筆者は基本的に隣に人が座っている状況でぱちんこを打つのが好かん。もちろん知り合いとかなら良いのだけども、知らん人がいるとどうにも台に集中できんのだ。

例えば隣人がクソみたいにハマってても可哀想になっちゃってイヤだし、爆裂してても何かヒキを吸い取られてる気がして逃げたくなる。

必定、筆者は人口密度が薄い場所を求めるあまり最終的に屋台骨が傾(かし)いで今にもブッ潰れんばかりの過疎ホールを好むようになり、そういう店が出玉に予算を回す訳もないので大体はボロクソに負けて泣きながら帰るのが常になっている。

……よくよく考えてみれば、ぱちんこホールというのはなかなか異様な空間だ。

老若男女を問わず出自も職業も違う人々が肩を寄せ合い、同じ方向を向いてずらっと座って何かやっとるわけで、モノクロの記録映像で見る、電電公社の交換手さながら。門外漢は言わずもがな、普段からホールに通ってる人でも、慣れや親しみを度外に置いて冷静な目で観察すれば、きっと日常の中で特異点を見つけたような気分になるだろうて。

知らん人が長時間隣にいて、自分と同じことをしてる。

まッたく気にならん人もいるだろうけど、例えば筆者みたいな気にしぃだと、どうしてもその隣人の立ち振舞や姿を、横目とはいえまじまじと観察してしまうわけで。そりゃァ、中には印象に残る人も出てくる。

例えば、足立区某所で見かけたあの人もそうだった。

 

命名『ヅーラシェイカー』

その人は、とりあえずどう見てもヅラだった。ヅラである事の良し悪しは横に置いといて、どう見ても、というのが少々問題だ。同じヅラを装着するにしても、もうちょっとやりようはあるんじゃないかと、見てるこちらが若干不安になる、あからさまなヅラであった。

まあ筆者も結構ハゲてきてるし、ハゲというのは男性に生まれた全人類が等しく背負っている巨大な十字架であるので、ヅラ自体は別にいい。筆者だってあと5年もすればかぶる事になるかもしれんし。だから別にヅラはいいのである。繰り返すが、その「ヅラですけど」と言わんばかりの迂闊な有様が問題なのである。何かちょっと浮いてたし。恐らくだけどヅラの下の地毛がちょっと伸びて来てるんである。どうせかぶるならその辺のメンテもしっかりすれば良いのに、それを怠った結果のヅラホバリングである。三度見くらいしちゃったもん筆者。

「めっちゃヅラかぶってるなぁ」と、最初見た時に思った。

他の感想は特に無い。が、氏はデータ表示を確認しつつカニ歩きして徐々にこちらへと近づき、やがて「バイオハザード5」を打ってた筆者のとなりにストンと腰をおろした。その時筆者の脳裏によぎったのは「おいおい隣は辞めてくれよ」だった。

ただでさえ隣人の様子が気になって仕方ないタチなのに、それがちょっと浮いたヅラのおっさんだともう台に集中なんか出来ない。パニックゾーンでフリーズしても「ヅラの人の横で当たった」というのが大前提としてあるので、ガッツポーズの前になんか笑っちゃう。

そうやって打つこと一刻ほど。

件のヅラの人が打ってたのは確か「悪ドラ」の2だか3だったと思う。打ち方自体に特徴的な事は特になく、多少強打だった事を除けば普通の人だった。氏の台はいい感じでARTに突入し、やがて下皿にパンパンのメダルが溜まった。ハコを手にして、太ももで挟み込むようにして固定。下皿のメダルをジャラジャラと移す。その所作を横目で追う筆者。やがて氏はなぜだかもう一つハコを持ってきて、それを蓋状にカパッとかぶせるや、盛大に振り始めた。

シャッカシャッカシャッカシャッカ……!

ドル箱シェイク。しかも全力だ。開口部を合わせるようにして重ねたハコを両手でホールドし、親の仇でも取るかの如く揺する。揺する。揺する。

シャッカシャッカシャッカシャッカ……!

しかも長い。もういいだろそのシェイク。3分くらいやってるぜ。シェイク自体見たの結構久々だったけども、こんな全力のシェイクを見たのは恐らく人生初だし、こんな遅漏なのも初だ。あまりシャカシャカシャカシャカうるせぇので、別の島からお客さんが様子を見に来たりという案件まで発生してた。

打つ手を止めて、まじまじと観察する。ホバリングしたヅラ。ロッテリアのポテトかよと言わんばかりにシャカシャカされるメダル。ヅラ……シェイク……ヅラ……シェイク……。

筆者はこの時から、氏の事を「ヅーラシェイカー」と呼ぶことにした。

 

ヅーラさん。揉める。

ヅーラさんはその店が気に入ったのか、その後もちょくちょく来るようになってそのうち常連化していった。筆者もそこが家から最も近い過疎店だという事もあって、足繁く通っていたのだけども、その間にヅーラさんの奇行は徐々にエスカレートしていった。

強烈だったのが、「持ってる貯玉を全部下ろして店員さんに運ばせる」というものだ。

等価店でそれをやる意味がホントに分かんなかったのだけども、氏は毎回必ず持ってる貯玉を全部下ろし、3ハコだか4ハコの持ち玉を店員さんに運ばせながら台移動を繰り返していた。カニるさいもいちいち呼び出しランプを押して運ばせる。奮ってたのは貯玉をハコに落とす際に必ずシェイクしていた事で、これによりその店の再プレイ遊技機は朝イチ必ずヅーラさんに占領されていたし、またデカすぎるシェイク音も午前の風物詩となっていた。

こういう奇行が非常におもろかったので、筆者は当時やってたブログでヅーラさんを散々ネタにしており、なんなら仕事で書いてた記事とかにもちょいちょい登場させていた。

店の名前は伏せていたものの、近隣の様子やら自分ちの場所なんかは結構克明に描写してたので、読む人が読めば「あの店だな」とわかるレベルだったらしく、ある大晦日にはブログを読んだ人がかの店を訪れ、筆者にコーヒーの差し入れをしてくれるついでに「あの人もしかしてヅーラさんですか!? マジでめっちゃヅラですね!」と感想を述べてくれたりとかいう素敵な事件も起きたりした。

そんな感じで、概ね平和な日常を過ごしていたある日の事だ。

ヅーラさんはいきなり常連のおっさんと店で揉めた。詳しい内容はちょっと分からなかったけども、相手は雨の日に必ずくる作業着のオッサン(こっちには『雨天休業』という名前を付けてた)で、何か打ってる時にいきなり怒鳴り声が聞こえたかと思ったら両者立ち上がってにらみ合いの状態になっていた。

これ、雨天休業が手ぇ出してヅーラさんのヅラが飛んでったら超面白いなと思って見てたけどそういう事件は起きず。最終的には周りの常連が仲裁に入って事なきを得た。何が原因かホントにわからんが、雨天休業さんもヅーラさんも態度がものすごく横柄だったので、まあ両方悪いんだろう。筆者はその店の常連の中では誰よりも毎日いたけども、ついぞ仲の良いオッサンとかは出来なかったので詳しい情報は誰からも聞けず。面白そうだから誰かと仲良くなって聞いてみるかなぁとか思ってる間に、ヅーラさんはその店に来なくなった。

ヅーラさんのいない店。最初は「平和になったなぁ」とか思ってたけども、いつしか筆者は物足りなさを感じていた。店内のどこにいても聞こえてきた大音量のシェイク音。ホバリングし続ける横ヅラ。迷惑そうな表情を隠そうともせず、ハコを持ってヅーラさんの後ろを追随するスタッフさん。足を組み、くわえタバコで5スロを打つその佇まい。それらがぜんぶ、シャボン玉のように消えてしまった。

当時は5号機爆裂機の最盛期。人生で3番目くらいにパチスロが面白かった時期だった。鉄拳2nd。豪炎高校應援團。リングにかけろギリシア十二神編。一撃万枚や合計万枚、あるいはそれに近い数字を次々と叩き出しつつ過ごしていた、彼方のマイホである。そしてそれらを叩き出してる間、常に近くにヅーラさんはいた。あのシェイク音と爆裂は、いつの間にか筆者の中でマーブル色に溶けて同化し、あるいは、ねじ式にハマって1つになっていたのだろう。

足立区某所。すでに閉店してしまったお店だけども、思い返すたび懐かしさで胸が痛くなる。筆者のハートの一部は、未だにあの店の跡地に置き去りになっているのだ。なんせ今でもパチスロを打ち、何かの拍子で万枚が見えそうになる度に、筆者の耳にはあの音が聞こえる気がするのだもの。小豆洗いの如く。鬼の形相で。ハコを2つ重ねて振る。あの音が。

シャッカシャッカシャッカシャッカ……!