筆者は基本的に隣に人が座ってる状態でぱちんこを打つのが好かん。知り合いとかなら良いのだけども、知らん人がいるとどうにも集中できぬ。たとえばその人が大半のぱちんこ打ちと同じくただ己の世界に没頭し、ホールでの贅沢で自由な時間を愉しんでいるのならば良いのだけれど、意味わからん奇行に走ったりしてるともうだめだ。そっちの観察ばかりに気を取られ、目の前の台がどうでもよくなってくる。

5年ほど前に大阪のパチ屋で遭遇した、あのおっさんもそうだった。

全国行脚時代。

いまでこそフリーライターとして食ってる筆者だが、数年前まで堅気の仕事と物書きを兼業していた。何をやってたかというと、これが「家電量販店勤務」のお仕事だったのである。当初は物書きの間隙を埋めるつもりで始めた仕事だったけども、なんだかんだ8年ほどやっておった。

んで実際どんなことをやってたかというと、これが結構色々やってて説明が難しい。とりあえず派遣会社から紹介されるかたちで某大手通信会社のネット回線契約業務をやったのからはじまり、そこで知り合った人に誘われる形でより給料が良い方へ良い方へと流れた結果、最終的にはAmazonとかMicrosoftとか外資バリバリの会社から業務委託を受け、一時は日本全国の販売代理店を飛び回って販売のサポートやら「売り方の指導」みたいな偉そうなこともしておった。

んで5年ほど前だ。大阪は梅田にある某大手家電量販店に一週間ほど出張になった。量販店にも色々あってその販路のことを「アカウント」というのだけども、梅田にあるそのお店は大好きなアカウントだったので意気揚々と出立したのを覚えている。

これ量販店経験がない人にはちょっと分かりづらい話だけども、実は同じ量販でもアカウントごとにルールやら文化がめちゃくちゃ違い、筆者はそのうちひとつをものすごく嫌っていた。大変な体育会系であるのに加えて変な人が多いのである。行くたびに毎回嫌な思いをしてたんでハッキリ「もうあのアカウントはNGにしてくれ」と散々言ってたのだけど、どうしても他に人が居ねぇという事で時折飛ばされていたものだった。当時はちょうどその嫌なアカウントに連続で出張が入ってた時だったので、久々の好きなお店ということもありテンションもブチ上がってた。しかも大阪である。飯も美味いし人も優しい。

実際、そのお店での勤務はすこぶる楽しかった。みなし残業の月給制だったのでいついかなる時も定時で帰るというのを絶対のルールにしてた筆者も、そのお店の勤務は楽しすぎたので初日に15分くらい残業してやった。

さて、見知らぬ土地への出張。

これはパチンコ・パチスロを嗜む人間にとってはひとつ独特の楽しみがある。知らん地域のお店の偵察だ。筆者も当時は日本全国色んな所にいくたび、仕事上がりにはその土地その土地のパチ屋巡りをしていた。その時もそうで、初日と2日目に数店舗回って状況を確かめ、3日目には「ここだ」と決めたお店で腰を据えて打つことにした。見知らぬ地の見知らぬホール。見知らぬついでに普段打たないパチンコでも打ってやろうと、スペックもよくわからない台に座った。

サンセイの「ジューシーハニー」である。稼いでやろうとか絶対勝つぞとかはあんまりなかったので、1パチにしてやった。ちょっと回して、飽きたらパチスロに行こう。そんな軽い気持ちだった。

そのお店はまあまあ繁盛していたが、特に1パチのシマは異様な熱気に包まれていた。あんまり混んでる所は好きじゃないとはいえ、そこは旅のテンションでずずずいと通路かき分け、目的の台に着座する。右手左手とも、作業着のおっさんが座っていた。

さて、ジューシーハニー。初めて打つけど面白そうじゃないか。スケベエっぽいのもいい感じである。財布から千円を取り出して貸出機にぶち込み、いざ実戦開始だ。

これ1パチぞ?

しばらくは画面上でキャッキャウフフと暴れまわる嬢たちに癒やされつつ笑顔で打ってたものだが、やがて筆者の耳が異音を捉えた。ハンドルを握りしめたまま、左手の拳でべちべちとボタンを殴りつける音。右隣のオヤジである。

あー、パチンコはこれがあるんだよなぁと思った。

普段パチンコを打たない筆者は久しく忘れていたが、パチンコのシマには妖怪ボタン殴りが出没する。ゴウンゴウンゴウンとその拳骨を台が揺れるほど全力で叩きつけるおっさん。そんなアツい状況なのかと思って横目で画面をみると、まあ確かに色んな演出が絡んでそこそこ当たりそうに見えた。顔を上気させ、眉間にシワを寄せながら懸命にボタンを叩く。

おい、これ1パチぞ?

素朴な感想が筆者の胸に去来する。大阪では当たり前のことなのか。あるいは普段パチンコ打たない筆者が知らんだけで、大体日本全国のホールの1パチがそうなのか。とにかく拳も砕けよと言わんばかりに正確な8ビートのリズムでボタンを殴りつけるオヤジを眺めつつ、もう一度思った。

これ1パチぞ?

ともあれ、1パチだからこそという側面もあるのかもしれない。パチンコもパチスロもそうだけども、レートが下がるとその分浮き彫りになる側面がある。「お金がない時のギャンブルは楽しい」という事だ。そういう意味ではオヤジは最大限にジューシーハニーを楽しんでいた。もしかしたらその瞬間日本で一番楽しんでいたかもしれない。筆者はちょっとうらやましくなった。どうせなら当たってあげてくれ。ちょっとだけ優しい気持ちになって眺める筆者。

やがてオヤジの台のリーチはハズれた。刹那、怒号が響く。

「ンンンでやねん!! ンンでやねんな!! ンでやねェェん!!! ンでハズレたんやァ!! ンンンでやァァァ!!」

悲痛な叫びである。オヤジはマックス・ヴォイスで叫びながらボタンを叩き続ける。もしかしたらハズレたあとに再始動で当たりとかそういうのがあるのかと思ったが、画面では既に次の変動が始まっていた。

「ンンンでやねん!! 途中まで当たってたんちゃうんけ!! 当たってたやんけェェ……。当たってたなぁ? いま当たってたなぁ?」

逆サイドの爺様に確認をとるオヤジ。苦笑して首をかしげる爺様。やべえ話しかけられる! と思ってとっさに気づいてないふりをしつつ目の前の画面に向き直る筆者。

「ンでやねん! ホンマ……アホかホンマ。ホンマァ!!」

何か納得したのか、オヤジはまたハンドルを握り直してプレーを再開する。しばし後にまたオヤジの台に擬似連が発生する。パチンコになれてない筆者でも疑似2は全然アツくないのは分かってたけど、オヤジはそのへん全力なので早速ボタンの連打をはじめる。ゴウンゴウンと台が揺れる。唇を噛み締めながら、哀切な顔で、祈るように。叩く。叩く。叩く──。

……なあ、これ1パチぞ?

改めて思いながらまた横目で見てると、ちょっと長いけど全然アツくなさそうなリーチに突入した。そこでまたオヤジのテンションはぶち上がり、ボタンを叩く手にも熱がこもりはじめる。

「いけ! いけて! たのむでホンマ! いけて!」

いよいよ応援をはじめるオヤジ。ゴウンゴウンと台が揺れる。これ周りのお客はどうなんだよと思って見渡すと、やっぱ何人か笑っているらしかった。どうやら名物オヤジらしい。

「あー! なんでや! ちゃうちゃう! そっちちゃうて! なんでそっち行くんや……! そっちいったらあかんよ……。そっちいったら……ンでやねん!! なんでなんや……! ハァ……」

当たり前にハズレた瞬間、オヤジが悲しそうな吐息を漏らした。この世の終わりのような顔で天を仰ぐ。それからゆっくりと手を伸ばし、データ表示機の横の呼び出しボタンを押した。ちょっとびっくりする筆者。こいつ店員さんにクレームつける気だ!

うわ、旅先とはいえとんでもねぇ物が見れるかもしれない。

ドキドキしながらが横目で状況を確認する。キビキビとした動作で狭い通路をかき分けるようにしてやってくるスタッフさん。オヤジが立ち上がる。親指で今しがたまで自分が打ってた台を指し示す。お兄さんなぁ! 強めの語彙。やる気だ。

うわ、どうなるんだこれ……。ごくりとつばを飲み込んで見守る中、オヤジが店員さんにつぶやいた。

「俺ご飯食べてくるわ。札さしといて」

今度は筆者が天を仰ぐ番だった。なんてこった。大阪では日常のすべての所作に新喜劇の要素があると聞いてはいたけども、こんなにハッキリそれを見たのは初めてだった。どうしよう。これはズッコケたほうがいいのか? 慌てて周りを見渡すも、誰も反応してない。スルーである。

オヤジが去ったあと、すぐに筆者の台に当たりが来た。ハデな演出で豪快に祝福してくれる美女たち。パチンコで当たりを引くのは結構久々だったので嬉しかった反面、筆者は物足りなさを感じていた。休憩札が刺さった隣の台に目を向ける。

これ、俺が当たるよりも隣でオヤジが当ててるのを観るほうが、もっと楽しかったかもしれないなァ。と。