筆者は基本的に隣に人が座ってる状態でぱちんこを打つのが好かん。知り合いとかなら良いのだけども、知らん人がいるとどうにも集中できぬ。たとえばその人が大半のぱちんこ打ちと同じくただ己の世界に没頭し、ホールでの贅沢で自由な時間を愉しんでいるのならば良いのだけれど、意味わからん奇行に走ったりしてるともうだめだ。そっちの観察ばかりに気を取られ、目の前の台がどうでもよくなってくる。

19年前にとあるパチ屋で遭遇した、あの若者もそうだった。

すげえ馴れ馴れしいガキが来た。

当時筆者は卒業を目前に控えた大学生であった。こういうと如何にも品行方正でリクルート活動に勤しむ好青年ぽく聞こえちゃうけども、実際の所単位が足りずに留年がほぼ確定した状態であり、来季の学費を稼ぐためには果たしてどうすれば良いのかをぼんやりと考えつつ、パチスロ機の前に腰掛け、そのぐるぐる回るリールを眺めて晩飯までの時間を潰しているだけの、どこにでもいる善良な馬鹿たれであった。

筆者の目の前にあったのはオリンピアの『島唄30』だった。

悠遊道さんにはパチンコとパチスロの両方を嗜む方もおられる一方、どちらか片方しか打たない方も沢山おられる。そしてここから先の話はある程度パチスロの前提知識が必要になってしまうので、「隣人伝説」のテーマとはちょっと外れてしまうけども、その辺の説明を随時挟ませて頂くことにする。

で、『島唄30』というのは2001年にオリンピアが出したストック機だ。パトランプがキュインと鳴れば当たり……みたいな演出やらギミックはパチンコ・パチスロを問わず今では広く一般に知られているけども、もとを正せばアレは筆者がパチスロを嗜むようになる遥か古代、1号機の時代にシマ上部に設置されていた(店舗が自主的に備え付けていた)伝説上のランプであったそうな。正規名称は「パトロット」といい、これはリーチ目等がわかりづらく、また機械自体に「当たりだぜ」みたいな告知ランプが無かった時期に「どう遊べばいいか分からぬ」というお客が出たのを憂慮した神が与え給うた装備であったのだけども、それが2001年に突如復活。筐体に据え付ける告知用として採用した最初の機種が、件の『島唄30』であった。

島唄、という名前からして分かるようにいわゆる沖縄スロット(沖スロ)に分類される完全告知機なのだけども、実は絶滅したと思われていたパトロットは遠く海の向こうの沖縄にて地味に生き残っていたそうで、それにより「キュイン自体を告知にすりゃいいんじゃねぇか」と気づいたオリンピアが最初に採用したのが沖縄モチーフの台だったというのは、これはもう必然であったと言える。

今でこそ海物語ですらキュインキュイン言うので沖縄感があんまり無くなっとるし物珍しさも皆無なのだけども、まあ当時は「新感覚!」みたいな感じで大いに話題になったのだった。

んで説明が長くて申し訳ないけども、この「島唄30」といふ台にはもうひとつ強烈な特徴があり、それが「キュインとなってビッグボーナスが揃ったら1ゲームでまたキュインする」というものだ。つまり1G連である。めっちゃキュイン言う。しかもツボればめっちゃ連チャンする。超キュインキュインだ。

……筆者もこのキュインにやられたクチで、当時はかなり打ってたものだったし、友人にもダダハマりしておる人間が多かった。その日も「キュインしねぇかな」と思いつつ無心で台と向き合っていたのだけども、やがて隣に一人の若者が座ってきた。

線が細い色白。茶髪にピアス。年の頃は筆者よりちょっと下。おそらくまだ十代だった。気にせず台に向かう。と、サンドに千円札をぶち込む若者の方から気配がした。

「あ! チャッス!」

どうやら挨拶されたらしい。気づいて向き直る。知り合いか? と思って改めて顔を確認したけども、全然見覚えがなかった。同じ大学の生徒かもしれん。とりあえずそう納得して会釈を返した。

「覚えてます? 僕の事」
「いやー……。大学の人?」
「違います違います! こないだほら、○○の全6の時、僕も並んでたんですよ!」
「はー……。なるほどね」

んなもんいちいち覚えてるわけねぇだろ、と思って曖昧に頷く。やたら馴れ馴れしい若者はその後もちょいちょい遊技の手を止めて話しかけてくる。非常に居心地が悪かった。

「いやー、でもやっぱりお兄さんも島唄なんですねぇ!」
「……え?」
「今もう僕の友達もみんなビタ攻略やってますよ。めっちゃ勝てますよねこれ!」
「ビタ攻略って、あのビッグしか揃わないってやつ?」
「そうですそうです! やっぱ知ってるんだ! お兄さん!」

『島唄30』のビタ攻略。当時巷を揺るがした一大トピックである。パチスロというのはレバーを叩いた瞬間内部的には各種抽選は終わっていて、リールの制御というのはその抽選結果に従う。つまりチェリーが揃う状態でしかチェリーは揃わないし、揃わない状態だといくら目押ししても止まることはない。

「まー、知ってるけども……」
「僕最近やっとできるようになってきましたよ」
「なるほどねぇ……」

「島唄30」のような連チャン機を当時は「サイレントストック機」と言っていた。これは「ボーナスが揃う状態」というのを内部的に貯めておき、何かの拍子でまとめて放出するというものだ。揃う状態を貯める、というのが意味わからんと思うけども、例えば「揃わないリプレイ」というのを常に成立させ、それによりリール制御でボーナスを蹴る、という手法なんかが一般的であった。この場合は「揃わないリプレイが成立していないゲーム」がすなわち「ボーナスが揃うゲーム」になる。本末転倒っぽいけども、このような仕組みの台が当たり前にあったので、当時はボーナスが当たることを「(RT)解除」と表現する事が多かったし、またそのクセが抜けきれずに結構最近になるまで解除解除いってる人も結構いたりした。流石にもういないとおもうけども。

んで「島唄30」もご多分に漏れずそのような仕組みで、さらに奮っていたのはそのビッグ放出の仕組みだった。まず、島唄30は通常時にストックするのはビッグのみで、レギュラー(ちっちゃいあたり)はそのまま揃う状態になる。溜まったビッグはそのレギュラーが成立した際の1/3で放出され、その際は以降4/5の抽選に漏れるまで放出され続けるといった具合だ。

つまり、キュインとなったら2/3でレギュラー。1/3でビッグ。ビッグの場合は1G連の開始、となるわけだ。当然その獲得期待枚数は雲泥の差なので、当時の島唄打ちはキュインとなるたび「ビッグこい、ビッグこい」と祈り、レギュラーが揃ってがっかりしたり、願いが通じてビッグが揃って「今夜は焼き肉だ!」となったりしておった次第。

若者が言う「ビタ攻略」というのは、単発終了の「レギュラー」を蹴って連チャン開始の合図である「ビッグ」だけを狙い撃つという攻略法で、当時はかなり話題になっていたのである。と。

以上。お付き合いありがとうございました。島唄については以上です。こっから先は台の説明はありません。イエーイ!

死ぬまで回るパトロット。

キュイン! しばしのち、筆者の台に当たりが来た。頭の中で軽く投資金額を計算してそのまま赤7図柄を狙う。揃ったのはレギュラーだった。となりの若者がびっくりしたような顔をする。

「え! 勿体ない! なんでビタ攻略やらないんですか」
「えー、いいよ俺別に」
「出来ないんですか? ビタ」

ちょっとイラつく筆者。実は筆者、島唄ビタ攻略は否定派だった。実はこの攻略、詳しい手順は伏せるけどその中でかなり難しい部分がひとつあり、その再現性・確実性の低さから「ガセ臭い」と判断していたのだ。

「ビタ」というのはリールを滑らせずに文字通りビタっと止める事だ。これだけでもそこそこ難しいのに、攻略に必要だとされていたのは図柄が特定位置の3/4を通り過ぎた瞬間という鬼精度──つまりひとつの図柄の1/4の所でのビタを狙わねばならなかった。

1/4ビタである(重要)。

「勿体ないなぁ……」
「…………」

この時点で筆者はその隣人のことが嫌いになっていたし、まるっきりシカトすることにしてレギュラーを消化。また黙々とレバーを叩き始めた。

キュイン! 若者の台に当たりが来たのはその数分後だった。「手本を見せてあげますよ」と言わんばかりにちらちらとこちらへ視線を送りつつまずはストック判別。ビッグが隠れている事が確定したのち、若者が「ビタ攻略」を始めた。特定の手順で図柄をテンパイさせ、特定の箇所を狙う。ズルり。と図柄が滑った。筆者の目には1/4ビタどころかひとコマ以上遅くすら見えた。

狙う。狙う。滑る。
狙う。狙う。滑る。

回り続けるパトロット。島唄30のパトロットはめちゃくちゃデカく、一度告知用にキュインと回った後はひたすらギンギンに回り続ける仕様だった。

狙う。狙う。滑る。
狙う。狙う。滑る。

流石に周りのお客も気にし始めたようだ。背後のシマで遊技中のおっさんが、肩越しに怪訝な顔をする。なんか筆者まで恥ずかしくなってきた。

狙う。狙う。滑る。
狙う。狙う。滑る。

「……あの、それさあ、全然ビタってなくない?」
「いや、ビタってますよ?」
「レギュラー揃うのビビって、だいぶ遅く押してるように見えるけど」
「いやー、1/4ビタっすからねぇ! 難しいですよ。でもだいぶできるようになってきました。ていうか大体できてますよ?」
「そうかなぁ……」

くりかえす。1/4ビタだ(重要)。

これがどのくらい難しい事かというと、以前サミーがビタ押し天下一を決めるため開催した超ディスクアッパー選手権にて獲得点数が最もデカい「超ビタ」と判定されるのが4ステップ……全16ステップの図柄の1/4なので、要するにそれである。なお超ディスクアッパー選手権の優勝賞金は331万円。名誉と賞金を得るため、日本中から集まったビタ自慢たちが熱い戦いを繰り広げるそんな大舞台でさえ、超ビタはそんなにバンバンでない。今でこそわかるが、1/4ビタをコンスタントに毎ゲームは無理である。

狙う。狙う。滑る。
狙う。狙う。滑る。

一心不乱に目押しする若者。周り続けるパトロット。キュイン。筆者の台に当たりがきた。普通に目押しして揃えるとビッグだった。これにて連チャンゲットである。若者がちらちらとこちらに視線を送る。40ゲームほど粘ったあと、若者は明らかに早すぎる場所で停止ボタンを押すという目押しミスをして、それからたまたまビッグが揃った。

「ほら! 出来ましたよ!」
「それ、最初からビッグが揃う状態だったんだよ」
「いや、違いますって。攻略です」
「絶対違うと思うけどな……」
「やったらいいじゃないですか、お兄さんも」
「いやだよ。メダルの無駄だし」

その後も、若者はキュインとなるたびに何枚も無駄なメダルを使い、きっと寿命があるであろうパトロットのそれをいたずらに消費し続けていた。ビッグが揃うたび。「ほら」と言わんばかりの目でこちらを見る。

当時は「攻略法」が今よりずっと身近な時代だった。島唄のビタ攻略は大変に胡散臭いものであったが、直近でサミーのフラグコピー打法が発覚したばかりだったのもあり、実際以上に大げさに騒がれていたのだと思う。いまでこそ「そんなこともあったなぁ」と微笑ましく思い出されるが、当時の筆者は結構本気で怒ったものだった。眩しいねんパトロットぐるぐる回っとるの。

……なお、本稿の「ビタ攻略」に関して巷間では「ガチ」と「捏造」で意見が別れておりました。攻略雑誌においても同様で、ある雑誌には「効果あるかも」的な事が書かれ、またある雑誌には「効果なし」と書かれていた状況。筆者は当時マガ派だったこと、そしてビタの成功が確認できない以上攻略の失敗・成功が判断できない類のものだったこと、さらにはお店が止めなかった事。そしてなによりネット上の大手掲示板の住人が「効果があったぞ! みんな急げ!」としきりに煽っていた事を勘案し、総合的にみて「こりゃガセだな」と判断した次第。

だってフラグコピーの時、彼らは必死に火消ししてたからね……!