おはようございます、例によって例の如く水曜日ゆえ夾竹です。

Re:言い訳から始まる関西生活

『るろハイ』も早くも5本目になってしまいました。(公開済み『るろハイ』は→

ちなみに、今週のるろハイ⑤は前代未聞の2行(約40文字)で公開するつもりでした。が、某KS(校正職人の略)氏こと姐さんから『いつもくらいの量で書きんしゃい。』とダメを出されたので、いつも通りに書かせていただきます。ちぇっ。

さて、サブタイトルにしてしまった【手引きのチャーコ】なんですが、正しくはどの様に表記するのか不明です。

『親とか祖父母に手を引かれてお祭りの屋台を覗いて歩く子供さん』って意味で使う言葉なので、【手引き】はおそらく正解。ただ、【チャーコ】は【チャアコ】なのか長音記号(俗に言う伸ばし棒)で表記するのか定かではありません。

 

ほろ苦いデビュー戦

もう何年前の事になるのか憶えて無いんですが、PLの花火で有名な土地のイベントでテキヤデビューをしたものの、暫くお呼びが掛からず。その後、春の北陸周りに参加する事になったのが僕の本格的なテキ屋デビューとなります。

ホントは、そのイベントの時に番頭をしていたイケメンの事が生理的に拒絶反応…というか、一目で大嫌いになってしまってねぇ…イヤ何もありません。血気盛んなお年頃だったんでしょうね。という事でw

兎にも角にも、隠れ家みたいな置き場から女の子を1人積んで車で京都方面に向かい、途中で若い(風な)兄ちゃんを積んで北陸の温泉街へ向かいました。

この若い(風な)兄ちゃん、彼が何者なのかは訊かないし、ナニをしでかして塀の中で生活をして娑婆に出て来たのかは知りたくも無かったですが、まぁ十中八九『人を●めたんだろう』と判っていたので、そりゃもう『ヤダなぁ』しか有りませんわな。因みに彼は『3年B組金八先生』で有名な『桜中学シリーズ』シリーズで例えるなら、『金八』はおろか『新八』でも『仙八』でもなく、間違いなく『貫八』先生のクラスだったので、以降登場しません。

そんなこんなで、無事に北陸の某温泉街へ到着。着いたのは明け方の少し前、道も全く知らない割には意外と野生の感でなんとかなるモンですねw

ちなみに、運転も代わらないどころか、途中で缶ビールとか飲み出して、もはや荷物よりも荷物と言うか、単に空間を無駄に占拠するレベルで嵩張る2人を連れていたワケでして、祭りの前日なのにドッと疲れた事だけは鮮明に憶えています。

空が薄っすらしらみ出した頃から、人形掬いの店(同乗していた女の子の店)と籤引き(現地集合していたオッサンと呼ばれるオバハン)の店の用意で半日こき使われる羽目に。まぁ、自分の店はと言えば『簡単なスタンド』って呼んだ方が似合うくらいで、素人同然の見習いテキ屋の夾竹でもほんの数分で組めるモノでしたのでね。

夕方になるにつれて、祭りの屋台に期待しまくりの顔をした子供達も増えて来ます。

ただ、そんな子供たちになんて声を掛ければイイのか判らず、黙々と【花火棒】なる意味不明の玩具をクルクル回し続ける見習い竹

結局、祭りが終わるまで集客らしいこ生やしとはせぬまま延々花火棒を回し続け、確か売り上げは数千円w

草を生やしつつ、内心では『ヤベェなコリャ…ドヤされるぞ』って思ってたのですが、向かいのテキ屋のオッちゃんが『兄ちゃん、なかなかヤルやんけ、見どころあるぞ』なんて、意外な内容で声を掛けてくれた。

そのオッちゃんが言うには『普通、売り方も判らない素人は、店の後ろに引っ込んで隠れて時間を潰しちまう。』だそう。なのに見習い竹は延々と何時間も店の前に立って、ワケの解らん【花火棒】をクルクル回し続けてたワケで、そこがエラい!って事らしい。

ただ、オッちゃん曰く『他の店から文句が出るかも知れないので、自分の店であっても中でやった方が良い』との事。どうやら店の前に立って商売するのは行儀が悪いと見做されるらしい。

その日はたまたま、親方の面倒くさい性格も手伝って、明らかな素人クサい俺に誰も文句言えなかっただけっぽい。店付けて場所も1番端っこだったしね。

 

手引きの…

無事に初日が終わったけど、2日目の事はあまり記憶に無い。だけど、向かいの店のオッちゃんに教えて貰った『明日からの祭りはここと違ってデカい祭りだし、【手引きのチャーコ】が沢山居るから、兄ちゃんなら絶対売れるよ。真面目にちゃんとやってりゃ大丈夫!』は記憶にしっかりと。だって、なんとも嬉しいお言葉じゃあ~りませんか。(チャーリー竹

んでもって、片付けが終わってヘトヘトになってんのに、そのまま次の祭りに移動したのよね。あの有名な加賀百万石祭りに!

そして、その詳細は『るろハイ⑥』で…と引っ張ったけど、来週は別の事を書きたいので続きはまた来月書きますね。

んじゃ、毎度おおきに!