さっきまでホールでパチスロ打ってたのだけど、隣でパルサー打ってる爺様の目押しを助けてあげてたらお礼にコーヒーを貰った。昔は知らん人からコーヒーを貰う事が頻繁にあったけど、最近はそんなに無いので妙に懐かしい感じがした。

こういうのも悪くねぇもんだなぁ……。と。

ビターテイストの液体を飲み下しながら、ふと妙なことを思い出した。もう20年以上前、九州某所の駅前にある、比較的繁盛してるお店での話だ。

今じゃ考えられないけども、当時の俺はパチスロよりもパチンコをメインに打って稼働していた。パチンコが好きだからというより、パチスロがあんまり分かってなくて、一人で打つのがちょっと怖かったからだ。当時よく打ってたのは「不二子におまかせ」とか「オークス」「ミルキーバー」とかその辺。グッと持ち上げたら漏斗みたいなのからドバドバ玉が落ちてくる式の、古き善き現金機がギリギリで残ってた時代である。

……当時のパチンコのコーナーはパチスロより人の交流というか、常連同士の絆みたいなのが強かった。当たったらお互いに祝福して、確変が終わったらみんなで残念がるみたいな、世知辛い人の世にあって一種のやさしさみたいなのが感じられる空間だったのだ。今も田舎の方にいくとそんな雰囲気を感じるホールもあるんだけども、やっぱ時代が違うし、あんま常連同士でいちゃこらしてんのも、外側から見ると雰囲気の良さより「排他的」な感じの方が先にたっちゃう。

「内輪ノリ」という単語って、割と最近になってネガティブな意味に再定義された言葉だと思う。当時は仲間同士は全部内輪ノリで当前だったし、それをして必要以上の疎外感を感じる人間もそんなにいなかった気がする。もちろん外様からすると多少の居心地の悪さはあったと思うけど、どんなジャンルの集まりであったとて内側が外様に気を使うべしという常識は、多分当時は薄かったのではなかろうか。

例えばそのホールには、「自分が当たったらご祝儀をくれるおばちゃん」というのがいた。ご祝儀っていうと語弊があるかもしれんが、要するにコーヒーである。例えば「ギンギラパラダイス」で魚群が出たとして、そのおばちゃんは横の親父の肩を叩くのである。ほら見て魚群ッ、みたいな感じだ。親父も親父でおお魚群かどれどれ当たるかな的な感じでおばちゃんの台の液晶をガン見し、当たったら「良かったな!」、ハズレたら「残念だったな!」と声をかける。んで当たった場合、それを消化し終えたおばちゃんは「応援してくれたお礼」として缶コーヒーを買ってその親父に渡すのである。

おばちゃんからすると損してるだけなんだけども、彼女にとってはコーヒーを渡すまでが大当たりなのである。いわば幸せのおすそ分けだ。そういう楽しみ方って、とてもおおらかで素敵だなと思った。

俺はそのおばちゃんの隣で打ったことが何回もある。お互い常連として認識してたし、名前は知らねど同じホールに通う連帯感みたいなのがあった。なお他の常連からはそのおばちゃんは本人が居ないところでは「コーヒーのババア」と呼ばれておったが、まあそれも悪口とか陰口というよりも愛称に近いものだったと思う。従って俺も以降はその呼称を使わせて貰うことにする。

さてコーヒーのババアとの関係(?)はその後一年くらいに亘って続いた。なんせ俺もパチンコばっか打ってたし、ババアもパチンコばっかり打ってたからだ。お互い権利モノが好きというのもあって隣同士になる機会も多く、例によって当たったらコーヒーを呉れていた。筆者缶コーヒーは大好物だったので、素直に有り難かったもんである。

んでそのうちパチスロ4号機の爆裂機ブームがいよいよグワっとくるわけだ。俺もなんだかんだ徐々にパチスロを打つようになってたし、「キングパルサー」のリリース後くらいからはほぼ100%パチスロ稼働になった。最近はようやくまたパチンコを打つようになったんだけども、それまではほぼパチンコを打たずに今まできとるので、隔世の感がすごい。

パチンコが強いホールもあればパチスロが強いホールもある。ババアとのコーヒー味の蜜月を愉しんだ駅前のホールは前者だったので、俺はほとんど通わなくなった。ただキンパルは何台かあったので、ハイエナ巡回のコースにはしていた。なので当然ババアと出くわした事もあったと思う。

ある時だ、キンパルの微妙な回転数の台が捨てられていた。打つかどうかすげー迷ってホール内をぐるぐる歩いてたら、ジャグラーのシマが結構盛り上がってるのが見えた。九州は当時「シオサイ」系の沖スロが強くてジャグラーはあんまりだったのだけど、それでもやっぱ徐々に人気が出てきて年寄り連中がこぞって打つようになってた時期だ。まだマックスベットがついてない、1BETをペペペって3回押す系の、腱鞘炎上等のマシンだったと思う。めっちゃお年寄りが多い店だし、傾向からしてジャグラーには設定入れててもおかしくはない気がする。

よし。腹を決め、空いてる一台に座り、千円札をサンドにぶち込む。

回し始めてすぐ、肩を叩かれた。ふと見ると、隣にいたのはコーヒーのババアであった。ババアがパチスロを打ってるのを見るのがそれが初めて。無論、向こうからしても俺がパチスロを打ってるのを見るのは初めてだっただろう。会釈を返す。向こうもにこやかな笑みを浮かべ、手のひらをパーの形にしてひらひらと左右に振る。すっかりハイエナ稼働に慣れて殺伐とソロプレイを行っていた俺にとって、ババアの笑顔は眩しすぎた。少し前まで当たり前だった、世知辛い人の世にあって一種のやさしさみたいなのが感じられる空間と、俺はいつの間にか断絶してしまったらしい。曖昧に頷いて打つ。打つ。途中でキングパルサーの様子を見るために何度か席をたちつつ、戻ってきたらババアがまた手のひらをパーにして、今度はそれを上下に扇ぐようにしている。こっちにコイとのことだろう。

「これ、そろえられる?」

見ると、ババアのジャグラーはペカっていた。どうやらババアはパチスロ初学者であり、目押しは出来ないらしい。というか当時はコレが本当に多く、打てる人がジャグラーやパルサーを打ってるとかなり高確率で目押し係に任ぜられていたもんである。別に目押しくらいなんてこたないので、ああわかりましたと返事をし、スッと左手を伸ばしてソイソイとボタンを押す。揃ったのはレギュラーであった。

「なんでオバケ揃えるの!」

ババアがいきなり怒った。冗談かと思って思わず笑ったけど、ババアを見ると割とガチで憤懣の表情を浮かべている。どうやら彼女はBIGとREGのフラグが別であることを知らず、ペカったあとちゃんと狙ったらBIGが揃うものと思っているらしい。要するに、彼女にとってのREGは「BIGの目押し失敗」なのである。

彼女はプンスカ怒りながらREGを消化しはじめる。

たまるか、これは面倒な事になったぞと思った。ババアにフラグの概念を教えるのは周りが五月蝿い中で短時間だと多分無理だし、冤罪を証明するのはかなり厳しい状況だった。

常連同士の見えない絆。信頼関係。カジュアルでいてちょうどよい馴れ馴れしさに溢れた、とても居心地の良い内輪の空間。ババアや、そしてこの店の常連たちと過ごした楽しい記憶が一転して、冷や汗が出るような疎外感に変質した。もう、俺は外様になってしまったのだという事実がズドンと突きつけられ、勝手に親しみを覚えてた自分がバカみたいに思えた。REGを消化し終わったババアがプリプリ怒りながら席を立つ。そして戻ってきたその腕には、何本かのコーヒーが抱えられていた。そしてそのうち一本を、はい、と俺に渡す。顔はまだ憮然としてる。ありがとうございます。会釈をして受け取る。コーヒーはくれるんかい、と思った。

(どんな顔で飲めばいいんだよこれ……)

ババアの台がまたペカったとして、もし他の人に目押しを頼み、それがBIGだったら、俺は完全にクソポンコツ扱いされるだろう。その状況だけは絶対に回避したかったので、受け取った豆汁を二口くらいで一気に飲み、スッと席を立った。キングパルサーのシマに行く。例の台はもう別の人間に取られていた。

──よし、じゃあ他の店にいこう。

それもどうかと思うけど、ちょっとだけ、ホッとしてしまった。