筆者が住んでおるのは浅草という街の隅っこである。というと「東京モンぶりやがって、全員が浅草を知ってると思うなよ」と思われる方も多かろう。だって本邦には一都一道二府四十三県もの広域地方公共団体があって、東京はその中のひとつに過ぎない。

筆者、現住所も生まれも東京都なのだけど、育ちは九州である。両親が離婚して、長崎出身のオヤジの方に育てられたからだ。それから先は長崎と東京を行ったり来たりしてるけども、産土(うぶすな)は東京であるとはいえ小中高の学校は長崎だったので、もはやそっちの人間である。

で、変な生い立ちである分「東京」というものに関しては非常に否定的だった時期があり、例えば当時だったらこういう文章の出だしで「筆者は浅草に住んでおる」みたいなのが書いてあったら「ああそうですか、で?」みたいな感じでパタリと本を閉じてたかも知れない。要するにキライだったのである。

実質の育ての親だったおばあちゃんの影響か、筆者は片親にしては非常に良い子であり反抗期らしい反抗期も無かったように思うのだけど、この「東京がキライ」という時期は今思えば「母」に対する反抗期だったように思う。

流石にもうそんな事はないし長年住んでるこの東京という街をそれなりに愛してもいるのだけど、ただ自己認識的には未だに筆者は田舎のアンちゃんである。だので別に嫌味でも何でもなく、筆者が描いてる各種コラムとかは、心情的には東京都以外の人々に寄り添って書いとる。東京最高だぜ! とかは絶対書かない。ただの日本のいち地方都市における、なんの変哲もない普通の日常の話として書くのがジャスティスだ。

やれ道玄坂のおしゃれなスイーツカフェでクリームブリュレとキャラメルカプチーノをどうたらこうたらとか、そういう文章は恐らく一生書かないし誰も読みたくないだろう。それより例えば、浅草の『こういう話』がいい。

チワッスあしのです。本日は一昨年に潰れてしまったとある廃業ホールに関する話だ。浅草の廃業ホールといえばもはや一個しか無いのだけど、まあ特定したとて別になんもないのでさらっと地名から入るスタイル。では行ってみましょう。

浅草という街は東京都内の中でもだいぶ特殊で、「浅草寺」という聖観音宗のお寺を中心に東西と南に伸びた形をしておる。よくテレビに出てくる「雷門」はここの参道の入り口である。ちなみに読みはあさくさでらではなく「せんそうじ」なので注意だ。

まあ確かに浅草寺周辺は非常ににぎやかだし楽しい雰囲気もあるのだけども、ただちょっと北まで足を伸ばすと誰しも名前くらいは聞いたことがある風俗街である「吉原」があり、そしてその直ぐ側には日本三大ドヤ街のひとつである「山谷(さんや)」がある。

ドヤ街というのは「やど」を逆から読んだその字句の出自からも分かるように日雇い労働者向けの「安宿街」である。高度経済成長の原動力となった人夫さんたちが詰めていた戦後復興のエンジン的な場所であったのは過去の話。現在はその役割を終え、安宿と炊き出しを求めて集う生活困窮者の街になっている。「あしたのジョー」の舞台である「泪橋の先のドヤ街」のモデルとしても有名だ。

吉原と山谷。このふたつの存在に加えもうひとつ。浅草を語る上で忘れられないのは「タトゥーフェスティバル」の存在だ。これは「三社祭(さんじゃまつり)」というのだけども、まあこの2年はコロナの影響で中止になったり控えめになったりしてたものの平時であれば毎年5月ごろに行われるお祭りで、何が有名かというと「入れ墨」である。普通に背中のお絵かきを丸出しにしたふんどしのおっさんとかが大量におり神輿を担いで殴り合ったり蹴り合ったりする非常に元気の良いお祭りだ。

お祭りの性質上、参加しとるのはこの辺の氏子さんだろうし、要するにこの辺にはそれだけ大量にトラディショナルアートを背負いし男たちが住んでるわけで。

要するに、浅草という街は結構ハードボイルドなのである。

ハードボイルド、という言葉をどう解釈するかは各々の判断におまかせなのだけども、ただ「治安」であったり「ガラ」であったり、そういうのが悪いわけではない。この辺のニュアンスはボタンをひとつかけ違えるとただの批判になっちゃうので気をつけたい所だが、決して足立みたいに昼間っから駅前でババア同士が殴り合ってたりタクシーのボンネットに前蹴りしてるジジイがいるような街ではない(筆者足立区にも住んでた)。ただ、ハードボイルドなだけだ。

去年の夏である。

職場にしてる部屋の外から奇声が聴こえてきた。筆者はそれを耳にした瞬間「あ、アニマル浜口がロケやってる」と思った。アニマル浜口のレスリング道場がすぐ近くにあるし、この辺でよくロケやってるからだ。

アーイ アーイ チューイ アー……ッ

今日のアニマルはいつもよりテンションが高い。遠くから聴こえるその奇声を微笑ましく思いながらキーボードを叩いていると、なんとその声の発声元が筆者の部屋のすぐ真下当たり前でやってくるではないか。え、アニマルこんな路地でロケするん。と思いつつ、どうやら普段のアニマルとは毛色の違う声に違和感を覚えた。接近に伴い、だんだんと奇声の内容が明瞭になってくる。

アチューイ! アチュイ! アチュイ! アチュイアチュイアチュイ! ンアーーーッ!

真っ赤なシャツを来た半ズボンのオッサンが、真夏の炎天下にブチキレて叫びながら歩いてるのである。あろうことか、オッサンは部屋の目の前のマンションの駐車場に座り込むや、今度はどうやらアスファルトが熱かったらしく半ズボンからはみ出した太ももを押さえて叫ぶ。

アチュイ! アチューーーイ! アチュイアチュイ! ンダラ……ンアーーーッ!

マジである。動画も撮ってるんだけど流石に載っけられないのが悔しい。とりあえずめちゃくちゃキレながら叫ぶ半ズボンのオッサンを「アチュイアチュイおじさん」と名付けしばし観察してたのだけど、流石にドラッグのニオイがすごかったので通報した。以下、通報から5分後、到着したおまわりさん三名とアチュイアチュイおじさんのやりとり。実録である。

「ンナーーアチュイ! ンナーーーアチュイ! アチュイアチュイ! アチュイ! もう! アチュイ! ダラスタッ……ダラッ……スタッ……アチュイ!」
「ちょっと、すいません、何してるんですか」
「……え?」
「通報がありまして……」
「あ、いいっす……」
「え?」
「ほんと、そういうのいいっす……」
「ちょっと……、免許証か何か持ってます……?」
「いやいいっす……」

さっきまでダラスタッとかアチュイ! とか爆音で叫んでたオッサンがいきなりキリっと真面目な顔になって速歩きで立ち去ろうとする。警官はそれを追う。やがて路地の曲がり角を曲がったアチュイアチュイおじさんと警官は見えなくなったのだけど、なんとその夜、アチュイアチュイおじさんがさっきの場所からほど近い路地のカドの所で死んだように寝っ転がってるのを発見した次第。

その夏はアチュイアチュイおじさんを家の近所でよく見かけた。すぐ解放されたのを見るとどうやらドラッグのニオイは幻臭であったらしく、ただの変な人であった。彼はめちゃくちゃデカい声で叫ぶし意外なところで死んだように眠ってたりするのでポケモンGOみたいな感で居場所をチェックするのが大層面白く、しばらくは「今日はどこどこにアチュイアチュイおじさんが居たよ」「昨日はどこそこで見つけた」と妻と二人で報告しあっておったものだった。

さて。

ちょっと話が変わるけど、浅草には某ホールが少し前まで存在していた。自宅から一番近いお店をマイホにするという超お気楽スロッターである筆者にとって、そこは浅草に越してから長らく通っていた愛すべきホールだったのだけども、6号機のボトムが重かったのかあるいは目の前に出来る予定だったマルハン(中止になった)の影響か、いよいよ閉店してしまった。

廃業ホールが辿る道はいくつかあるけど、その中で一番ハッピーなのは「他のホール運営会社が居抜きで買う」というものだろう。件のホールは場所が良かったし設置可能台数もそこそこ多かったのですぐに買い手がつくんじゃねーかな……と思ってたのだけど、半年経っても、一年経っても買い手はつかず。やがて閉店して二度目の春を迎えた。

取り壊されるわけでもなく、ただ電灯の消えたホールがそこに存在している、というのは実に物悲しく、そして寂しいものである。

恐らく運営会社は居抜き買収にワンチャン賭けておるのだろう、いつしかそのホールの周りには「立入禁止」のロープが貼られた。そしてそのロープは現在もまだ貼ってある。長期戦の構えである。

先日の朝だ。最近は妻と二人で朝メシがてら喫茶店に行くのにハマってるのだけども、その喫茶店というのが件のホールの直ぐ側にある。その日もホールの脇を通って喫茶店に向かっておった。

「あれ……何だ?」

筆者の視界に奇妙なものが飛び込んできた。ホールの周囲を取り囲むように貼られた黄色と黒のロックダウンロープ。等間隔で並べられた赤いとんがりコーンに結わえて伸びるそのロープに、横断幕を思わせる何かが掛かっていた。

すわ! 工事のお知らせだ! いよいよ買い手がついたか!

筆者の心臓がひとつ跳ねるが、同時に隣にいた妻が声を殺して爆笑し始めた。目が悪い筆者にはそれが横断幕に見えたのだが、妻の目には別のものがうつっていたのだ。近づくに連れ、横断幕の正体が筆者にも分かった。貼られたロープを物干し竿代わりに、大量の洗濯物が干してあったのである。

そしてそのすぐ横、かつてはホールのメインエントランスとして機能していた自動ドア。その上部に雨よけとしてせり出した庇の部分の真下に、赤いシャツの男が寝っ転がっていた。

(アチュイアチュイおじさんだ……!)

それは、去年の夏に我が家でアイドルになったアチュイアチュイおじさんその人であった。秋の到来とともにすっかり姿を見せなくなったので「あれはセミの妖精だったのだろう」という事で夫婦の間で話はついてたのだけど、また出てきた。

(おい! はるか、アチュイアチュイおじさんだぞ……!)
(ね! また出てきたね! 夏だね!)
(アチュイのかな……?)
(いや、まだアチュくないと思うよ)

それにしても、ひとの建物の軒先を借りるのはまだしも、立ち入り禁止ロープを利用して洗濯物を干してるのはたまげた。発想の勝利である。感心すると同時に、なんだか嬉しくなった。彼が帰ってきたということは、まもなく夏なのだろう。そして今年もきっと、アチュイアチュイとこの辺界隈を賑わしてくれるに違いない。

その爆睡する様子を、思わず立ち止まって眺める我々は未だ知らなかった。5分後、彼の元に警官が訪れる事を。

──浅草という街は、そういうハードボイルドな街なのである。