毎年、12月30日頃に打ち納めとなります。その後、年間のデータを収集するのが恒例行事。まあ、年間データを年の瀬が押し迫った頃に一気に計算するのは大変なので、第一段階として11月終了時に11か月間のデータを計算しておき、それに12月分を加えるやり方をしています。
データについてはまず、お店別収支と機種別収支を計算。お店別については稼働計8店舗と例年になく少ない店舗数でした。年間1位店だったことも何度かあった福井県で1度も打たなかったのは初めてだったかもしれません。中でよく行ったのは5店舗。地元2店舗。隣町3店舗と相変わらずETCをよく使うパチンコでした。
機種別については柱は5機種。お世話になり順に、P大海物語5スペシャル、PAわんわんパラダイスセレブレーション、PJ-RUSH5、P大海物語4スペシャル、PA大海物語5withアグネス・ラム。
大海5スペシャルについては4か月打って、8か月打って、そして12か月打ってとお題にしましたので置いておいて、大海4スペシャルのデータを紹介します。2020年から打ってる大海4スペシャル(1/319.6)の初当たりが悪く、2020年(年間トータル)1/642.0 2021年1/379.7 2022年1/326.7 2023年1/339.9 2024年1/323.4 と1度も恵まれた年が無い経緯で2025年は?
はい、1/323.6とやはり悪かった。さらには確変比率(表記52%)も45.3%と散々な結果となりました。
恐らく2026年が設置の最終年となるであろう大海4スペシャル。最後くらいは軽い目の初当たりを期待したいところです。
次に勝敗ですが、稼働日数は歴47年で過去一となりました。日別で329戦231勝97敗1分。はい、年間329戦って半端ないですね。完全に打ち過ぎと言っていいレベル。月別では12勝0敗。そして重要視してる週別で50勝2敗(昨年同様)。テーマ「楽パチ」つまり楽しいパチンコは少額でいいから勝って終わること。額ではない、1パチでもいい、短時間でいい。平均時給は三千には届きませんでした。
悠遊道では掲載300回を機に毎週執筆を終わらせていただき、今後は土曜日曜枠をメインに。そして「漫画家T村先生に研究家がいた模様」と、まとめサイトのパーラーフルスロットルさんに私の記事を取り上げていただき、バズったことも良い思い出です。1億達成がきっかけでもう各所から取り上げられなくなり、研究家としても最後に取り上げた実践動画ネタでほぼ完結してしまった点、一抹の寂しさは拭えませんね。
比類なきパチンコ日数高稼働をした年でしたが、パチンコ以外のこともけっこう行いました。1月に淡路島七福神巡り、4月には岐阜の七福神巡りを妹夫婦らと行いました。妹の旦那の足が悪く、この回復を祈願するのが大きな目的でしたが、なんとか良い方向に向かっているようです。
また、3月には九州旅行を敢行。ハネムーンルートのハウステンボスや雪の由布院を巡りました。そして2025年と言えばの大阪万博へは計4回行きました。暑い中いろんなパビリオンを周り、海外の文化に触れることができたのはよい思い出となりました。また、そのうち2回は翌日に友人らと難波花月での漫才を満喫しました。
映画鑑賞も高頻度で、数えてみると「はたらく細胞」から始まって「緊急取調室」まで年間25作品を観ました。個人的年間No1は2回観た「鬼滅の刃無限城編」。そして先日観た、「栄光のバックホーム」は泣けるシーン満載の実に良い映画でした。岡田監督を要し18年ぶりに優勝した阪神タイガースの胴上げで、とある選手のユニフォームが舞うシーンの意味を知ることができます。
「モルック」というスポーツを始めた年でもありました。大会に初参加した48チームが参戦した際の初戦の相手は、動画でも上がってる有名選手であることが後から分かりました。とりあえず倉庫に練習場を作り日々投擲をしています。
このモルックは家内から勧められて始めました。家内はけっこう顔が広く、いろんな方々との付き合いの中で知ったようです。顔が広い主な理由の一つである民生委員。これ、やった人にしか分からない大変さがあります。時には一人住まいの老人の家の草引きをしたこともありました。車のガソリンを入れに行ってあげたりしたこともありました。そして昨年やっと民生委員を終えることができました。なんと1期3年×4回の12年間も民生委員を務めました。通常は1期3年で交代ですが、なかなか引き継いでくれる人が居なかったためです。毎月ある町内会合で、毎年変わる会長はいわば新人ゆえ、知恵袋の立ち位置でした。
そして年の瀬に良いことがありました。オリジナル必勝法誌パチプロライターのたいがー山本さんから「守山アニキさんから忘年会をしたいと連絡がありましたが、いかがですか」とLINEが。はい、これに参加してきていろいろお話することができました。これについては1月後半の次回の私のブログで詳しく書くことにしています。



じゃじゃさんはエナをメインとする
専業なんですか?
お疲れ様です。
昨年の見事な成績、さすがですね。
昭和53年の2月だったと記憶していますが、当時高校2年生だった私は、親戚のお姉さんに連れて行ってもらって、初めてパチンコを打ちました。ですから、私ももうすぐパチ歴47年目が終わります。昭和54年5月8日(私の記念日)に止め打ちの有効性を知り、それから本格的なパチンコ人生が始まりました。
じゃじゃさんと同様に、いろいろな角度から記録をしてきましたが、時給は、年間2千円を超えることはありませんでした。勝率も最高で、将棋の藤井6冠の勝率ぐらいでした。
昨年は、32年ぶりに年間マイナス(マイナス6千円)という恥ずかしい年となりました。
まあ、齢90となる母親を連れての、久しぶりの家族全員旅行ができたので、じゃじゃさんと同じように、ある意味よい年だったとも思います。
独身のころは、パチンコに負けることが納得できず、600円負けてカリカリしていて、友人から呆れられていました。今年は、この頃の気持ちに近づけるよう精進してみようかなとも、ほんのちょっと思っています。
年が明けて、カミさんんが、エヴァ レイタイプの319を連続連チャンさせ、すこぶる機嫌が良いので何よりですが、私自身の勝率向上には、ちょっと疑問です(笑)
>匿名刑事さん、コメントありがとうございます。
いずれもちょっと違います。
>コスモアルファさん、コメントありがとうございます。
恐れ入ります。
私の初打ちは昭和53年11月27日なので、私より早いですね。そして直ぐに止め打ちの有効性を理解されたということ、私と似ている気がいたします。
時給はともかく、勝率はたいしたものですね。
連れパチで奥様の機嫌がいい、いうことなしですね!