、これは致し方ありません。
ホールにもポスターがありますがRSN(リカバリーサポートネットワーク)に電話相談をされ、パチンコから足を洗われる方向に進まれるのが良いと考えます。

ちなみにRSNの代表はドクターの方ですが、パチンコなどの遊技やギャンブルに対してはある程度のご理解がある方です。
決して頭ごなしに敵対されたり、或いは絶対悪とはみなされておりません。
ですから安心してご相談頂ければと思います。
 
いやはや依存症ギリギリのパチンコ人生、この先どうなってしまうのでありましょうか?