9月某日。その日は朝からマイホで稼働した。最近は朝から並んでパチンコを打つこともずいぶん減ったけど「からくりサーカス」のおかげでまた熱が上がっている。若い頃はそもそもタイアップ機なんかなかったので「原作が好き」でパチンコを打つことなんざなかったのだけど、この所の台選びは全部原作ありきになっている。これも時代の流れなのか。はたまたパチンコ自体への向き合い方が老化してるのかもしれない。ギャンブルというよりも、どんどん趣味や遊びに近づいてる気がする。

そんな事を思いつつ、軽く万券をブチ込んでスッと帰る予定で座ったものがついハンドルを握る手に熱が入り、気づけば大怪我一歩手前くらいまで投資がかさんだ。いくら締め切りがなんもない平和な日だとはいえ、油断しすぎだ。気を引き締めてパチスロコーナーでハイエナに勤しみ、なんとかマイナスを減らす。と、一旦マイナスを食ってたものが幾ばくかのメダルやら玉やらを手にするとすっかり勝った気分になって、実際はまだ全然マイナスなのだけど、つい大きな勝負をしようと「犬夜叉」に着座。大体はこれで元の木阿弥、すべて飲まれてチャンチャンなのだけど、この日はレバーを叩く左手に何か宿ってたのか、あれよあれよという間に1500枚ほど浮くに至った。

交換を終え、一旦家に帰ってからプレステのコントローラーを握り「地球防衛軍6」をプレイする。まだ全然お昼だ。パチスロも勝った。ゲームも面白い。最高の休日じゃないか。

と、ふと脳裏に酒の臭いがよぎる。そういえば家の近所に雰囲気の良い居酒屋が出来たのだった。チェーン店とかじゃなくて、マジでこじんまりとした個人経営の赤ちょうちんだ。オープンからしばらくは関係者の知り合いだろうか、いかにも地元民な若者たちで満席だったので敬遠してたけど、そろそろ行っても良いのかもしれない。嫁さんが仕事から帰ってきてから一緒に行こうか。思い立つが早いか直ぐにラインを飛ばす。

「ねえ、今日さ、新しくできた居酒屋いかない?」
「いいねえ、いこうか」

これで決まりだった。迫りくる巨大なアリやクモやアンドロイドをアサルトライフルでズドドドとやっつけつつ、時折煙草を吸うために玄関まで向かって、またズドドドとやっつけて。画面を睨んだり紫色の煙を吐き出したりする事四時間ほどで、妻が帰宅した。

「なに、今日ずっと地球を防衛してたの?」
「うん、すげー防衛してたよ。……じゃあ、いこうか、居酒屋」
「オーケー」

ただただ怠惰な一日。嫁さんと手を繋いで国道沿いの居酒屋に入店する。肉の脂が焼ける香り。醤油と、つけダレと、そしてアルコール。やあやあ、雰囲気の良い店じゃないか。きっぷのよい女性の店員さんから案内されたのは店の一番奥まった二人がけの席だった。となりは空席。通路を挟んで、向こう側に筆者よりちょっと年上のおじさんと、そしてその彼女らしき女性がいた。

「とりあえず中生で。はるちゃんは……レモンハイ? じゃあ、それで」
「かしこまりました!」

程なくしてやってきたアルコールを喉の奥に流し込み、それぞれ思い思いに好きなものを注文する。今日はパチンコ勝ったから、はるちゃん、好きなものを勝手に注文しな。そんな事をいいながら楽しく過ごす。と、耳にこんな会話が飛び込んできた。向こうの席のカップルだ。

「ねぇ、ワンピースの映画みた?」

女が言う。おじさんは、もちろん、と答えた。

「どうだった?」
「新しいやつだろ? んー。何かマクロスみたいだった」
「マクロス?」
「マクロス知らない?」
「知らない……」
「そうか……。知らねぇよな……」

筆者も新しいワンピースはマクロスみたいだと思ってたので深くうなずく。ちなみに筆者と筆者の嫁さんは、近くの席のおっさんとかが話してる内容に聞き耳をたてるのが大好きだ。もともとは筆者の趣味なのだけど、5年以上一緒に過ごしてると、それが嫁さんにもすっかり感染ってしまった。とはいえこの時点では特に気を入れる事もなく。ただ左の耳で聴きながら流すだけの会話だった。

「お前は? みた? ワンピース。新しい映画」
「見てなぁい」

(じゃあなんで聞いたんだよ……)

どうやら同じ感想を抱いたらしく、はるちゃんが真顔で筆者を見つめてくる。これは夫婦のサインで「おい隣の人の話が面白いぞ」という意味だ。筆者は軽く頷いて、ビールを飲んで聞き耳を立てる。

「前の映画はみた?」
「見てなぁい」
「……原作は見た?」
「うん。もちろん!」
「だよな。どのキャラが好きとかある?」
「うーん……誰だろう。誰が好き?」
「俺? 俺は……シャンクス」
「シャンクス?」
「うん、シャンクス。シャンクス……。え? シャンクスだよ?」
「ショーシャンク?」

はるちゃんがめっちゃ真顔で俺を見る。笑かそうとしてる顔だ。俺も負けじとチベットスナギツネみたいな顔ではるちゃんを見る。

「ショーシャンク……。あの、映画だろ? ちげーよ、シャンクスだよ、赤髪の……片手の……」
「知らなぁい……」
「なんで知らねぇんだよ。ワンピース好きなんだろ?」
「うん」
「えー……ワンピース好きでシャンクス知らないって……。ハハハハ。面白いなお前。ハハハ……帰れッ!」
「帰らないよう。アハハハ!」

謎に盛り上がる二人。真顔で見つめ合う我々。にらめっこに近い。

「じゃあさ、次に好きなキャラは?」
「次ィ? どうせお前知らないもんなぁ……。次……そうだなぁ、ミホークかなぁ」
「ミホ?」
「ミホークだよ。鷹の目の……。七武海しらない?」
「知らなぁい」
「……何も知らないじゃんよぉお前……。見たんだよねワンピース」
「見た」
「知らない? 七武海。し、ち、ぶ、か、い!」
「ちち……? ちちぶ……?」
「そうそうそう。秩父会。秩父会ね。秩父の……。って誰が埼玉やねん……帰れッ!」
「アハハハ!」
「ハハハ!」

気づいたらはるちゃんは焼酎のコップを口につけて鼻にかぶさるくらいぐっと煽って表情を隠したまま、肩を震わせていた。筆者も同じく、マスクをグイッと目の所まで上げて必至に笑いを噛み殺していた。

……本当になんもない、ただパチンコで勝ってゲームして、そして夫婦して居酒屋で楽しい酒を飲んだだけの話だ。