※以下、全部ウソです。
3~4年ほど前だろうか。コロナ禍のすこし前の事だったと思うが、都内のある古い居酒屋にて、不思議な体験をした。蒸し暑い、夏の夜のことだった。満席のカウンターで枝豆をつまんでいると、ふと隣の男と肩がぶつかり、その拍子にコンと音がした。冷たい感触。見ると、男がジョッキを倒していた。肩がぶつかったせいだと反射的に謝ると、男はこともなげに手を振って答えた。
「ああ、でぇじょうぶでぇじょうぶ!」
ねじり鉢巻に法被。ああ、江戸っ子の人なんだなと思ったのを覚えている。男と一緒になって溢したビールを拭いた。折しもその日は隅田川で花火大会をやっており、店内にいても夜空に響く「ドン」「ドン」という打ち上げ花火の音がよく聴こえた。ビールを飲みながらその音に酔いしれていると、不意にねじり鉢巻きの男が、筆者にこんなことを呟いた。
「オイラね、ドンちゃんって言うんですよ」
「へぇ。ドンちゃんさん」
「そこの川ッパの工場で職人やってんですけどね。ちょっとヘマ打っちゃって、コレ……」
男が少しだけ椅子を引いて、足元を指差す。見ると、男の左足はギプスで固定されていた。
「あら、骨折ですか。お仕事中に?」
「いや、プライベートです。引っ越し作業やってたら階段で滑っちゃって。ボキっと行っちゃいましたね」
「うわー、大変だ」
「ホントですよ……。しかも今日、花火大会じゃないですか。これね。実はね、オイラ、一年で一番の大仕事の日だったんですよ。ホントは」
「ん? テキ屋さんですか?」
「はは。違います。花火職人なんですよ。オイラ」
「へぇ。花火職人さん。俺初めて会いましたよ」
「へへ。よく言われますよ。この辺の川ッパでも、最近少なくなりましたもんね」
「えー、でも、花火職人で、ドンちゃん……はは……」
「あら、お兄さん、ヤルひとですか?」
ドンちゃんと名乗った男は、焼き鳥の煙るカウンター上の虚空に向かい、幾度か親指を立てて握り込んだ手をクイクイと動かした。分からない人には分からないだろうけど、筆者にはわかる。パチスロを意味するジェスチャーだ。
「やります。大好きです」
「へぇー。そうなんですね。んー、これ、どうしようかなぁ。言っちゃおうかなぁ」
「え、何がですか?」
「んーでもなぁ、やっぱヤメとこ……」
「ちょっと、なんですか、気になるじゃないですか」
「えー、お兄さん、誰にもいいません? 約束できます?」
「うわ、なんだろう。超気になってきた。えー、マジですか。はい、誰にも言いません」
「そしたらちょっと、こっちこっち、ちょっときて……」
呼ばれるままにドンちゃんの顔を寄せると、男は小声で「オイラね、あのドンちゃんのモデルなんですよ」と言った。
「え! マジですかドンさん! え、モデルって、あの? ドンちゃん! 3連ドンの?」
「ちょ! ちょー! 声が大きいってお兄さん。もう! てやんでいてやんでい……」
「うわ、てやんでいって言ってる! うわ、マジですか。本物だ!」
「そうなんだよねぇ。ちょうどさあ、ハナビあんじゃん? あれ開発中だったのかなぁ。なんか開発のひとがね、良いモチーフないかなぁ、パチスロになりそうなネタないかなぁ……って言いながらそこの川ッパのところ歩いてたんですよ」
「ほお……」
「そしたらね、ちょうどその人がね、オイラの事ファッてみて。そこだよ? ほんとすぐそこの川ッパのとこなんだけど」
「川ッパってなんなんすかさっきから。そんな日本語無いっすよ」
「で、オイラにね、ちょっとモデルになってもらっていいすかって。お兄さんハナビ師っすよねって。オイラもう良くわかんないからもう、『はぁ?』って。最初」
「え、アルゼの開発の人に『はぁ?』って言ったんすか」
「ああもう、最初分かんないから『はぁ?』って。そしたら向こうも『はぁ?』って」
「向こうも!?」
「したらもう殴り合いよ」
「殴り合い……!」
「そんで仲良くなってさ。それで出来たのがあの『ハナビ』よ。なんか殴った時に脳が揺れてオイラのことが3人に見えたっていって、それで3連図柄になったらしくて……。困っちゃうよなぁもう! ハハ!」
うわー、凄い話を聞いちゃったぞ! これはそのうちどっかで書こう……と、ドンちゃんとの出会いに感謝しながら心のメモにエピソードを刻んでいた所、すぐ逆サイドで我々の話を聞いていたスーツ姿の男が、勢いよく立ち上がってこういった。
「ちょっと待った! 今の話には疑義がある!」
男は人差し指で銀縁メガネをクイクイと上げながら叫ぶ。頬が上気してるのはアルコールのせいか、はたまた怒りのせいか。なんにせよ、その声には店内を静まり返らせるだけの怒気が含まれていた。ドンドンと、打ち上げ花火の音が響く。
「疑義って、どういうことですか?」
「ドンちゃんのドンは、人名ではないというのが現代の定説である! これは1962年のパチスロ学会で提唱されたもので、もはや覆すことができない大原則だ!」
「なッ……パチスロ学会……!」
前回のコラムを読んでない人にはサッパリ意味がわからんと思うが説明は面倒くさいのでそっちを読んでくれ。とにかくパチスロ学会というのは、ビタ押しのビタとかの意味を決定している学術機関なのである。どうやら銀縁メガネの男はその関係者らしい。
「いいかね君。ドンくんと言ったか。ドンちゃんのドンはドンではなく「ドソ」であったものが訛ってドンになったものである。元は音階のドとソを表しておるのだ。わかったかね! 馬鹿者が!」
ドとソがドソになりやがてドンになった。この節は筆者も何度か聞いたことがあった。たしか「ドンちゃんCコード起源説」とか言ったハズである。銀縁の言うことは確かに間違いないが、筆者の認識では「結局なにがドとソなんよ」という疑問を突き崩すだけのエビデンスが用意できておらず、定説とまでは言えなかったハズだ。定期的に湧く「ドンと打ち上がるからドンちゃんという名になった」という訳のわからない珍説よりは信憑性があるのは確かだが……。
と、その時、自らをオリジナルであると主張するドンちゃんが叫んだ。
「あーあー! てやんでぇだわ。これはもうてやんでぇだわ。そんな事いうならもう確固たる証拠を提示するわ。オーイ! ちょっとコッチにきてくれ……! 葉──
……こうして唐突に戦いの火蓋が切って落とされた「オリジナルドンちゃんvsパチスロ学会員」によるドンちゃん起源論争in花火会場近くの居酒屋。当初は銀縁の圧勝と思われた論争に一石を投じた伏兵の正体とは。あるいは12時間にも渡る論争で突如ブチ上げられた衝撃の新説とは!? 次回! 明日はどっちだ! 隅田川の向こうだよ! 夜空に向かって! いざ! レバーオン!
※全部ウソです。
「へーっ、そうなんですね」
やはり、ドンちゃんはそこそこ若者だったようですね、もう少し年配であれば、「へーっ、そうなんですか?」と半疑問形を使ったであろうと思いました。
個人的なツマランこだわりですが…😃
まさかのパチスロ学会登場w
今後いたるところで出てきそうな予感・・・!
まさか伝説のドンちゃんと同席されたことがあったとは!何と羨ましい!
実は当方所属の研究所でも、ドンちゃんのモデルとなった人物が実在するらしい。との情報を得ておりまして、係る文献・聞き込み・伝承等を調べ上げ、ひとつの仮説を立てております。
大正~昭和の名コンビ、横山エンタツ・花菱アチャコの最後の弟子「横濱エントツ・花火師アチャオ」という漫才コンビがいたらしい。
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しかし二人は不仲であり、デビュー前に解散。花火師アチャオは弟子入り前の職業、花火師に戻る。
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アチャオをライバル視していたエントツも、花火師となる。そこで意外な才能をみせたのがエントツ。一躍その界隈では有名な花火師エントツが誕生することとなる。
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当初は「トツちゃん」の愛称で呼ばれていたが、なんとなく語呂が悪いのと、たまたま誰が「トツ」を読み違えて「ドン」と呼んだ事により、以後「ドンちゃん」と呼ばれるようになる。
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某パチスロメーカーが噂を聞き交渉。名機、大花火が誕生する。
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その後ライバル関係にあった花火師アチャオは、某パチンコメーカーに猛烈に売り込み、フィーバー夏祭りが誕生することとなる。
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つまり「トツちゃん」を「ドンちゃん」と読み間違えた説。
ここまでは調べ上げてあるのですが、最後の本人からの裏付けがとれず、学会で発表しても信憑性に乏しいとして、未だ温めている次第であります。
禅寺丸さん。
チワッス! すげえ、エンタツ・アチャコ出てきとるw
この説はかなり信憑性高いなぁ。トツちゃん。笑えるw
白いシローさん。
チワッス! はい、もう今後もネタが切れたらぶっこんでいく予定です。へへw
ギルBさん。
チワッス! 当時のドンちゃんは30代だったんで、今もう50代くらいになってるかもしれません。
ねじり鉢巻が似合う渋いオッサンになっとることでしょう……!