1999年、世界は滅亡しなかった。ノストラダムスのおっさんが遺した四行詩は世紀末を生きる人類への警鐘でもなんでもなくただのポエムで、心の何処かで終末の気配にロマンを感じていたひとびとのやや背徳じみた危ない期待は、見事にスコンとスカされたのだった。

恐怖の大王が降ってくるとされたあの夏の七の月。俺は「まだギリギリで降ってくるかもしれんぞ恐怖の大王」と思いながらフジテレビの27時間テレビを観ていた。総合司会の中居くんがタモリの事を「おじさん」と呼ぶのを眺めつつポテチを食いながら、どこかのタイミングで「これは今年は恐怖の大王は降らんな」と達観したのを覚えている。

「そろそろ寝よう」

隣の部屋で遅くまで仕事をしていたのは、当時一緒に住んでいた彼女だった。熊本出身の、当時はまだ珍しかったウェブデザイナーだ。俺より年上の子で住まいも九州の端と端で離れていたけど、なんかの拍子で出会ってそのまま付き合うことになったのだった。

「もうちょい、タモリ観る」
「そう。私寝るね」
「うん」

我々の関係は冷え切っていた。俺はまだハタチそこそこのクソガキであったし、彼女とて年上とはいえまだ二十代前半。子供同士がおままごとの延長線上に敷かれた薄氷の上で、滑り落ちぬように踏ん張っているだけの、いつ壊れてもちっともおかしくない生活を半年ほど続けていた。今よりずっと尊大で馬鹿だった俺は毀れるんならいっそ毀れてしまえばいいと思っていたし、彼女もきっとそう思っていたんだと思う。ベッドで静かに寝息を立てる彼女の気配を感じながら、恐怖の大王が、ほんとうに降ってくればいいのになと思った。

彼女との別れは冬の間に訪れて、すっかり終わってしまった。特に感慨もなにもない、さっぱりとした最後だった。それじゃあね。うん。ばいばい。それで終わりだ。

実家に戻った俺はその直ぐ側にアパートを借りて住む事にした。

ISDN回線の工事にめちゃくちゃ金が掛かった。別れたとはいえ、彼女との関係はその細いデジタル回線を通じてダラダラと続いていた。ICQやメール。それからゲーム内のチャット。距離が離れた事で逆に一緒に遊ぶことは増えた。特に当時、俺は「ディアブロ2」というゲームに没頭していて、必定、元・彼女もそれにつきあう形で少しずつハマり始めていた。一年ほどプレイしていた頃に拡張パックが発売されてさらに遊びの幅が広がった。

一緒に住んでいた頃はそっけない関係だったけど、離れて遊んでると表面しか見えない分、相手のことが急激に分かったような気になる。心理現象としてそういうのに名前があるのかどうかは知らないけど、たぶんその時の我々はそういう感じだったんだと思う。ディアブロ。チャット。ディアブロ。チャット。繰り返すうちに「何かまたこの子とそのうち一緒に住む事になりそうだな」と、うっすらと予感めいたものも感じるようになった。それはそれで、楽しそうな妄想だった。

そんなある日の事だ。

ディアブロとチャットで埋め尽くされていた日常に、新興勢力が誕生したと思いきや、急激に勢力を伸ばし始めた。

パチスロである。

それまでもパチンコにハマってはいたのだけども、あくまでも余暇。暇つぶしであった。それがパチスロを覚えた事により、一気に話が変わった。2000年前後のパチスロは、あまりにも面白すぎた。なんせあの、三度のメシよりも大好きだったと間違いなく言える、ディアブロの時間を削ってまで打ち始めたくらいなのだから、その悪魔的な魅力の破壊力たるや、筆舌に尽くしがたい。

2001年の夏の終わり。俺は朝からパチスロを打つために移動していた。前の日に閉店までがっつり打ってまあまあ負けたので、取り返すためだ。ちょっと遠出して普段行かない店に並び、そこそこ良さそうな台に座ることができた。ただ、その当時の「良さそう」というのはあくまで印象論でしかない。オーラとかそっち系の話だ。なんせ日本全国、あの頃は全台ベタピンが当然で、それでもみんな打ってたのだから。往々にして「良さそう」な台はちっとも良くないしボコボコに負けて凹みながら帰るのが当たり前だったのだけど、その時の「良さそう」は珍しく──それこそディアブロ2におけるアサシン専用セット装備、ナターリャズ・マークくらいレアなことに、本当に「良かった」。

朝イチから出続けて夕方には万枚を越え、後一回デカめの連荘が来たら二万枚も狙える感じじゃあないか。くらいの感じだった。ただ時間が足りない。もっと打ちたい。永久にこの台を打ちたい。調子が良い時にパチンカーやスロッターが必ず抱くその願望も虚しく、時間はむしろ加速したように進み。あっという間に閉店間際の時間になった。2万枚にギリギリ届かない。いや、いま消化中のARでボーナス引けばワンチャンある。急げ。急いで消化だ。いけ──!

と、その時ケータイが震えた。

元・彼女からだ。メールではなく電話での連絡は珍しい。ちょっと迷ったけど電話に出る。首と肩の部分に受話器をはさみながら通話しつつ、プレイを続行しながら耳に意識を傾けた。

「もしもし」
「もしもし、ひろしくん? テレビ見た?」
「いや。どうした?」
「見て今すぐ!」
「いや、今ハードボイルド打ってて、めちゃくちゃ忙しいんだけど……」
「あのね、戦争が起きそうなの」
「どういう事?」
「テロだよテロ。アメリカのワールド・トレード・センターに旅客機が──」
「ああ、ごめん。まじで今それどころじゃないから、ちょっと切るよ!」
「ちょ──」

ARTが途切れる。最終チェックのルーレットでボーナスが入ってれば二万枚だけど、消化中のハズレ演出の時にリーチ目が出てないのでそれはもうない。あと可能性としてはAR1000に当選してる場合だけどこれも薄い。だけどその薄いところが運命の分かれ道だ。時間はあと5分ほど。たのむ……!

と、ルーレットは当たり前に「ハズレ」で止まった。

泣きの一回と言わんばかりに高速で通常ゲームを消化するもボーナスは入らず。結局肩ポンされてから流したメダルは1万3千枚ほどだった。2万枚どころか、1万5千にも届いていない。んな馬鹿な。と思った。これもしかして出玉パクられてねえか? と疑心暗鬼に駆られたけど、帰り道を運転しながら原因に気づいた。箱のサイズだ。普段行ってる店より、随分小さい箱だった。箱のサイズが違えば当然詰めこめるメダルの枚数も変わる。当たり前だけど、それにずっと気づかず打ってたかと思うと我ながらバカバカしくなった。なんだか笑える。

「もしもし」
「……うん」
「ごめんごめん。さっき忙しかったからさ」
「……うん」
「でね、ちょっと聞いてよ。今日めちゃくちゃ勝ったんだけど、俺打ってる間、2万枚行くんじゃねぇかって思っててね。だけど交換したら全然。1万3千枚しかないの。箱のサイズが違ったんだよ。いつも打ってる店より一回り小さい箱で──」
「ごめん。私今ニュース見てるから……」
「……え?」
「それに、パチンコの話されても私、わからないよ」
「あ。ああ……」
「……ごめん、切るね」

通話を終えたあと、ラジオをつけた。次第に状況が飲み込めてくる。ハイジャック。激突。所在不明の旅客機多数。死者多数。矢継ぎ早に入ってくる情報に、思わず現実感がぐらりと揺らいだ気がした。信号待ちで停まる間、隣の車を見ると深刻な顔のドライバーが見えた。みんな、ラジオを聴いてるのだ。

「マジかよ……なんだこれ……」

9.11。もしかしてこの日は、教科書に載るような重大な日になるのかも知れない。そうだ。信号が変わる前にダッシュボードからノートを取り出した。収支表をつけるためだ。投資額と回収額、お店の名前。その日起きた事を記すための備考欄もあった。普段あまり書かないけど、今日は利用すべきだろう。ペンを走らせ、俺はその日の備考欄にこう書いた。

──箱のサイズには気をつける事。