先日、なんとなしに「ゲームセンタータンポポ」の動画を見ててふと思い出した事がある。筆者はパチンコを打ち始めたのが1998年とか1999年とかその辺なので、旧い時代のチューリップとかはあんまり触ってない。「オークス」みたいなドット付きの権利モノはあったけど、殆どの機種が液晶付きになってた時期なので、件の動画に出てくる「名機」は全然知らない。知ってたとしても、それはオンタイムじゃなくて後から追っかけて入れた知識であるゆえ、「懐かしい」というよりも「勉強になる」という印象が強いのである。

悠遊道をご覧の諸先輩方からするとケツがブルーもブルーで申し訳なくなってしまう。

が、タンポポに限らず、古い機種を扱う動画を見ていると、例えば玉の音やら入賞音やらを聴いた刹那、不意に「あら何かこれ打ったことあるような気がすんぞ」みたいな気分になる瞬間というのが以前からあって、この原因というのが長らく分からずにいたのである。

んで、例のタンポポ動画だ。寝しなに観てたので半分意識が飛んでたのだが、その飛びっぷりが丁度フィットしたのか、脳の奥の方から凄い懐かしい記憶がわいてきた。ちゃりんちゃりんと流れる効果音。払い出しの玉の音。チープなビープ。ドット。

ああ、パチ夫くんだ。と思った。

「パチ夫くん」というのはココナッツジャパンエンターテイメント社がリリースしていた、パチンコを題材にした家庭用ゲームシリーズである。思いっきり玉に手足が生えた「パチ夫」というキャラが主人公で、ゲームの目的は単にパチンコを打つことである。クリアとかそういう概念があったのかどうかは知らん。とりあえずパチンコ玉がパチンコを打つ。そういうゲームである。

で、筆者は一時期、ゲームボーイ版のそれを所持しておった事があるのだった。

我が家の父は大工であった。今でもやっとるので過去形にするのはまだ早いけど、今はもう老後の趣味みたいな感じでゆったりやっているらしいので、一応本職としては過去形にしておく。

で、大工というのは休みが多い。なぜかと言うと雨が降ったら出来ない作業が多いから。長崎なんか雨が多い地域だし、つまり、梅雨時はずっと家に居るわけだ。

リビングのソファに寝っ転がってテレビを観たり、タバコを吸ったりする父。

小学校の時分は家にテレビが一台しかなかったので、オヤジが家にいるとファミコンが出来ない。めちゃくちゃ邪魔であり「はよ仕事いけよ」と思っていたものである。が、まあオヤジはオヤジでテレビを観てる横で息子がぶすくれた顔をしてるのが気持ち悪かったのか、発売されたばっかりの「ゲームボーイ」をすぐに買ってくれた。これにてテレビ不要でゲームができる。

筆者は、それからはどこに行くにもゲームボーイと一緒であった。

購入から一年ほどして。周りの子供達もぼちぼちゲームボーイを持ってる人間が多くなってきていた。子供は子供なりに財テク魂みたいなのを持っており、何とか節約しつつ沢山のゲームを遊びたいという願いが共通してたのもあり、当たり前のように「カセットの交換」というのが流行った。つまり、クリアしたゲームを誰かと交換するのだ。もちろん家の教育方針によってはそういうのが禁止のところもあったけど、うちは全然オーケーだったし、何なら「ひろしもカセットは交換して遊べばよかたい」くらいの、むしろ推奨派であったので、とりあえず手に入れたゲームは速攻でクリアしてすぐ誰かと交換……! みたいなのを繰り返しておった次第。

ただ、交換というのにはやっぱり子供なりにルールがある。

つまり、カセットはそれぞれ子供社会なりに「価値」が決められており、その価値のなかで等価交換にて行われる。最新ゲームは最新ゲームと。古いゲームは古いゲームと……といった感じだ。

筆者はゲームボーイ本体を手に入れたのがかなり早かったのもあり、ソフト資産は豊潤であった。ゆえに古いゲームから新しいゲームまでだいたい交換に応じる事ができたし、そういう意味では非常に恵まれていた。ただ、そうじゃない家ももちろんあった。

幼馴染にNくんという男がいた。

幼馴染といってもNくんは筆者が小3の頃に越してきた母子家庭の子で、筆者がゲームボーイを手に入れた頃は、まだそんなに仲良くはなかったと思う。ボッサボサの髪で袖口がほつれてガビガビになったシャツを着ており、その姿をみて近隣の子供は「貧乏」という単語の意味を知ったとか知らなかったとか言われる、まあそういう子であった。

当時筆者はRPGの面白さに開眼した頃であり、ゲームボーイでリリースされるそれらも積極的にプレイしておった。中でもスクウェアの「SAGA2秘宝伝説」というゲームがめちゃくちゃ好きで何周も遊んでいた。名作なのでこれをご覧の中にも「大好き!」という人がおられるだろう。そういうゲームである。ただ、流石に何周もやってると飽きる。

(そろそろ交換してもいいかなぁ)

と思っていた矢先、N君が名乗りを上げた。どうやらSAGA2が欲しいらしい。筆者としてはド貧乏なN君がゲームボーイを所持してるのがまず衝撃であったが、まあ交換っつったって狭い子供社会でソフトをぐるぐる回してるだけなので、新しい誰かが入ってくるのは歓迎であった。

「いいよ! じゃあ今日、家にあそびにいくよ!」
「分かった。まってるね」

土曜日だった。下校後、ランドセルを下ろし、ばあちゃんが作ってくれたおにぎりをかっこんだあと、SAGA2のカセットと電池、そしてゲームボーイを持ってすぐに家を出た。N君の家は自宅から徒歩3分と非常に近かったけど、実は筆者の家と彼の家は中型の集合住宅を挟んですぐ隣くらいの位置であり、その集合住宅の裏手のフェンスを乗り越えたら、マジで20秒くらいで行く事ができた。その日も助走をつけてフェンスにしがみつき、勢いよく乗り越えた。チャイムも鳴らさず玄関を開ける。田舎は基本、無施錠なのだ。

「N君、来たよ!」
「あ、あしの君、いまあけちゃだめ!」

N君の家は玄関をあけてすぐに左手が階段になっており、その階段の中頃に全裸のオッサンがいた。パンチパーマである。

「あ、ごめんなさい!」

すぐに扉を閉めようとしたが、全裸のパンチは鷹揚に手をふる。別に構わんという意味だろう。あれN君、お父さんいないっていってなかったっけ……と思ったが、何かその辺を掘ったらドス黒い闇がどろりと出てくんなコレ、というのが子供ながらに分かったので、観なかったことにして靴を脱いだ。

「さっきの人……」

とはいえ触れないのもアレなんで一応聴いたところ、N君は曖昧に頷く。全裸のパンチが気になって仕方なかったけど、二階に引っ込んでいったのでまあいい。持ってきたゲームボーイを取り出して、別に持参したソフトを見せる。手持ちのカードは全部晒すのが、こういう場合のマナーだった。筆者が持ってきたのは10本ほどのソフト。だいたい全部クリア済みなので、よっぽどじゃなきゃどれを出してもいい。

「僕は……コレ」

N君は10本並ぶ筆者のソフトの前に、一本だけソフトを置いた。手持ちがそれしか無い、という事だろう。

それが「パチ夫くん」であった。

「え、これだけ?」
「……うん!」

(マジかよこいつ「パチ夫くん」一本で乗り込んで来やがった!)

と思った。もはや荒らしである。こんなもん、価値が低すぎて交換できるソフトがない。固まる筆者。N君は当たり前のようにSAGA2に手を伸ばそうとする。衝撃だった。当時の子供レートでいうと、SAGA2が神だとするとパチ夫くんはウンコである。今はレアさの関係で価値は逆転してるかもしれんが、あくまで当時はだ。トレードが成立する可能性はゼロである。

「N君、SAGA2は……ちょっと……」
「え、これだめ?」
「いやぁ……流石にパチ夫くんとは……」
「面白いよ? パチンコ」
「別のにしてくんない……?」

あからさまに残念そうな顔をするN君。結局、すったもんだの末に何か釣り合いそうなソフトとギリギリでトレードが成立した。正直パチ夫くんは全く欲しくなかったので交換したくなかったのだけど、パチ夫くんしか遊ぶものがねぇN君に対する憐憫みたいなのもちょっと感じて交換しちゃった感はある。

なんか釈然としない感じで家に帰り、そして暫く別のゲームで遊んでたけど、まあ折角交換したし……、と思ってパチ夫くんをプレイすることにした。

ちゃりんちゃりんと流れる効果音。払い出しの玉の音。チープなビープ。ドット。

無表情で遊ぶ筆者よりも、ソファに横になるジャージ姿の父の方が反応した。

「おまえは……何を遊んでるんだ?」
「パチ夫くん……」
「はぁ……? パチンコか」
「うん……」
「だれと交換したんだ、それ」
「N君」

ああ、と父が言った。ボサボサの髪。ガビガビの袖。パンチのオッサン。全裸だ。ソフトは唯一、パチ夫くん──。陰に惨を重ねる状況である。今思えば彼は恐らくややネグレクトされいたし、そしてそれは、筆者よりも、近所に住む大人である父のほうが察知していた。そして、もしかしたらそうかも知れない、というのが、パチ夫くんで「きっとそうだ」になったんだと思う。

ちゃりんちゃりんと響く効果音。それを上書きするように、オヤジが言った。

「ひろし、髪切りに行こうか?」
「え、いや先週いったよ?」
「ううん。もう伸びてるさ。あのー……N君も連れてこい。家にいるんだろ。交換してくれた御礼に」
「えー……いいよ別に」
「いいから。連れてこいって」

……オヤジはその後、筆者の散髪の際にN君も連れて行くようになった。パチ夫くんのおかげで、彼の髪はいつでもきれいな状態で保たれるようになったのだった。