おはようございます。今回はチョイといつもと違う『水曜日』に仕立ててみました。

こういう自然体で文章を書くのスンゲー好き。勿論ノンフィクションでございます。

それでは、広告の下からどうぞお読みくださり。

↑こう云うところが真面目になりきれない竹。

忘れていたのかもしれない

忘れてたつもりも無かったんだけども、ふとした瞬間に思い出した。

いつもの様に、フラ付く足元に神経を遣いつつ、冬の陽射しが眩し過ぎて、ハッキリとは見え辛い視界に嫌気がさしながら、少し肌寒い外気も無視できない厳めしい表情になりながら歩きだす。

『僕なら前方から、そんなオッサンが歩いて来たら嫌でしかないな』と思い直して、なるべく温和に見える表情を意識したりする。

そんな風にヨロヨロと歩いていた時に、何故だか知らないけど思い出した。

大和川を跨ぐそれなりに立派な感じな橋の、どうやって其の場所に至ればいいのか全く分からない妙な場所に、大量の廃棄された遊技台達が永い間放置されていた。もう何十年も前の事だし、その橋が付け替えされる迄はずっと放置されていた記憶がある。

橋が新しくなって、いつの間にか綺麗な公園の一部になってしまっている。まるで誰かが忘れる様に仕向けたみたいに、気持ち悪い程に綺麗になってやがる。

僕は忘れるというより、徐々に考えなくなっていたらしい。

『そういや、少なくとも30年前くらい迄は、あの状態だったよな』

そのパチンコ台達は、僕の知る台枠でも機種でも無かったし、電動ハンドル以前のモノだったので放置されたのは今から半世紀以上前だったのかもしれない。

今なら引く手あまただったんだろうか?どちらにせよロクな事にはなっていない気がするけれど。

調べてみると、今の橋に付け替えたのが1999年の事らしい、それ程その橋の近所に住んだ事は無いけれど、幼い頃から幾度となく見ていた、その光景は未だに頭の何処かに焼き付てしまっている。

その近所には火災で、使い物にならなくなったコンクリート造の建物も永い間放置されていて、単に幼い僕は『恐ろしい』場所として認識していたのかも知れない。

何十年も経過しているのに原形を留めていたパチンコ台と黒く焦げた建物、そのどちらもが見えているのに、どのような経緯を辿ってそうなったのか、その場所には至る道が存在しないのも僕は生理的に受け入れる事が出来ないで、恐怖心を駆り立てていたんだろう。

誰かに確かめたりしたわけじゃないけれど、あの一帯だけは皆で存在自体を見て見ぬふりをしていた様な、そんな風にも思える。確かに違法占拠であったり何かしらの複雑な背景も在ったりしたみたいだけど。

どうして、今になってそんな事を思い出してしまったのか?【お得意の】と言ってしまっては大いに語弊は有るけれど、自己分析で答えを出してみようと試みる。

ひとしきり、瞑想状態よろしく奮闘してみる。。。

この年齢になると当たり前の事なのかも知れないけれども、どうやら幼い頃の事を随分と忘れてしまっているらしい。憶えているつもりでも、その多くは改竄されてしまっていて、自分の事なのに信用出来なくなっている。
ここ数年の事ですら、重要な事以外は笑えないレベルで忘却の彼方へ追いやってしまっているらしい。

なんでもかんでも、病気のせいにはしたくないのだけれど、全く無関係でも無いんだろうし。

こうやって記憶を頼りに、頭の中の引き出しを開ける作業をしてみるのだけれど何も思い浮かばないばかりか、思考の流れに入って行けない自分に焦ってしまう。

それこそ僕にとっての恐怖でしかない。

思い出した

はぁぁぁ〜もうやめよう。

きっと、完全に忘れたりしなければ、そのうち変なタイミングで、勝手にヒョイっと思考の引き出しが開いて、答えが出て来るに違いないもの。

強引に頭の中での作業の1つをシャットダウンした瞬間、全く別のコトを思い出した。

【GODinGOD】さながらの病気に見舞われながらも、何とか平静を保って生きてられる。どうやら僕は周りの人間には恵まれているみたいだ。ワザワザ誰であるかは気持ち悪いから書かないけれど。

こんな大切な事、忘れちゃ駄目だ。

どうやら僕は幸せ者であることを思い出せたらしい。