今回は今、自分が『18歳』だったらとのテーマコラムですが、単純に2006年度生まれの自分がいると考えてみます。ちょうどこの4月からパチンコ店に堂々と入れる年齢に達しているということですね。さて、自分はいかような生活を送っているのかと想像してみたのですが、パチンコ (パチスロ) は興味本位で触っている可能性は高いと思います。元々、ゲーム好きだったのですが、新たに生まれ変わった自分もそういった方面に少なからずとも興味は抱くと思われるので、まずはゲームとしてのパチンコ、パチスロという見方で対峙しているかなぁと思います。そして、やがてはお金を稼ぐという方に向かうというわけです。
ただ、昔と違って100円、200円で遊べるゲームではなくなっているわけで、普通に遊ぶ、遊技する感覚で何千円、何万円と使うわけにはいきません。そこで今は低貸しがあるわけで、勝ったり負けたりで一喜一憂することでしょうが、しばらくしたら気づくはず。昔とは違って、今は情報が溢れ返っています。勝ち方、立ち回り方、ボーダー云々……、ゲームとしてパチンコ云々を楽しみつつ、時々特殊景品に交換したりしていたのだが、お金が全然増えていかないと (笑)。ゲーム感覚で低貸し打ってりゃ、そりゃそうだろうと言われるでしょうが、負けてばかりでは楽しいものも楽しく感じられなくなるでしょう。
その後、しっかりと理論武装し、4円の方へ転向することになると思いますが、それでもたかだか18歳の青年に現行の機械に耐え得るだけの資金力を持ち合わせているかとなると、首をかしげざるを得ません。あえなくパンクとなり、仕方なく低貸しに戻って地道に稼いで、ある程度余裕ができたら4円の方へなんて、それができるのなら最初からやっているはずで、結局この男はパチンコから遠ざかり、来年こそはと捲土重来を期して予備校通いをしていると、そんなところでしょう。そして、翌年も桜咲くとはならず、さてこれからどうしようとなるわけです (涙)。
それまでの自身の記憶や経験などが生きた状態で18歳に逆戻りというパターンで考えてみますと、それまでに蓄えてきた金銭等の有無に関係なく、現行のパチンコはまずもって打たない (打ち続けない) と思います。長時間打たないと結果が出ない、数万円単位の勝ち負けは当たり前、目は悪くなる、腰も痛くなる、こういうこと全て承知しているわけです。また、パチンコに対する世間一般の印象が全然上がっていないことも分かっているわけで、上がるチャンスは幾らでもあったのに、この40年イメージアップどころかギャンブル性を上げることばかりに血道を上げてきたのがこの業界です。幾らかの異論はあるでしょうが、昨今騒がれているLT搭載機にしても、結局はギャンブル性を上げるだけでしょう。そういうゲーム性もアリだと言われるでしょうが、結局はどうやって客をのめり込ませるかに重きを置いているわけで、ああ相変わらず変わらない業界だとつくづく思います。
ただ、色々と問題はあると分かっているのなら、ではその問題を自分が解決しよう、この業界を良くするために力になろうと、そのように考える可能性はあります。業界を管轄する側に回って指導・育成し、万人に親しまれる庶民の娯楽としてのパチンコ、パチスロを再構築しよう、そのためにはまずはしっかり勉強して大学に入ろう、そして国家公務員試験を受けようと、そのように考える自分がいるかもしれません。うん、そうなればこの業界も少しは良くなるかもしれませんが (笑)、いずれにせよ現行のパチンコを18歳の自分が積極的に打つということはないでしょう。真っさらの18歳ではお金もないし、知識もないので途中でパンクする、それまでの記憶や経験などが生きた状態での18歳ではそれゆえにこの先いい意味でのめり込む価値はないと判断し、学業や他の趣味に没頭する、そういったところでしょうか。



「2006年度生まれ…」ああそうか! 今、単純に18歳の“私”が存在しているわけでは無く、まるっきり育ってきた環境が違う(セロリ?)私がいるということか。つまりは“別人”の私?という若者がどうパチンコと関わっていくのか?という話しなわけだ。
これはムズカシイ!遺伝子は全く同じでも、“人格”を決定づける要素としてむしろDNAよりも重要と思われるトコロがぜーんぜん違うのでは。だから、コッチの方は考えるのをやめよう、そうしようとここにきて思うワタシです。
いや〜Aさんに言われるまで気が付かなかったですわ。
なので“身体だけ18歳”が理想ですな、やはり😀。
>>ギルさん
今回のテーマはなかなか難しいところがあり、ギルさん言うように育った環境が違う自分がいるのか、それとも前知識がある状態の自分がいるのか、はたまた知識があっても資産的にはどうなのかとか、色々と考えてしまいました。また機会があるとしたら、今度は15歳の自分に戻ってみたいですね。あの頃、もっとしっかり勉強していればとか、また色々と考えてしまいそうですが。