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近所のお店で稼働するために、昼過ぎに家を出た。目的の機種はリリースされたばかりの「北斗の拳宿命」だ。最近パチスロを打つ頻度が少なくなっているのだが、一応話題の新作は触っておかねばならない。と、半ば義務感に駆られるようにしてホールに向かう。あんまりワクワクしないのは北斗だからか。あるいは6.1号機だからだろうか。

筆者と同じ世代のスロッターにとって、「北斗」は特別な存在である。

なんせ、初代北斗がリリースされたのが二十代中頃。少年から大人に仲間入りしたはいいけどまだ完璧に成長しきっておらず、多少の失敗も大目に見てもらえるバリュー期間バリバリの真っ只中であった。仕事も始めてるのでお金も多少は自由が効くし、車を乗り回して好きな時に好きな場所にいける。学生時代の不自由さや家族との軛からも解き放たれ、世界が一気に広がったような錯覚に、おもうさま酩酊する事が赦された、人生に於いて最も輝かしい時期だったのである。

当時、「北斗の拳」は日本全国で60万台以上が売れ、北斗専門店なるブチ尖ったホールまでもが誕生するほどの社会現象になっていた。だので、あの頃のスロッターは誰もが北斗と無関係ではなかったし、避けて通ることは絶対にできなかった。なんせ入店するやどのホールでもケンの声がアタアタホワタッと響き渡っておったし、必定、画面を観たり音を聴いたりすると、否が応でも気持ちが戻るのである。

お手軽に過去を追体験できる、コスパ最強の、ぐるぐる回るタイムマシンだ。

ただ、なんともむず痒い事にその追想の旅の目的地が、輝かしい青春時代のど真ん中なので、やっぱりちょっとした拒否反応は出てしまう。恥ずかしかったり、やり直したかったり、物理的に痛かったり。そういう思い出が一気にグワッと来るので、北斗はあんまし打ちたくない。という同年代のスロッターも、きっと沢山おる事だろうて。と、筆者は思う。のだけど、こればっかりは仕方ない。仕事なんだから。

目的のホールに、北斗は10台ほど導入されていた。このご時世に豪勢な事である。さすが北斗だなぁと思う反面、コケたら店の平均設定が下がるだろうなァと、ちょっと警戒しておく。なんせ初代からコッチに出たパチスロ北斗の「面白かった打率」はたぶん2割くらいである。まあ年間にどれだけのパチスロ機がリリースされててその中で何機種が名機と呼ばれてるのかを考えると、2割でも結構打ててる方なのかもしれない。

そこそこの客付きの中で、3台並んで開いてる席のど真ん中に着座する。事前情報はある程度入れてきてるけども、確認のためにスマホを立ち上げて機種情報サイトにアクセスし、確認しながら遊技を開始した。

未だ見ぬシステム。未だ見ぬ演出にしばし没頭。

事前情報の中には「初代っぽい」という声もいくつかあったので嫌な予感はしてたのだけども、AT消化中にやっぱり当時の事を思い出した。思わず吹き出す。人間の脳とは面白いもので、なにかのきっかけで思い出した些細な記憶が呼び水になって次々と別の事が連想され、どんどんどうでも良い事が浮かんでくる。その時筆者が思い出したのはこんなエピソードだった。

当時、筆者は某ゲームセンターで副店長みたいな事をやっていた。

運営してたのがデカいゲームメーカーだったのでそのままそこに永久就職しちゃってもいいかなくらいの感じで最初は頑張っていたのだけども、実は当時、筆者はまだ大学在学中であった。パチスロばっか打ってて全然単位が取れてなかったのである。だので当時は「このまま大学をやめるか」「翌年復学するか」の選択を迫らるるなか契約社員という雇用形態で日々、お金の計算をしたりUFOキャッチャーの景品の仕入れなんかをやっていた。んで翌年にはバイトの女の子に手を出してクビになるのだけども、その少し前の話である。

田舎のゲーセンである。バイトには奇抜なキャラが多かった。中でもダントツでヤバかったのがAさんという女性と、Bさんという女の子である。

Aさんは筆者より年上で、なんなら店長とあんまり変わらない年齢だった。だので若い子ばかりのバイト勢の中では(一応)一目置かれている存在で、全員から「さん」付けで呼ばれていた。そして彼女は精神的な病気か何かしらんが、虚言癖がハンパなかった。人生の中で出会った人の中で突出しとると思う。あんまり真剣に話を聞いてなかったので覚えてないけども、とりあえず本人曰く彼女はエイベックス社内で「歌姫」と呼ばれており、浜崎あゆみの代わりにデビューする予定だったとの事。デビューしなかったのは浜崎あゆみに譲ったからだそうだ。何で長崎の片隅のゲーセンでそんな逸材がバイトしてるのかと、若い連中が面白がって根掘り葉掘り聞いてたけども、本人がその時なんと答えていたのかは馬鹿馬鹿しすぎて聴いてなかった。

一方、Bさんもまた精神になんか抱えていたのか詐病の気があった。もちろん筆者は医師じゃないので詐病だと断言できないのだけども、ただ彼女が自己申告する病気というのが「多重人格」とか「幼児退行」とか「朝起きたら骨折してたので休みます」とかだったので、これを真剣に受け止めるのは今の筆者でもちょっとむずかしい。もしかしたらミュンヒハウゼン症候群とか、そういうちゃんとした(?)精神疾患だったのかもしれんけども。そういうのを未だ知らなかった筆者は当時、なんかあるたびに爆笑していた。

特にBさんの「幼児退行」に関しては今思い出してもかなり笑える。

なんか知らんが朝起きたら幼児退行してたらしく、その幼児モードで出勤してきてずっと事務所でポケモンをしとった。オイこれどうしたん。事情をしらん筆者がバイトの子に聞くと「ああBちゃんは今、赤ちゃんになってるから」と、これまたよく分からん説明をされて困惑しつつ、とりあえず赤ちゃんモードならタイムカードは押すんじゃないよと大人を相手にするのと同じようにバチっと対応したら、しぶしぶ着替えてフロアに出よった。

その店は一階がUFOキャッチャー。二階がメダルマシン。三階がビデオゲームコーナーになっており、その日は赤ちゃんモードのBちゃんがひとりで一階を担当していた。それは流石にやべーだろうということで筆者は事務所からちょくちょく一階に降りて様子をみてたのだけども、まあ普通に働いてるみたいなので安心しつつ、手が足りねぇならプライズの入れ替えくらいは手伝ってやるかと言わんばかりに、倉庫から引っ張り出してきたダンボールを開梱する。するとBちゃんが寄ってきて何事かを言って来た。聞き取れない。呂律が回らない、如何にも赤ちゃんっぽい喋り方でなんか言う。なんで制服きて普通に働いてて話す時だけ赤ちゃんやねんと心の中でツッコミながら適当にあしらう。

ダンボールの中には、何か見たことねぇピカチュウが入ってた。

ポケモンをやらない筆者にとって、ポケモンは大体ピカチュウとそれ以外しかなかった。「変なピカチュウだなァ」とつぶやくと、Bちゃんが声を荒げる。

「マイナンッ!」

は? である。何いってんだこいつと思ったけども、なるほどこのポケモンはマイナンという名前らしい。見ればたしかにほっぺたらへんにマイナスの記号が書いてある。へぇと思って次のぬいぐるみを手に取り、「ああ、マイナンっていうのね」と答えると、またBちゃんが声を荒げた。

「プラスルッ!」

またもや何いってんだこいつと思ったけども、なるほどこっちのほっぺたにはプラス記号がかいてある。ふむ、と唸る筆者の横で、Bちゃんが赤ちゃんモードのまま解説する。

「マイナンはマイナスマイナス! プラスルはプラスプラスッ!」

鬼気迫る勢い。赤ちゃん激怒である。筆者は耐えきれずに踵を返し、便所に籠もって1人で爆笑した。たぶんあの年で一番笑ったのはこの瞬間だと思う。おかげでポケモンを知らん筆者も未だにマイナンとプラスルの名前と見分け方だけは知ってる。マイナンはマイナスマイナス。プラスルはプラスプラスだ。両方のほっぺに記号があるのでプラスプラスって2回言っとるのだね。

で、こっから重要なのだけども、AさんとBちゃんに共通する属性がひとつある。

それが「霊感がある」というものだ。もちろんない。嘘である。が、本人たちはあると言い張っている。Aさんと事務所で2人の時は「いまこの部屋に軍服きた人がいる」と言ってたし、またBちゃんは事務所の片隅を指差して「ウキャー!」と猿のような奇声をあげる。2人の言説を信じるのであればその店は幽霊だらけのいわくつき物件という事になるけど、当然違う。ゲーセンになるまえはDIYショップだったし、その前は何もなかった。

ある時、筆者はふと思った。AさんとBちゃん。自称霊感をもつという2人を激突させたら、どんな現象が起きるのだろう。と。

思い立ったが吉日だ。早速その夜、店が終わった後に仲間内で肝試しをする事にした。目的地は市内の南側のほうのだだっぴろい駐車場だ。道すがら、筆者は事前準備として、その駐車場にまつわる伝説について話した。

この辺は大戦の終わりにロシアからの引き上げ兵が帰ってきた場所だ。長い抑留生活の中で病気になった人。船旅の中で身体を壊した人。みんな食事を与えられないままここで開放されたので、かなりの人数がこの場所から動くことができずに死んでしまった。この駐車場、広すぎると思わないか。福岡ドームよりずっと大きい。何もないのにこんな駐車場要らないじゃないか。なんでこんな広いかと言うと、ここに建物を建てるとかならず幽霊がでるから。だから国がこの近辺をまるごと駐車場にして、建物を建てられないようにしてるんだ。

さあ、ついたぜ。みんな降りようか。

大嘘である。そんな事実ないし駐車場がめちゃ広いのは大学の近くだからだ。だが、実際の引き上げ兵の帰還地が結構近くにあることと、夜中のだだっぴろい駐車場が異様に暗かったのが意外な相乗効果を発揮し、その場の全員が筆者の作話を信じた。そこでAさんとBちゃんが案の定騒ぎ出す。

「あ! いる! あそこに兵隊がいる!」
「いう! いうお! こわいお! あ~っ!」
「ね! 見えよるよね! ほら、Bちゃんも見えるって!」
「あ~! いう! ウヴェーーン! アーーッ!」
「うわ、こっちきてるね! きてるよねBちゃん!」
「きてう! きてう! ウボァ! ヴェーーー!」

赤ちゃんモードで泣き出すBちゃん。煽るAさん。筆者の作話を信じてた他のメンツも最初はちょっと怖がっていたけども、この茶番を前に顔を真赤にしてた。繰り返すがただの駐車場である。いわく何かなんもねぇ。

「武士いるね!」
「いうお! アップス! エッエッ。ヴェアッ!」
「みんな、逃げて! 武士来てる!」

武士いねぇよ。と思った。筆者の話のどこに武士が出てきたんだよ。あまりの状況に別のバイトの子が助け船を出した。

「ほら、泣かないでBちゃん。大丈夫だよ。あれはマイナンだよ。マイナン」
「マイナン!? マイナンいうの!?」
「そうだよー。いるよーマイナン。大丈夫だよー?」
「プラスルも?」
「プラスルもいるよー? 可愛いねぇプラスル」
「……エキャーッ! エッエッエッ! ヴァッ!」

普段あんまり感情を表に出さないFくんという仕事仲間が、この時ばかりは過呼吸になるくらい笑っていた。彼はアルコールアレルギーがあり酒を一滴も飲めないのでよく運転手役になってたけども、あんなに楽しそうに爆笑してる姿をみたのは最初で最後だった。

その数日後。

筆者はホールで初代北斗を打っていた。当時は北斗ばっかり打ってた時期で、総プレイゲーム数はエグイ事になってたと思うけども、まさしくその日、自己最高記録のBB60連超えをブチかましていた。これ日本記録になんじゃねぇかくらいの回数だけど、上には上がいるもので実際これでも大した事ないらしい。いやぁ北斗はめっちゃ楽しいなぁ! こんだけ打って楽しいということは一生楽しいんだろうな! とか思いつつアタアタホワタとイワせ続けてたのだが、途中で肩を叩かれた。

「あ。Xさん。おつかれッス」

Xさんはゲーセンの設備を主に担当してるバイトの人で、ちょっと変わってるけどいい人であった。そういやこの人もパチスロ打つって言ってたなぁ……。

「あしのくん、めっちゃ出てるね」
「あー、これ併せ万枚いきますね! てか60連超えって凄くないすかこれ」
「すごいすごい。ね、Bちゃん」

ん? Bちゃん?

みると、180センチくらいあるXさんの影に隠れるようにして、150センチにも満たない小柄な影が潜んでいた。Bちゃんである。

「いっぱいでてう! ちゃらちゃら、いっぱい! アキャァッ!」

おい赤ちゃんモードだろうが。パチスロだめだよ。幼児は入店禁止なんだから。そこは設定守ろうぜ……? 気持ちよく打ってる所で途端に不快になる筆者。何がちゃらちゃらいっぱいだよバカタレ、と思ってる所で、エンディングが始まった。BB連終了である。アッ! と声が出た。

「はは。おわったね」
「おわったえ! おわったえ! ウキャッ!」
「じゃあ、あしのくん、俺ら帰るから」
「アイアーイ! キャッキャッ!」

お前らマジでふざけんなよこの野郎──! まあ何があっても終わる時は終わるし充分出てるんで別にいいんだけども、このタイミングは流石にちょっとイラついてしまった。ったく。でも北斗は面白いなぁやっぱり。一生打ちたいなぁこれ。一生──。

それから18年後。

6.1号機でリリースされた北斗はなかなか面白かった。隣の台が午後イチで出したエンディングを横目で眺めながら、連想につぐ連想。こんな変な事を思い出してしまった。一番人生が楽しかった頃の思い出だ。たぶん次の北斗を打つ時も、その次も、次も。筆者はきっと北斗を打つ度にあの頃の事を追体験するに違いない。

なんとも安上がりなタイムマシンだ。

【今回の収支】
対戦相手・北斗の拳宿命
投資 920枚
回収 250枚

対戦相手・ドン2
投資 92枚
回収 220枚

対戦相手・ジューシーハニー3(パチンコ)
投資 500発
回収 0発

対戦相手・ダンバイン(甘デジ)
投資 750発
回収 約1,500発(→貯玉へ)