昨年も大河ドラマ「いだてん」の感想を書きました。年に一度、年末のお約束。先にお詫びしておきますが、私にしては珍しくパチスロの話が出てこない回となります。ついでに長いです。

今年の大河ドラマは「麒麟がくる」。本能寺の変で織田信長を倒し、その直後に山崎の戦い(天王山という言葉はこの戦いから)豊臣秀吉に負けてしまった明智光秀が主人公です。第一回の紀行の史跡紹介が「駅から徒歩25分」で戦国大河に戻ってきた感がしました(笑)。

 

最近の戦国時代の大河ドラマは、「真田丸(真田幸村)」と「女城主直虎(井伊家の衰退と復興)」で、敗れる側などにも、それぞれ事情や大義名分があるという思ってみれば当たり前のことを提示してくれていました。新解釈による再発見。悪者にされていた人の再評価という楽しみも与えてくれていました。

戦国時代の敗者の代表とも言える明智光秀。彼の目から見るとどうだったのか。そんなところを私は期待していました。過去形です。結論から先に書きますと。序盤の美濃時代を見ていて、途中で抜けて。年末から戻る人が羨ましいと思っています。好きな方は閉じることを推奨します。ごめんなさい今年は辛口です。

○情状酌量の余地(新型コロナウイルス)

期待外れだったと思う部分を語る前に、今年のイレギュラーな状況は情状酌量しなければなりません。

例年ですと最終回を見てから感想を書いていますが、新型コロナウイルスの影響もあって今の時点で完結しておりません。撮影の自粛期間もあったので、中断もありました。越年も決まりました。あと7話くらい放送が残っています。これを書いているのは、第37回放送の時点です(全44回で最終回は2021年2月7日)。

 

当然のことながら、売れっ子の役者さんも多く参加しています。自分の出番が終わっている時期の予定であれば、次のドラマなり映画のスケジュールを入れていることでしょう。大河ドラマの撮影が中断したからといって、それらを動かせるわけではありません。なので、スケジュールNGとなった俳優さんを絡ませないように……など、脚本の変更もかなりあったことは想像できます

あとは戦国大河につきものの合戦のシーンの迫力不足ですかね。中断前の長良川の戦い(●斎藤道三vs○斎藤義龍)や桶狭間の戦い(○織田信長vs●今川義元)などは良かったんですが、中断以降の金ヶ崎の退き口(●織田信長vs○朝倉義景)や比叡山延暦寺の焼き討ちはセットのほぼ1シーンのみ。密になりそうなロケが難しいのかもしれませんが、有名な戦いが続く今後はどうなるのか心配です。

 

エリカ様の件で撮り直すことになって、そもそもスタートも遅れてしまっていました。帰蝶(濃姫:織田信長の正室)を演じた川口春奈さん。代役とは思えない演技でした。特に序盤の子供っぽさと小悪魔的な雰囲気が同居していたあたり。エリカ様が演じていたらどうなったか想像できないくらいです。

そんなわけでして、完走してくれるだけでありがとう。そんな気持ちも持ち合わせております。あ、あと。残り7回、ここから掌返しの評価となることも期待しています。

 

○成長曲線が緩やかな主人公

昨年の「いだてん」のように複雑なストーリーではありません。主人公とともに人生の旅をする。成長し、何かを成し遂げて最期を迎える(かは、不明)。オーソドックスな大河ドラマです。

新史実では「前半生、医者だった説」とかもありますが、美濃国(岐阜県)で育った武家の若者から物語がスタート。大河にしては珍しく子役時代のない青年期からの開始です第1話から「四書五経」を2年で読み終えた秀才として主君である斎藤道三にも一目置かれていました。そもそも割と考え方や頭脳は完成されていたのです。

でも、まあ序盤の美濃時代は良かったかな。斎藤道三からの「誰にも手出しされない大きな国を作れ」「(光秀は)織田信長とは(一緒に)やれるかもな。目を離すな」という言葉。また、亡き父からは将軍家への忠誠を教えられていた。こういった影響を受けたエピソードがあったので。

あと、光秀役で主演の長谷川博己さんは「八重の桜」で主人公の山本八重と鉄砲で深く繋がっていた川崎尚之助を演じていましたが、光秀が初めて鉄砲を手にしたときの浮かれようで、尚之助さまの前世は光秀だったのでは。大河ファン的にクスッとくる場面もありました。

 

しかしそんな中、とんでもない成長曲線を見せる架空キャラが大跋扈します。戦災孤児という設定で少し嫌な予感はしていました。現代の感覚で戦争反対を必要以上に叫ばれると引くのが大河ファン。価値観はその当時を尊重して欲しい。去年、そんなことを書きましたが、それ以上でした。存在自体が凄すぎました。

 

○成長曲線が凄まじい架空キャラ

深呼吸をして落ち着いて読んでくだされ。今回のヒロインとされる駒ちゃんという架空キャラの女性です。いや、お駒さまか。

戦乱に巻き込まれて京の自宅が全焼。通りかかった光秀の父に命を助けられ、幼少期に後の”関白”(貴族のトップ)と一緒に育てられた旅芸人(裏の顔は武器調達などもするフィクサー)に預けられる。次に、各大名だけでなく正親町天皇とも対面で双六や囲碁で遊べる医師が親代わりとなる。

まあ、この辺りはストーリーとしてまだなんとかギリギリ我慢できなくもありません。問題は中盤以降の畳み掛けでした。

 

駿河国(静岡県)に行く道中で、織田信長に使える前の木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)と知り合って文字の読み方を教える。駿河国では往診している患者から秘伝の薬の作り方を教えてもらって、それが京で大繁盛。堺の豪商、今井宗久ともお茶友達になって戦国大名とも同席できるように。将軍になる前に僧侶だった足利義昭とも偶然出会っていて、のちに再会して寵愛を受けることとなる。

なんですか。このシンデレラストーリー。なんなら、戦争のない世の中を作るために必要な戦争もあるとか考え方も大人に成長していってます。うん「その鉄砲を織田信長様に譲ってあげてください」って他の戦国大名に口添えもしていましたな。その立ち位置、もはや戦災孤児という庶民の代表じゃありません(笑)

この成り上がり方が凄すぎて、光秀の成長や出世が小さく見えてしまったのはあるかもしれません。私はそうでした。架空キャラが大事、大きな使命を持っている。去年そう書きましたが、存在がぶっ飛び過ぎていて、何が使命なのかさっぱり入ってきませんでした。足利義昭の本音を吐露させる……くらい?

 

○スケープゴートが酷い

壮絶な親子喧嘩となって、最終的に父である斎藤道三を倒すことになった斎藤義龍は、光秀の学友として。自分なりの理想を持っていた人物として描かれていたので、不必要に人を貶さない戦国大河を継承している、それぞれの義を見せてくれるのかと思っていましたが、それは序盤だけでした(笑)。

足利幕府で政所執事だった攝津晴門(演:片岡鶴太郎さん、名演でしたが)。特に良いことも悪いこともしたという記録を知りませんが、幕府の腐敗の象徴とされていました。子孫もいないようなので、悪役にするのにはちょうど良かったのかもしれません。摂津晴門を悪者にしたところで、15代将軍の足利義昭のイメージもそれほど救済されていないように思えますが、誰得?

 

覚恕(正親町天皇の弟)もそうですね。織田信長に焼き討ちされたときの比叡山延暦寺のトップ、天台座主です。平家物語では、白河天皇が「賀茂川の水、双六の賽、山法師。これぞ我が心にかなはぬもの」と嘆いた逸話が書かれていますが、古く平安時代から悩みの種になっていた山法師(延暦寺の僧兵)。その悪業の象徴として、兄への妬みから欲に堕落した人物として描かれました。

確かに、反信長派ではあったでしょう。朝倉義景の軍勢を引き込んだことも、武田信玄に援助をお願いしたのも史実通りです。ただ、正親町天皇との関係を一方的な想像で悪く書くのはどうなんですかね。焼き討ちの難を逃れたのは、その5日前から正親町天皇に会いに行っていたからです。信長の死後(覚恕も亡くなっていますが)、延暦寺の再興に尽力したのは他ならぬ正親町天皇です。

史実と違うとか怒る気はないですが。悪い奴と想像で仕立てて、だからやっつけられました。それは安易よね。最近の戦国大河と比べるまでもなく。そもそも摂津晴門は、やっつけられて表舞台から退場したのかも不詳です。

 

○ここからが見もの

序盤は良かったんですよ。血筋が良くて形式上は美濃国のトップだった土岐家と成り上がりの代名詞、斎藤道三(演:本木雅弘さん)の関係。美濃が一枚岩になれなかった流れを読み取ることができました。伊右衛門のCMに出ている本木雅弘さんが陽気に歌いながらお茶で毒殺するのも話題ともなりました。

展開の読みが間違っていたら申し訳ないですが、本能寺の変の黒幕とまではいかなくても、その背後には正親町天皇がいるような流れになりそう。第37回で蘭奢待(東大寺正倉院にある宝物の香木)を切り取った織田信長(演:染谷将太さん)が、その一部を正親町天皇が喜ぶと思って贈ったものの、むしろ困惑させて怒らせてしまったという流れになりました。

尾張国(愛知県)での織田信長の青年期に、母親が喜んでくれるだろうと大きな魚を釣って贈り続けたのに最初の1匹しか喜んでもらえず悲しかった(母親は漁師ではなく領主になるべく成長して欲しかったから喜ばなかった……)というエピソードと繋がっているあたりとか。大河ドラマを見ている感にさせてももらえています。そこは評価しています。創作でもこういう伏線やその回収はアリだと思います。

 

残念なのが中断以降です。史実を追うだけで盛り沢山となる箇所でも、想像上のスーパーウーマンやモンスターを育てていてどうするのよと。いや、そもそもタイトルの麒麟が架空の動物なんですけど。

ただし、これからはそんな暇もなくなります。なくなるはず。なくなっていて欲しいです。織田信長にこき使われたこともあり、光秀って3人いたの? という忙しさですから。

先週の第37回放送から怒涛の展開が始まっています。浅井長政はナレ死。朝倉義景も、その家臣で越前国(福井県)時代にお世話になった山崎義家もほぼ1シーンで。直接は関わらなかった武田信玄も秒死で病死となりました。うん、足利義昭も挙兵して一瞬で鎮圧された。忙しかった。

次回の第38回放送は、丹波国(京都府中部と兵庫県の北東部)の攻略です。地味ですが、光秀には大事なストーリー。丹波攻めは5年間かかります。史実では、人質に出していた母が殺されます(演:石川さゆりさん。スケジュールが合わないからかご無沙汰ですけど)。自身も過労で倒れますし、奥さんも病死してしまいます。

その間、丹波国を攻略させられながら、他にもいろいろ戦わされます。石山本願寺との戦いや、序盤から活躍していた松永久秀を攻めてボンバーマン(史実は爆死じゃないらしいですけど)に。第37回の最後で予告音が鳴っていましたが、同じく序盤から組の三淵藤英は光秀の下で切腹させられます。

三女の“たま”は、これから芦田愛菜ちゃんになって、やはり序盤から組の細川藤孝の長男に嫁ぎます。本能寺の前でかなり端折ってこれです。残り7回で濃密すぎる9年近くが待っているのです。

なんで、こんなに忙しいことになっているの? 架空キャラやモンスターに(以下、略

 

明智光秀は、なぜ本能寺の変を起こしたのか。歴史ファンなら誰しも考えたことがあって答えの出せないテーマです。どんな風に育って、どのように考えたか。その見せ方には正解も不正解もないと思っています。

ただ、間違いがないのは。本能寺の変から山崎の戦いまでの約10日間、光秀には相当な誤算があったはずです。協力してくれると思った人たちに断られていますからね。三女の“たま”が嫁いだ細川家にも(協力しない伏線は第37回で唐突に出てきた)。光秀のそんな苦悩をどう描いてくれるのか。残り7回。私ならもう無理とブン投げます。「敵は本能寺にあり」をラストシーンにしたくなります(笑)。

時系列を普通になぞっているだけでも楽しめる戦国時代の終わりの始まりに突入しています。織田信長が絶頂を迎えて滅ぶまでの過程を凝縮した残り放送回数となることでしょう。視点は光秀からのものとなりますけどね。架空キャラのお駒さまかもしれませんが。

 

うーん、コロナもあるんでしょうが、脚本がなあ。余計な話で普通にやって面白い部分を削いでいる気がするんですよね。お駒さまの診療所に来た、なか(豊臣秀吉の母)の下世話なオバちゃんキャラとか、ほんとどーでもいい。必要なものを削ってまで、そんなんで尺を使うな。

何はともあれ、ラストまで放映されることは感謝。平時で制約がなければどうなったのかは気になる“アスタリスク付き”で微妙という評価にさせていただきます。今のところ。

それでも、ここからは面白い話が続くとも期待しています。もうエピソードがキャパオーバーしていますからね。ここで名前を書いた以外の周辺人物の描かれ方も足りていないので、伏線など特に気にしなくて大丈夫。気楽に見られますよ。

ということで、2020年も大河ドラマの話で終わることとなりました。この年イチ以外は、パチスロ関係の話を書くと思いますから(笑)。それでは、みなさん良いお年を!