ついさっきの話だ。

筆者が住む部屋のすぐそばには小さなアーケードがある。観光地だけに通行人も買い物客もそれなりに多い。が、民度がそんなによろしくないところなので近隣住民の多くはそこをチャリで爆走する。一応アーケードの入口と出口(どっちがどっちなのか知らんが)には「チャリンコは降りて押せ」的な事が書いてあるのだけども、もはやその注意文も一応書いとくけど別に守んなくていいよみたいな感じですっかり形骸化しており、実際、下車して押してる人なんかほぼ居ない。みんな激走である。弱虫ペダルくらい走っておる。

んで筆者は元来、目も鼻も弱いかわりに耳が良いのでチャリンコのリンリン音がすげーキライな性質である。抜き去り際にリンリンされると反射的にチャランボしたくなる。

チャランボというのはタイ語で膝蹴りという意味なのだけどもそれはおいといて、とりあえず地元でそれをやられたら確実に舌打ちは返すのだけど、この地域においては新参も新参なので郷に入らば郷に従うべからく、特にチャリンコが邪魔くさすぎてハイパームカついたところで、すみっこでもって大人しく、ちっちゃくなって歩いておる次第。

んで、さきほど嫁さんと件のアーケードを歩いておったところ、タイムセールの八百屋の人だかりらへんで、例によって後ろからすげー勢いでリンリンならされた。

アーケード内の、それも人混みの中だ。ましてや八百屋のところでガッツリ人が立ち止まっとるさなかである。そこを「俺様のお通りですよ」と言わんばかりの勢いでめっちゃリンリンならしながら、偉そうな爺様が突っ込んでくるのだ。

確実に頭がイカれた爺だし超迷惑なのだけども、そのリンリン音はまた、ある種の誘引力を持っている。鳴り物、というやつだ。タンバリンとかトライアングルとかに近い。つまり、子供が寄ってくるのである。

2歳か3歳。子供がいない筆者にはその子が何歳くらいか正確にはわからんが、とにかくヨチヨチとノシノシの中間くらいの、ぎりぎりでかけっこできるくらいの歳の、小さな男の子。それが、人混みの中──しかも八百屋のお客のせいでちょうど、砂時計のくびれた場所みたいになってる渋滞地点で、リンリンに誘われるように、母の手をスッと離して駆け出す。筆者の足元をすり抜け、通行人が馬鹿が乗ったチャリを先に行かすために空けた、僅かなスペースに向かって。

「きゃぁ!」

母親が叫ぶ。嫁も叫んでいた。筆者も声が出たし、八百屋で並んでるおばちゃん連中は全員何某か口に出していたと思う。まさしくヒヤリ・ハットのシーンである。

リンリン鳴らしながら突っ込んできた爺様は耄碌した反射神経をギリギリで惹起させハンドルを握り込む。後輪が少し浮いて、やや前のめりで急停止するチャリ。あぶないところで、子供に怪我はなかった。と、次の瞬間、何を言ったか分からんがそのリンリンの奴はあろうことか、子供を叱った。

繰り返すぜ。

めっちゃ人混みの中、リンリン鳴らしながら爆走してきたチャリが幼児を轢きそうになって、それで幼児を叱るのである。明らかに手前ェが悪いのに、逆ギレしてんのである。

「いや、おかしいでしょ」

流石に筆者は言いました。

「チャリンコが気をつけねぇと駄目っしょ。なんで何逆ギレすんのさ」

とりあえず謝罪はさせたほうがいい。だって母ちゃん悪くないし、なんなら子供も悪くない。降車させるために爺様のほうに進むと、彼は後ろを振り返りもせずスッと逃げていった。あまりに腹がたったのでその背中に強めの言葉を飛ばしたけど、聞こえてるくせに見向きもしない。つまり、リンリンの馬鹿が強く出られるのはお母さんと幼児だけなのである。

「クッソ、なんだよ今の爺様……朝から気分悪ィ」
「頭くるねぇ!」

嫁と呪詛の言葉を吐きながら自宅に戻る。平和を愛する土鳩のような筆者からすると結構珍しい事であったが、事件が起きた10センチ横という絶好のポジショニングだけに文句を言わずには居られなかった。

ああ、嫌な経験しちゃった……。

と、自宅に戻り、コーヒーを飲みながら、ふと気づいた。何かがひっかかる。心の奥底。嫌な記憶がズルリと──。

*********

あれは遥か昔。まだ浅草に越す前の話だ。上野の某店でパチスロを打ってた時の事。

筆者一回だけ、隣で遊んでたおっさんと口論したことがある。きっかけは本当に些細な事で、相手が缶ホルダーを使わずに、筆者の方の灰皿スペースにジュースを置いてたと、ただそれだけのことである。これはよくある事だし別に気にしない。こっちも逆サイドを使えばいい。が、生憎とそっちはそっちで既に反対側に座るプレイヤーが利用していた。ならもう、気軽に一言こう言えばいいだけだ。

「すいません、ちょっとこれ、向こうにいいですか?」

相手は釣り人が良く着てるようなあみあみのベストを装着した白髪頭のおっさんだった。周りもうるさかったし、何を言われてるのか分からなかったらしく、おっさんは何度か筆者に「なに?」と横柄に問い直す。

「これ、カンカン。邪魔なので向こう側に良いですか? この台の人が灰皿置くところなんですよ」
「ああ……」

ようやく合点が行ったのか缶を逆サイドにどける。が、自分がプレイしてる台がすげーハマってるからか、あるいは筆者みたいな若造に注意されたのがカンに触ったのか、親父はそれから露骨に嫌な打ち方で遊び始めた。舌打ち。強打。ため息。おいおい、と思った。

筆者の台も当たりナシ。メダルが無くなったので1000円を追加する。

右手でもって肩のちょっと上くらいにある高さの投入口に手をのばす。キッと親父がコッチをにらみ、左手をぐるんと回すようにして「お札を投入しようとする筆者の手を振り払った」。

「うわ、なんすか……?」
「当たってんだよ手が!」
「は?」

今度は筆者が聞き返す番だった。

「金入れる時、今! お前の手が当たったの、こ・こ・に!」

言いながら、親父は自分のこめかみあたりをとんとんする。

「ああ……そうですか」

当たった、というのなら当たったんだろう。まあ狭い店だし、そういう事もあるかも知れない。長いパチスロ生活でそんなこと言われたこともないし筆者自身に誰かの手が当たった事もないというか、当たったところで避けるだけだけども、まあそんなガッツリ怒ってるなら不快だったんだろう。

「すいません」

一応謝る。と、親父はそのまままた横柄な感じで遊技を始める。筆者も必要以上に気にせず遊技を続行。追加分のメダルは瞬殺で飲まれたが、天井までブン回すつもりだったのでまた追加する。次も千円札だ。なんせそのお店は万券が使えない古いタイプのサンドだったんだから仕方ない。

流石に注意されたあとなので、当たらないように気をつけてゆっくり投入する。そして俺は気づいた。この店、狭すぎて当たらないように千円札を投入するのめっちゃムズい。というか、筆者この店に限らず、狭いところでは人がサンド使うとき無意識にちょっと身体を傾けて避けてるわ。

要するに、避けなかったら当たるようなスペースなのである。

じゃあもう仕方ない。会釈して普通に千円入れたら、やっぱ親父の耳に微妙に筆者の服の袖がフェザー・タッチした。当たるか当たらんか分からんくらいの、微妙なお触りである。というか、当たる瞬間、親父がちょっとこっちに頭を傾けるのを、筆者の目は見逃さなかった。刹那、待ってましたといわんばかりの怒声が響く。

「だからお前! 当たってるって!」
「いや当たりに来てンじゃん!」

そこから先は口論である。

「お前わざと当ててんだろ? アアンッ!?」
「ンなわけねェよなぁ……! 耳の油つきそうだしよォ……!」
「!? ンだこの野郎……!? ンだオンンッ……!?」
「第一、そっちこそ避けりゃいいんじゃあないですかねェ……!? 首クイってやるだけでいいじゃんすかァ?」
「ンで俺がお前の為に首クイってやんなきゃいけねぇんだオイィィッ!?」
「周りみてくださいよォ……! みんなクイってやってんじゃんスかァコレェ」
「誰もやってねぇよンな事ァコノボケェェイ……」
「ゼッテヤッテッシィ……。みんな……クイってェェ……!」
「お前このガキこの……この……表ェ出っかヨォクラァ……!」
「出ねぇしィ……。一人で行って来いよ馬鹿タレェ……! オイイィ!」
「オンンッ……!?」

ちなみにその時打ってたのは5スロである。

当時はまだ認知度が低かった5スロ。今でこそ低貸は市民権を得ているけど、当時5スロを打ってるのはよっぽどお金が無いのにパチスロを打ちたくてたまらん、依存症一歩手前の人々であった。

そこで釣り人ルックの親父とヒョロヒョロのパーカー男が二人して並んでオオンとかアアンとか言ってたので、もはやギャグである。当然店員さんも生暖く見ているだけであった。

「あ……」

しばらく険悪な雰囲気で打っていたところ、親父の台に当たりが来る。ふんまんやる方なしと言わんばかりの風情でボーナスを揃えつつボーナス中の7揃いから順調にARTを伸ばし始めた。筆者はその後もいくらか投資をしたが流石にサンドを使う気にはならず。ちょっと離れた空き台のサンドでまとめてメダルを借りてハコに入れて持ってくるという非常に面倒くさい作業を強いられる事になった上に天井手前で当たってすぐ飲まれるという体たらくだったので、まあ、いろんな意味で負け戦であった。今思い返しても頭くる。

さて。

ホールでの口論、というのはこれ昔は結構あった。

どっかのタイミングでほとんど見なくなったけど、特に露骨なイベントがあった4号機中期から後期くらいの、朝の並びや入場時にはちょくちょく見かけていたように思う。だけど当事者になった経験は流石に無く。口論自体があんまりない平凡な人生を送ってるのもあり、こういう状況になったのはこの時が最初で最後だった。要するにただ、あの親父の頭がおかしかったんだと思う。

あんまりいい思い出でもないし完璧に忘れてたんだけど、記憶とは不思議なもので。

先程のリンリンの爺様のおかげで、今週の悠遊道のネタがいっこできたと考えると、まあムカつきはするが、トータルでみるとプラスの経験だったのかもしれん。ありがとう。リンリンの爺。でも事故るなら自損でよろしく。子供巻き込んじゃダメ!