さっきまでパチスロ打ってたけど、ふと隣の台を見るとリール前のところにスマホを立てかけて何か動画を見ながら打ってるヤツがいた。スーツのオッサンである。最近は結構多いし別に気にするほどのことじゃないんだけど、そいつが観てるのが「ワンピース」の生配信回の、ちょうどシャーロット・リンリンの子供時代の話だったんで、なんだかついつい応援したくなった。

実は今「エニタイムワンピース」といって、YouTube上でアニメ版の全話がガッツリ生配信されてる。「今」っていうより今後一年間ずっとやる予定らしく、11月の中旬くらいからやってんのかな。つってもワンピースって現時点で1086話もあるわけで。24時間放映したとて配信するのに20日くらいかかるのね。なんとも壮大な企画だけど、実際に今それを東映がやっており、しかも1話目から最新話まで一度やりおわってまた頭から2周目を放映してる感じなのだ。

んで、俺は長らく「ワンピースを見ない」人だった。

これ結構真剣に思うんだけども、世の中にはワンピースを楽しむ事ができる人とそうじゃない人というのがいる。あくまで俺の考えだけど比率としては3:7くらいで楽しめない人が多くて、俺も後者だった。

理由は色々あって、単純に物語としてスッと入ってこない人もいるだろうし、そういう物語を楽しむ素養がそもそも欠如してる人もいると思う。世界観がキツイ人もいると思うし、理由はそれぞれある。けど、そんな「楽しめない理由」のなかで、おそらく最も大きいのが時間の逸失に恐怖を感じるほど「長すぎる」というものだ。

そう、ワンピースは今年で連載開始25周年。第一話が掲載されたころは俺もジャンプ買ってて、実際にリアルタイムで初回を読んだの覚えてるけど、それからもう25年経ってるのだ。

んで、ワンピースの長さというのはタダの連載期間の長さをさすのではなく「編」の長さにほかならない。ちょっと前までやってた「ワノ国編」は丸四年もやってたことで話題になったけど、一連の発端である「パンクハザード編」の開始からカウントすると約10年もやってたことになる。つまり麦わら海賊団にトラファルガー・ローが同行してる期間でドラゴンボールの連載が丸々一本入るのだ。これ笑い話に聞こえるけど結構洒落にならない話で、クソなが海外ドラマとして知られる「ビバリーヒルズ青春白書」すらも、ローの同行の期間に収まってしまう。

「クソなが連載」というのは「こち亀」のようなオムニバス作品や、あるいは「ジョジョ」のようなその都度区切りがつく「系譜」を描く作品ではじめて許されるものであって、同一主人公の一連の物語で25年もやられるのは本当にシンドい。

だのでせっかちな人は「これは終わったまとめて見よう」とそもそも見る気がなかったり、あるいはもっとタイムパフォーマンス感覚に優れた人は「ちゃんと完結する確証がないから見るのを辞めよう」と途中で中断したりする。そして、これらの人が7割くらいはいる、と俺は見ている。

んで俺の場合はまさしく「終わったらまとめて見る」と思っていた派であり、要するに毎週毎週待つのが馬鹿らしいのでイヤだったんで、見たくなかったのだ。

どっこい、去年の夏頃に、我が嫁さんから「うるせえ!見よう!」と言われ、それからネットフリックスでちまちまちまちまアニメ版ワンピースを見続け、盆も正月もワンピース漬けで過ごし、ようやっと今年の6月頃にリアルタイムの放送に追いついた。

ほぼ1年ほどひたすらワンピースを見てた事になるけど、全部観て実感したのは「これはそもそも忍耐力がないと完走するの無理だな」という当たり前の感想だった。何となく写経に似てる。あれもやる人は苦もなくやるけど、無理な人は性質的に無理。ワンピースも同じだ。特にアニメ版に限るが、面白い時はとても面白いんだけど、大半の話は「引き伸ばし」込みであり、それらを見てる間の「時間を無駄にしてる感覚」がかなりエグく、これを許容出来ない人は多分最後まで見るのは不可能だと思う。

特に「空島」あたりは人生における時間の有限性をどう捉えているか、その人生観を激しく問うてくる節がある。実際、俺はその辺を観てる時はかなりイライラしていたし、「ドレスローザ編」あたりでは正直「ワンピース」という作品自体が嫌いになりかけていた。その時の俺を支えていたのは「ここまで見たんだから途中でヤメたくない」という勿体ない精神であった。

この辺は高校生の頃に小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」とか夢野久作の「ドグラ・マグラ」を読んでる時の感覚にとても近く、全く頭に入ってないけどとりあえず文字を追いかけて頁を捲る感じに近かった。せっかく買ったんだから読まねぇと、みたいな。

そして全部観て放送に追いつき、毎週日曜の最新話を観ている現在、何か知らんが俺には圧倒的な優越感がある。「俺はちゃんとワンピースを全話アニメで見た選ばれし男だぜ」という自負だ。多分これ40代で出来る人間は1割もいないと思う。そしてその自負込みで、なんかワンピースという作品を相当好きになっている。

なんなら、ちょっとムカついていたドレスローザ編ももう一回観たくなってるし、フィギュアとか集めるのもちょっとやぶさかではなくなってる。もちろんお気に入りのキャラも出来てる。ハンコックとバルトロメオとビッグ・マムだ。ちなみに嫁さんはベポが好きだそうで、麦わらの一味の圧倒的不在にちょっと笑う。

そう、全部見終わるともうやりおわったことなので、その行為自体から無駄が消え、単純に経験として消化される。アニメ版ワンピースを観る上で最も強大な敵は「時間の逸失感」なんだけども、観終わった後に振り返る分にはそれがないんで単なる名作に思えるのだ。

もちろんこれ、最初っからずっと見てる人には理解できない感覚かもしれない。また途中で脱落した人にも分からないと思う。ムカつきながらも最後までみて、ワンピース面白いじゃんと思った男だけが分かる、数段高いところから見下ろすような優越感だ。

隣でパチスロ打ちながら、俺の好きなビッグ・マム(シャーロット・リンリン)の子供時代のあのエピソードをスマホで観るスーツのオッサンに目をやりながら「お前も頑張れよ」と、一声掛けたい気分になった。

でも、そのシーンめっちゃ胸に残るからちゃんと家で観た方がいいぜ。戦国乙女回しながら観てる場合じゃないかんな?