11月の共通テーマは「パチンコの切ないおもひで」。切ないということでまず思ったのが、名機スカイキッズ3(1993年にSANKYOから出された権利物)を打っていて久しぶりに連チャンした仕事帰りのパチ。

20時30分を過ぎたあたりでの店内放送「本日は入れ替えのため、21時をもって閉店させて頂きます」。そしてスカイキッズの空き台、というか打ってる私の台以外のガラス戸を開け出したその様子から、ああ、スカイキッズを打てるのはこれで最後なんだな、という感慨を持ちました。既に、隣町まで含め設置があった2店舗は撤去済みであり、そういう時に限って21時まで連チャンが続いて強制気味に終了をしたものでした。

しかし、これも所詮は切ないおもひでの範疇。実は切な過ぎる思い出があります。もはや「おもひで」と趣を残す余地のない、スパっと思い出、レベルの。書こうか少し迷いましたが、書かせて頂きます。

私は2000年代から数少ない大阪の有名パチプロである(大阪の知ってるメディア顔出しパチプロは、と問うてなかなか出てこないでしょ?)たいがー山本さん主催のオフ会に参加させて頂いていました。けっこう毎年に近いペースで。

毎回、たいがー山本さんを慕って沢山の方が参加されました。レクチャー好きの私は、初の参加者などパチンコ上手くなりたい意欲を感じるの方の隣に座って勝ち方談義をしたりしていました。

レクチャー魂はこれだけでは終わりません。その後、山陰の地から大阪遠征し、天王寺ホールの2階にあったレトロ台のゲーセン「古台遺産」で思う存分釘見レクチャー(実際のホールで盤面の釘を指さす行為はみっともいいものではないですし)をしました。

レクチャーのお相手、カイトさん、こんさん、KGさん、へと3度遠征しました。

2008年12月20日には、悠遊道でライターをされてる元釘師ゆきちさん主催の釘講座を兼ねたオフ会へも、カイトさん、こんさん、KGさん、さらにはパチ友ケンケンさんを引き連れてこれに参加しました。彼らには予め筆記用具持参を指示しました。

ゆきちさんオフ会にはヒヒーンさんはじめ30名強の参加者がありましたが、釘講座にメモを取っていたのはチームじゃじゃの面々だけでした。

その後、KGさんとは疎遠に、私の地元で連れパチもしたこんさんは学生を卒業し鳥取へ就職、カイトさんは大阪でパチプロを続けられ、たいがー山本さんオフ会で近況などパチ談義しました。

元々打ち子をしていてピンプロに転じたカイトさん。なかなかに厳しい話は聞いていました。京橋S店での実践中に伺った際は、玉の流れでこの振り分け釘の所で右に何発、左に何発とカウントしてる、と言っていました。

自分で考えてパチンコしてるスタイルはいいのですが、それ優先順位では下位では、と気にはなりました。

何度目かの談義の時にこんな話が出ました。

「自分は九州男児。もしパチンコで喰えなくなってもバイトとかする気はない。万一の時があれば、楽に死ねる薬は手に入れてある。」と、若く長身で男前の目からは真剣さが感じ取れました。

なのでこれはヤバいかも、と思った私は大阪在住のたいがーさん、ゆきちさんへカイトさんのフォローをお願いしました。これについては後でカイトさんから「なんでそんな事言ったのか」と怒られもしました。

しかし、2011年の年の暮れ。たいがー山本さんからカイトさんか命を絶ったという電話を受け、絶句した私でした。

さて、月日はしばらく流れます。

2012年の秋、たいがーさんから今度のオフ会にはどうしても参加して欲しい、との電話を受け、もちろんこれに参加しました。

そのオフ会には、カイトさんと生前にお付き合いされてたHさんが参加されていて、私にいろいろ当時良くして頂いたことのお礼を言われました。

これを受けて私は、是非私の地元で連れパチしませんか。絶対に勝たせますから、と誇張気味に言いました。

それから1か月後、ご友人と共に私の地元へお見えになり、3人でのノリ打ちが実現しました。お二人には私の貯玉で打ってもらい、出玉は3人合わせて55964発と相成りました。

後日こんな素敵なメールを頂きました。

『本当に楽しい1日でした。ありがとうございました。

私たちに楽しい1日を下さるじゃじゃさんが、どれほど準備をしてくださったか、食事に至るまできめ細やかなお気遣いでも感じており、感謝でいっぱいです。

パチのことは何もわからない私ですが、そんな私でもわかる今まで体験したことのないような回りと出玉!

「難しいことは何もしなくてもただ、回してくれればOKな台をチョイスします」

おっしゃった通り、ただベタ打ちしただけで驚く回転力でしたから、もっと上手な方が打たれればもっともっとすごい回りだったのだろうと思います。

じゃじゃさんは本当にすごいです!有言実行の難しい世界であっさりとそれを成し遂げるすごさはもとより、そのすごさを裏付ける努力に感謝です!

実は、こうしてパチ初心者の私がじゃじゃさんと出会えたのは、パチンコ打ちだった彼の縁です。

私のたっての希望で某オフ会でじゃじゃさんとお会いできることになり、彼に教えられたパチで、彼がいないと何もわからない私でしたからもう2度と打つことはないと思っていましたが、彼が遺してくれた縁でつながったじゃじゃさんと打てたことは何よりの癒しになったように思います。

本当に本当にありがとうございました。』

カイトさんとの切ない思い出を少しでも緩和することができました。