雨が少なくて、庶民の味方とも言われる玉葱の価格が高騰しておりますね…。
※編集注記:大手ニュースサイトによると「玉ねぎ出荷量の60%以上を占める北海道において、2021年に雨量が少なく猛暑だったため」との事で、平年比約2倍の価格となっているそうです。

と言う事でやってきました、ネギ類大好き竹の水曜日です。

玉葱といえば、カレーやら肉じゃがにサラダにフライ、果てはスープまで。その汎用性の高さや旨味の強さからか、何にでも入っている感じがします。

が、今回は『牛丼』に限定した話です。

クセと言うか香りが強いから「玉葱に限らずネギ類は苦手。というか、嫌い!」という人もいるでしょうけれども、お付き合いくださいませ。

因みに自分は『瓜類が大嫌い竹』です。胡瓜から西瓜、果物の王様と言われるメロンまで全般NGなノーサンキュー竹。恐らく食べ物の中でトップクラスに鎮座しております。

スロの絵柄としての瓜類ならば、それこそ西瓜に限らずハッピや弁当箱にいたるまで好きだし脳汁が出まくるんですがね。

ミナミからキタへ

連日、朝から『東通り商店街』やら『お初天神通り』に通っていたのは30年以上前の事。

勿論、その当時沢山あったパチンコ店の開店待ちをし、その後他の店の状況も見て廻る為。学校にも行かないで、そんな事ばかりしてました。

あの当時の大阪は『キタ』と『ミナミ』だけでもとんでもない数のパチンコ店が在りました。

それならば、もう少しエリアを絞って行動すれば良いのに、若いというのはねェ…

もう毎日が楽しくて、そんなんでも勝てる。それゆえに、世の中ナメまくってた感じですね。

元はミナミを中心として行動していましたが、大学の場所の関係で前年とは行動範囲が変わってキタのエリアをうろつく様になると、ミナミとは全く違う『空気』というか、雰囲気がアダルトな気がして妙に浮かれていたのかも知れません。

なんにせよ、無敵な気がしてたんでしょうね。

と言う事で、「最初の内は2つに折りたたんだ葉書のようなものモノを目の前に無言で突き出して来た自衛隊の勧誘のオジサンにも、気付いたら無視されるようになった」頃のお話です。

 

幻の牛丼屋?

家を出る前に朝飯は食べていたと思うのですが、大阪駅に着くころにはもう空腹で。

そうなると「勝負の前にガッツリ米が食べたい!」ってなりまして、梅田の地下街『ホワイティ』に有る牛丼屋さんに毎朝の様に通っておりました。

今でも沢山のお店を構えるチェーンでしたが、当時は24時間営業でもなければ開店時間も今ほど早くなく。

恐らくいつも朝の8時台後半には訪れていたと思うのですが、朝から仕込んだんですかね。

アタマ(牛丼の具)の中の玉葱の食感が、昨今の大手チェーンでは当たり前の『フニャっと』食感ではなく、かの巨摩郡並みに『ぶぁりぶぁり』なのが当たり前でした。
※編集注記:巨摩郡(こま ぐん)=漫画「バリバリ伝説(しげの秀一:著)」の主人公

それもまた、今となってはいい思い出になっております。

ンが、しかしながら今回語りたい『牛丼』はその「良い思い出」ではなくて。

地下街から地上に出て…場所が全く思い出せないのですが、屋台と小さなテーブルと椅子で構成された、パッと見た感じで業界用語で云うところの『アパッチ』(道路の使用許可も取らずにアレする)的な感じの佇まい。

そんな風な店構えでも、「そこはそれ。」と、深く考えずに着席する竹

しかしそこに置いてあったメニュー表を見て、見て見て。と、3度見してしまいました、こんな書き方見たことねェって。

そのメニューには上から…

  • 【特上】
  • 【上】
  • 【下】

って書いてあるんですよね。

【下】って…そんな風に書きます?並でいいじゃないですか(笑)

その【下】の牛丼も、確か値段的には500円以上はしたと思います。が、【下】って正面切って言われて注文出来る勇気は持ち合わせてない普通の人であった竹な当時の自分は、ほんの少しだけ迷った末に『特上オネガイシマス』しか言えなかったんですよね。

ちなみに、【特上】の値段は憶えてませんが、確か1,000円はしたと思います。

で、スグに運ばれて来た【特上】は、牛丼というよりも『すき焼き丼』の方が相応しい出で立ちで、糸コンとか具材に入ってまして、やたらと美味でした。

こうなると毎日でも通いたくなりますよね。

翌日から、その店が商売していた場所に何度か行ってみるも、何故か店は見付かりません。

今ならチョイっとスマホで調べられそうなモンですがなんせ平成元年の事なのでそんなツールも無く、気付けばその内探す事すらしなくなってしまったのです。

ただ、何故かず~~~~っと頭の何処かに引っ掛かっているんですよね、そのお店が。

と言う事で、どなたかご存じ有りませんでしょうか??求ム、情報提供竹