前回2/3

『野上くん』

野上くんは「相模原軍団」という、地元の仲間と形成した集団の中で、リーダーというわけではなく、一歩引いた位置にいながら、皆のバランスを取るようなポジションにいた

そもそも、相模原軍団には誰といった統率者もなく、やたらと麻雀が強く、年齢不相応に風格のある大仏のような何とか君や、野上くんなど、地元の同級生や幼馴染で出来ていた

野上くんに、大仏くん、電脳系の彼や、電脳系の弟ながら、腕っぷしの強そうな族上がりの弟くん

弟君なんぞは、あまりのいかつさにポチが敬語で喋ってしまうほどだが、そんな彼も、電波なお兄ちゃんに連れられて、幼少時から野上君や、大仏くんに可愛がられていたせいか、野上君や大仏くんにかまわれると、何とも言えない嬉しそうな表情をして話しているのが印象的だった

集団内での笑い話、そのときの表情は、他の集団には決してみられない、飽きもせず年中空き地に集まっては遊ぶ子供のような無邪気さがあった

地元の集まりとはこういうものか、とポチは眩しいものでも見るように、目を細めて彼らのことを眺めていた

パッと見、リーダーの様な風格を持つ大仏くんが神輿で、野上くんが参謀役かなと思うが、眺めていると互いの信頼関係が五分も経たずに浮かんでくるほど、お互いが、お互いの持つ長所を深く信頼しており、何よりも互いの性質を愛しているのがよくわかる

風格のある大仏くんを思い浮かべると、相方の野上くんを頭の切れるインテリ風と想像するかもしれないが、堀が深く、恐ろしく長いまつ毛に、クリックリの二重、情熱的な厚い唇を持つ口はいつでも大きく開かれており、そこからみえる白い歯が、彼の爽やかさを一層強めている

卵型の輪郭は、愛嬌のある印象を与え、黙って笑っていれば海外の俳優さんのようなのだが、いったん口を開くと、「く、狂っている…」と毎回ぽちが心で突っ込むほどの、うるとらハイテンションのラテン系男だ

東南アジアの海の似合う美少年なのだが、そのテンションの高さに本当に毎度驚かされた

やはり彼も一時は安田軍団の一人として、数回、皆での集まりに参加したことがあるのだが、あるときの居酒屋、ポチが少し遅れて参加するときに、店の入口の10メートル以上手前から、もう野上くんの、どでかいけれど、よく透る愉快そうな笑い声が聞えてくる

さぞ、べろんべろんなのかと思いきや、集まりのなかで、ただ一人の完全な下戸で、アルコールは一滴も入っていないというのだから意味が分からない

彼の最大の特徴は、一つ一つのリアクションが、とんでもなく大きく、そしてテキトー(無責任な方の意)なことである

言うなれば、今の芸人さんではザキヤマさん、少し前で言ったら高田純次さんが近いか

ただ、この手の人種は、どこか嫌味な部分や、他人を小馬鹿にする感じが少し見え隠れすることがあるが、野上くんにまったく見当たらない、もう欠片もないのが不思議である

他人のことも自分のことも、パチンコの話もプライベートな話も、すべてがすべて、テキトーもテキトー

「うわ凄いねそれ!」

「え、マジで!?」

「ああホント!!」

「え?おれ、そんな事いったっけ??」

「わははははは!!!」

彼の受け答えの3割はこの中のどれかで、目上、目下関係なく、誰との会話でも、あまり話の内容を聞きもせずに、答える単語を上記からランダムでチョイスしているのではないかと本気で疑ってしまうほどテキトーだった

その酒会でも、「いったい彼はなんなんだ」と、半ば呆れている安さんの横で、彼のことがツボ過ぎるポチは涙を流しながら腹を抱えていた

 

いつだかの話

和泉プロはその店は初めてらしく、釘を見ながら店を徘徊していると、視界の先に野上くんだ居たそうな

そこで、野上くんに

「この店は捻りや、止め打ちはうるさいのかな」

と訊ねたところ、野上くんは、例のうるとら快活さをもって

「ああ、和泉さん!この店は捻りも止め打ちも何も言ってこないぬるっぬるの店っすよ!!もう、ジャンジャンバリバリ抜いちゃってくださいよ、わはははは!!!」

と、こたえる

安心した和泉さんは、

「ありがとう野上くん、じゃあ少し僕も頑張ってみるよ」

と、何のためらいもなく情報を提供してくれた野上くんに、心からの笑顔で感謝の言葉を伝える

胸のつかえがとれたように、すっきりとした顔つきで、台を選びはじめる和泉さん

無事打つ台も決まり、玉をはじき始めて一時間も経たないうちに、あっさりとひいた確変を消化していると、すごい勢いで店員さんが飛んでくる

「す、すいません、当店では変則打ちは…」

「…はい?」

何が起きたのかが理解できずに呆然とする和泉さん、ふと数台先にいるはずの野上くんの方に顔を向けると、先ほどまでいた野上くんの姿はなく、くりくりパーマのおばちゃんが台をガッチャンガッチャンぶっ叩いている

困った顔をして和泉さんを見る店員さん、台をバンバン叩くおばちゃんのほうを呆然と眺めている和泉さん

ポチは、もう想像するだけで可笑しくて可笑しくて、しょうがないのである

いろいろ細かい点で疑問に思う部分のある話なのだが、野上くんを知っている人間ならば、「ありえない話じゃない、彼なら…」と皆、口を揃えて言うと思う

ポチとしても、個人的に大好きな話であるので、真偽のほどを本人たちに確かめる予定はない

ただ、ぽちの表現力が足りないので野暮な補足を加えるが、彼は決して騙そうとか、悪戯しようとして、無責任発言を繰り返しているわけではない

もう、ただただ、その場を愉快に、楽しくしているだけなのだ

どんな話でも、彼が登場するだけで、すべて、コントになってしまい、面白おかしい空気を纏ってしまうのだ

 

だからといって、豪放磊落、愉快なだけの男ではない

昔、雀荘で一緒に遊んでいた時の話、

「ぽちくんは今どこで打っているの」

との質問に、ほとほと同業との情報交換にうんざりしていたポチは、他意なく野上くんが質問しているのは理解していたが、他の二人に聞かれることを嫌がって、

「ないしょ、僕は『しんねこ』だからね」※しんねこ:人には教えて貰いつつ、自分の知る餌場は教えずにこそこそぬきとる卑怯者の意

と意識して、無邪気な笑いを顔に精一杯浮かべてこたえていた

「え、そうなの。んじゃーオレの教えちゃおっかな!!〇〇の〇〇番台はベース〇〇個で~、〇〇店の〇〇は~…」

「な、なんでそうなるんだ野上くん。わーわーわーもういい、やめてくれ、悪かった!!僕は器が小さいから、そんな話聞くと、逆にその店に行きづらくなってしまうよ…」

「え、そうなの?ポチくん、そんな細かいこと気にせずに、打つ台なんていくらでもあるんだから、気にせずじゃんじゃん取りに来ちゃいなよ、わははははは!!」

どんなに悪意のない笑いを顔に浮かべても、下手な僕のやり方では、他の二人に知られたくないから言いたくないという真意がバレバレだった

その二人の不快な気持を飛ばすように、そして、その二人と僕に、まったく気を使っている風に見せずに、身を切って笑い飛ばすのだから役者が違う

ほとほと、自分の小ささに参ってしまうが、人間としての器の差が極端すぎて、恨めしい気持ちや、羨む気持ちは微塵も湧かない

同年齢ながら、すごい人間いるもんだと、ポチは彼を見る度に感心のしきりなのだ。

 

そして、彼はいつだってポジティブである

5,6年前にあったときには

「ポチくん、オレ結婚したし子供できたから家買うわ!いま、その準備段階中なんだ!!」

なんて言っていた。

もじもじと、物事をネガティブに捉えるポチにとって、彼の存在はいつだって希望そのものである

昨年久々に会ったとき、

「おお、野上くん、あの後、家はどうなった、そして子供も大きくなったでしょ」

と聞いてみた。これが、そこらの有象無象のパチンコ打ちが相手であったならば、ポチは決して、そんなことは聞かない

台所事情が苦しくなって購入できていない時に恥をかかせてしまうかな、と、いらん勘繰りを働かせてしまうのだ

でも、野上くんには自信を持って聞けるし、そのような人物が同年齢に居てくれることが何とも嬉しい

「ああ、ぽちくん買った買った!子供も大きくなったよ、それとは別にまた新たに授かったんだ!!ダディだねダディ!!わはははは!!!」

「マジで!?いや、さすがだわ。もうマジで尊敬するよ!!!」

何がさすがで、何に尊敬しているんだと問われれば、何と答えていいかきっとわからなくなるだろうが、さすがだなあと思うし、尊敬してしまうのだからしょうがない

そのようにして会うたびに、互いの近況を聞いたりしている

ここ一年は、二、三度顔を合せたが、間も空いてないので目で挨拶をするだけで済ましている

ちゃんと挨拶しといたほうがいいかな、とか、声かけないと気を悪くさせてしまうかな、とか考えないですむのは、ひとえに彼の人格によるところ

これだけ長く知っていて、これだけ一緒の店で打つ機会のない相手も彼くらい

だから、実際彼がどれくらいすごいのかを直に見たことはない

でも、瞬間的に甘い店や、甘い時期に遭遇して、一時的に生計を立てていた人間はわんさといるだろうが、これだけの年月を、しかも、あのように、みんなに手の内をさらけ出して、なおかつ嫁さん子供を養っているのだから、彼もまた化け物の部類の実力なことは疑いようもない

わざわざ、それを確認しようなんてのは無粋の一言

レッツくんとも、野上君とも、『仲が良い』というわけでは決してない

二人きりで食事をしたこともないし、連絡を取り合うこともない

しかし、二十年という月日は、大半の人間を、転げ落ちたり、卒業したり、成り上がったり、逃げて行ったりさせてしまうものなのに、たかだかゴミ漁り、褒められたことではないのかもしれないが、いまだに現役な彼らを見ると同年齢として誇らしいような気持になってしまうのだ

こう振返ってみても、ポチの様な中途なものが生きてこられた理由の一つに、スタイルは違うものの、レッツくん、野上くんという凄い打ち手が、意識せずにはいられない同期に存在してくれていた幸運をあげないわけにはいかない

 

 

最初に彼らに出会ってから二十年近くが経つ

当時、頭一つ抜きんでていた実力は、いまや二人とも遥かかなたの殿上人だ

殿上人なのだが、同年齢というものはその力量差を素直に受け入れ、首を垂れて白旗を振ることを拒む何かがある

目上や目下の人間ならば、また違うのだが、同年齢が相手だと何だか悔しいのである

何だか悔しいから、人伝の噂で野上くんやレッツくんの『ド現役』な話がまわってくると、こなくそ、負けてられっか!!とガッツが湧いてくる

逆に、ときに襲ってくる、「間違っていたんじゃねーか」、「もっと他に道があったんじゃねーか」、「こんな後戻りできない所まで来てしまって、明日にも食えなくなったら、お前さんどーすんのよ…」との鬱々とした気持も、

野上くんの「なーに、ポチくんよゆーよゆー!!!」と笑う声や、

レッツくんの「え、パチンコで勝つことって、そんなに難しいかな」と受け流す声を思い浮かべて、振り払っている

数年に一度顔を合せたときに、実力は違えど、見栄を張って同列のふりをし

「おお、〇〇くん、まだ生きてたか。互いに物好きだね!」

と、笑いながら一言挨拶するために、ポチは今日も…いや、これを書いている今日は無理なので、明日からは頑張ろうと思いますハイ