今はもうかなり厳しいと思うけど、4号機時代には「全6」というイベントが時折開催されていた。文字通りの店内の設置機種の設定が全部6ですというやつだ。長くパチスロを打ってる人なら並んだ事があると思う。これはもうお店としては「日頃負けまくってるお客さんのガス抜き」という側面が強く、その性質上開催日とかも徹底して伏せられた上で唐突に開催されるのが常であった。だもので後日その開催を知って歯噛みしたこともある。

そんな「全6」に関する思い出だ。

まだ存在するお店ゆえ名前は伏せるけども、当時そのお店は現地ではゴリッゴリにブッコ抜く極悪店として知られていた。なので当然稼働はゴミみたいなもので、だだっ広い店舗に近所の年寄がひとりかふたり座っとるのが常の、ペンペン草がちょろっと生えとるだけの不毛ホールだった。営業してるだけで赤字が累積していくだけの不良債権みたいな、呪われし地獄の沼みたいな店舗だったのだけど、なんかのタイミングでその店で「全6」が開催されるらしい、という怪情報が飛び込んできた。ウワサの出処は当時の仲間のひとりで、便所を借りに寄った時に店員さんから教えて貰ったとの事。

ウッソだァそんなの。だってあのウンコみたいな店だろ?

深夜のファミレス。タバコを吹かしながら全員で否定する。なんせあの名状しがたき冒涜的な、形をもったぶっこ抜きそのものみたいなお店である。その場の空気を吸うだけでパチスロ偏差値が3下がるとまで言われてる猛毒店舗だ。全6なんぞやるわけがない。

「だってホントに聞いたんだって」
「ナイナイナイナイナイチンゲールだよ。やるわけ無いじゃんあの店で」
「えー、でもなぁ……。ガチっぽかったから俺は並ぶけど」
「ウッソォ。並ぶって……プークスクス……あの店に? ハハッ! ナイナイナイナイナイルワニだな」
「いいよもう。一人で並ぶし」
「えー……。ほんッとにィ? ほんットニー・ヒューストン?」
「ムカつくなぁそのダジャレ……。バカにして……」

あまりにも真剣に言う彼の言葉に、テーブルを囲むオイラも、そして居合わせた別の仲間も何かを感じた。ペッパーハンバーグセットをコーンスープで流し込みその日は解散。深夜、ケータイとパソコンを使って情報を収集するも、SNSもなけりゃ2chすら一般的では無かった当時、田舎街のパチンコ店のイベント信頼度情報なんぞ集まるハズもなかった。

あの店で全6ねぇ……。やるわけねぇじゃん。なぁ──……。

翌日だ。車をスッ飛ばし、コンビニでタバコと雑誌を買ってちょっと遠出する。駐車場に到着。他に車は3台だった。予想通り。閑散としている。無表情で車を降りてエントランス入口に回ると、そこには3人の先客が居た。昨夜ファミレスでペッパーハンバーグセットを食った3人である。

「……あしのくんも来たんだ」
「うん……。てかオイラたちしか居ないんだけど」
「なぁ見てよこれ、店休日って書いてるよ……?」

指し示された扉。そのまんま「定休日」と書かれた赤い看板がぶら下がっている。6つの目が、ガセネタをばらまいた粗忽者に向けられた。

「いや、違うって。これ昨日が店休日って事だろ?」
「まじでぇ……? 昨日閉まってたっけここ」
「知らねぇよこんな店来ねぇし……」

このままではキョンシーよろしく「ガセ野郎」のレッテルを額に貼られてしまう。そう考えたのか、ネタ元の仲間は目をキョロキョロさせて缶コーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしていた。腕時計に目を向ける。まだ8時前。開店まで2時間ある。この時点でもはや全6はない。なんせ当時は抽選方式の入場ではない。激アツ日にはまだ暗いウチから並ぶなんてことがデフォであった時期である。2時間前でもだいぶ遅い方だ。今ならブチ切れて帰るところだけど、当時はただタバコを吸いながら友達とダベってるだけで楽しい時代だったので、なんとなくそのまま並び続ける。

「まー……折角だし。ここにいようか」
「うん……」
「じゃあ俺コンビニ行ってくるわ。なんかいる?」

10分が経ち20分が経ち。やがて一台の車が駐車場へと入ってきた。思わず沈黙して挙動を眺める。黒塗りの車から降りてきたハゲた男が、我々を一瞥するとペコリとお辞儀をして裏口に回っていく。顔を見合わせる我々。

「開くじゃんほらァ……! やるんじゃん店ェ……! オイィ?」

親の仇の鬼の首を獲ったように誇らしげな顔をするガセ野郎。我々は彼の額に貼られたレッテルを剥がすことにした。どうやらこれはワンチャンあるらしい。その後、他のスタッフさんが次々の裏口へと向かう。開店一時間を切る頃には、「店休日」の看板も外され、扉の向こうから開店準備を行う気配が感じられるようになった。とはいえ、未だ並ぶのは我々だけである。

「なんかスタッフも並んでるのびっくりしてたっぽいし、これ全はねーだろ」
「まじで聞いたの?」
「まじで聞いたよ」
「それ店員じゃなくて関係ないオヤジだったらウケるなァ。ハハッ」
「それだったら俺悪くねぇだろ? 俺も被害者じゃん!」

笑いながら待っていると、常連らしいお客さんたちが他にもチラホラと並び始めた。こんな死神の根城みたいなおぞましい店舗にも、普段から並んでる人がいるんだなぁと思いつつタバコを吹かしてると、並びの数は20名程度になった。中には携帯電話を手にコソコソと誰かと通話してる若者の姿も目立つ。おや……?

「これ、マジなのか?」
「並んでるよね結構」
「うん……。並ばないっしょ20人も。ヒラの日に。こんな店。頭おかしくなっちゃうよ」
「なんか怪しいな……」

そこから先は早かった。人が人を呼び、どんどんと列が伸びていく。あるいは国道側から列を見た人が咄嗟にウィンカーを出して駐車場へ。ついに入場整理にスタッフさんが現れる。かなり困惑した顔だった。

「あのー……」

意を決し、アルバイトらしきスタッフさんに声をかける。若い女性だ。

「今日って、全6なんですか?」
「いやー……。聞いてないですけど……」
「ですよね……」

現場のスタッフさんがイベントを知らない事は普通に考えられる。というか今だってお店の設定は管理職しか知らない。あるいは管理職も知らされてない場合すらある。ゆえにこのスタッフさんが知らんからといってワンチャンが消えたことにはならん。が、なんかあるなら「今日は忙しくなる」等の通達が朝礼の時にでもあって然るべき。あるいはマンパワーを厚めに用意するはず。……だから質問を変えてみた。

「何回もすいません。今日って出勤してるスタッフさん多いです?」
「……いえ。別に。普通ですケド?」

終わった。何もかも終わった。これは流石に無いだろう。そう考えるとちょっと肩の力が抜けた気がした。なんだかんだ、オイラもちょっと期待してたらしい。

「お前、誰に聞いたんだよほんとに……」

心の中でガセ野郎の額に再度レッテルを念入りに貼り付けつつ問う。やはり、普通に制服を来たスタッフさんに教えて貰ったらしい。そのスタッフさんがいつもみたいに「明日は○○の日です」みたいにアテンドするところを変な感じで言っちゃったのか、あるいはガセ野郎が間違った受け止め方をしたのか。どっちにしろ誤解が生んだ悲劇。地方銀行の取り付け騒ぎみたいなもんである。

開店時間。慌てず騒がず四人で順番に進入する。筆者がその時打ったのはネットの「カイゾクショック」であった。他の仲間も散り散りに各々好きな機種に着座する。ハナっから6は信じてない。なのでここは気分を切り替えて楽しむつもりで座った。なんせ前作「エコトーフ」は当時のオイラが愛して已まない機種。これだったらボコクソ負けてもギリギリで怒りを飲み込める。青汁みたいに苦いとは思うけど。

と、打ち初めて20分くらいで背中に嫌な汗が流れる。そしてそれが徐々に熱を帯び始め、すぐに確信が湧いた。

あ、これまじで6だわ……と。

ヒキがどうのという前に挙動が絶対6である。慌てて周りを見渡す。ほらッ! ハナビのシマの人間が誰も辞めてない。これはまずい。カイゾク打ってる場合じゃねぇ! すわッと立ち上がりホールの様子をみると、目鼻が聞くお客が既に「サラリーマン金太郎」を占拠していた。思わずその場に突っ伏しそうになる。

オイラのバカ……!

そう。オイラは4番目に入店しておきながら、20台くらいある「サラリーマン金太郎」を取り逃したのである。見ると仲間のうち二人がかの機種の前に笑顔で着座している。一声かけてくれよと思ったが、仕方ない。パチスロは食うか食われるか。血も涙もないぐるぐる回るジャングルなのである。ストップボタンは血の池地獄、マックスベットは針の山、流れる涙は三途の川なのだ。何言ってるか良くわかんねぇけど、当時のオイラがどれだけ絶望したかは察してほしい。

仕方がない。全6だというのに半分ブチ切れながら「カイゾクショック」を回す。3ゲームに一回くらい「オイラのバカ」と自分を責めつつ回す。回す。回す──。

結論からいうと、その全6イベントはちっとも全6では無かった。普段から比べるとだいぶ分厚い設定配分になっており、少なくともハナビは全台56辺りが投入されていたようだ。が、ほかはそうでもなく、もっというと「サラリーマン金太郎」は絶賛通常営業であった。その中にあって「カイゾクショック」の6を激ヅモしたのは単純にオイラの日頃の行いが善いか、あるいは守護霊に物凄いのが憑いておっただけあろう。もちろん、オイラ以外の仲間は全員爆死していた。

「結局、何だったんだよこのイベントは……」

帰りにまたペッパーハンバーグをブチ喰らいながらの報告会だ。6をツモッてそこそこ出したオイラが全部奢る。

「まー……。6もあったみたいだけど……」
「これ、嫌な気分になるなぁホント……。まさかぶっこ抜いてくるとは……」

負けた3人はともかく、筆者も他の台の挙動が気になりすぎてちっとも楽しめなかった。てか打ってる最中は「サラ金打っとけばよかった」しか思って無かったゆえ、ツモッた喜びより自省の念ばっかりが湧いてきて、なんとも歯がゆかった。好きな機種で6ツモってあんまりおもしろくなかったのはアレが最初で最後である。

「どうせなら気持ちよく打たせてくれよな……」

コーンスープを飲みながらふぅとため息を吐く。全く、儲かってるくせにさぁ……。パチンコホール……。盛大に還元しろってんだ……!

──まだホールを取り巻く環境が今よりずっと恵まれていた、2000年頃の話である。