筆者は基本的に隣に人が座ってる状態でぱちんこを打つのが好かん。知り合いとかなら良いけど、知らん人がいるとどうにも集中できんのだ。

例えば以前紹介した『ヅーラシェイカーさん』『イカチン』の例にもれず一旦集中が乱れると台に向き合うというよりも、隣人の挙動が気になってそっちの観察ばっかりになってしまう。

例えば、13年ほど前に長崎で遭遇したあのおっさんもそうだった。

筆者はあんまり気にしないけどワキガのひとが来た。

タバコの副流煙の害悪というものに関しては今更反駁の余地もないけども、今となっては公共の場では吸わないというのが常識になっているとは言え、一昔前には「吸っていい場所ではおおっぴらに吸うのが当たり前」だった時代というのもまたあって、パチンコホールなんかはまさしくド真ん中でそういう場所であった。

ちなみに筆者は喫煙マナーは良いほうである。一本のタバコをあんまり長く吸わないし打ちながらくわえタバコとかは絶対しない。何口か吸い終わったらすぐ消す。コスパは極めて悪いがまあタバコっつったって美味いのは火を点けた最初の一口・二口だけだし、そんなに損はしてないと思われる。

電子タバコが出てからは紙巻たばこを吸う人間の肩身がめちゃ狭くなったので着座したまま吸うというのがまずなくなり、吸う時には離席して、喫煙可能な休憩室などを利用してニコチンを補給していたもんだが、そういう気遣いももはや「全面禁煙」にて不要になった次第。今ではホールに滞在している間、ほぼ吸ってない。

んで、そういうのがあんまり関係なくみんな普通にゴリゴリ吸っておった2007年とか2008年とかそのくらいの頃。

わが故郷の町に「マルハン」が出来た。九州の片田舎にあのマルハンさんが来るというのは大事件であり、開店から暫くは近隣のパチンカーやスロッターが群れを成していたのがちょっと落ち着いた頃の話だ。筆者は一人でふらりとかの店に訪れ、仕事の合間に「CRカッパ伝説」を打っておった。

いくらマルハンさんと言えどもド平日の昼間。パチンコのシマは既に空き台が目立っており、人の近くで打ちたくない筆者としては有り難い環境になっていた。ちなみに筆者、ほぼパチスロしか打たない人間なんじゃが、4号機から5号機の切り替わり時期には良くパチンコを打っていた。サミーの「ガッチャマン」とか京楽の「歌舞伎剣」とかサンセイの「超絶合体SRD」とか。あと「萌えよ剣」とかもあった気がする。基本的に甘デジばっかだったけども、要するに普段触らないパチンコというのが何とも物珍しく、完全に遊技として打ってた時期だ(4号機末期のスロでボコボコにされすぎてお金が無かったというのもある)。

兎に角、そんな感じでカッパと戯れることしばし。ふと筆者の台の右側、ひとつ空席を空けた先に男性が座ってきた。

ああ、真隣じゃなくてよかった。と思いながらハンドルを握る。と、すぐに鼻の奥が違和感を察知した。ニューデリーの空港を思わせるスパイシーな香り。ガラムマサラだかコリアンダーだか知らんが、とりあえず刺激臭にカテゴライズされるなんかの臭いがする。

あ、ワキガだ。一拍おいて気づいた。

筆者、ワキガに関してはかなり寛容である。過去に凄いワキガの女の子と付き合った経験もあるし、外国人がめちゃ多い地域で育ってるというのもあるゆえ、体臭に関しては非常におおらかというか、ほぼノンクレームで生きている。故にその時も「ああワキガの人がおるな」程度の感想しか無かったし、実際、状況はそれ以上でも以下でもない。ワキガの人がひとつ離れた席に座っていてカッパ伝説を打っとる。それだけだ。なので5秒後にはその事実を忘れ台に集中した。

 

何か知らんが面白い避け方。

しばしのち。筆者の台に当たりが来た。

喫煙者あるあるだけども、体がニコチンを欲するタイミングには、ある種のトリガーみたいなのがある。例えばご飯を食べたあと。あるいは寝起き。アルコールを飲んだ時。などなど。そしてその中で「パチンコで当たった時」というのも確実にある。この辺は脳理学的に何かあると思うんだけども、要するに「何かの欲求が満たされたタイミング」で妙にタバコが欲しくなるのだ。

右ポケットをまさぐり、ラークの箱を取り出す。箱から直接一本口に咥えて、空いた手でジッポの蓋を弾いて火を灯す。口をすぼめて空気を吸い出すと、燃焼剤がジジジと音を立てて燃え始め、やがて円筒の先がオレンジ色に輝く。白く立ち上る煙が、店内の空調に遊ぶようにして溶け、副流煙を含んだ風がゆっくりと、ワキガの方へと向かう。

刹那、ワキガの人が胸のポケットから筒状の何かを取り出し、親指と人差し指でその尻の方を固定したままスナップをきかせて手首を振る。スパン、と音がして龍虎絵柄の扇子が開いた。そのまま彼は細かくその扇子を振り、ニコチン入りの風を避けるようにして仰け反る姿勢を取った。扇子を振る。振る。振る。仰がれた風が筆者の方に戻ってきて、ワキガの臭いがした。

ブフッッ──!

思わず咽る筆者。これは説明が難しいが、めちゃくちゃツボに入った。まず扇子をスパンと広げるのがおもろかったし、そんなパチンコ屋に居乍らにして仰け反るほど副流煙を避ける人も当時なかなか居なかったんで衝撃だった。なによりその風に乗って副流煙がこっちにリターンしてるのはまあ良いとしても、ワキガ臭というお友達を連れてきてるのがめちゃおもろかった。瞳を閉じ、明鏡止水の心で真顔を保つ。

カッパ伝説の甘は今で言うSTみたいなのじゃなくて昔ながらの普通の確変機で、ループ率が55パーくらいあった。電サポを消化しつつテンポよく連チャンさせる。ちらっと横目でワキガの人を確認すると、扇子を仕舞って台に集中していた。何度目かの大当りが筆者の台に来た時、おもむろにまたタバコに火を点けた。

スパン──!

待ってましたと言わんばかりに扇子を広げるワキガの人。若干のけぞりつつ、パタパタと細かく仰ぐ。風にのってほのかに感じるワキガ臭。これはあまりにも面白すぎた。なんかもう俺にニコチンを食らわすやつはワキガ臭をお見舞いするぜみたいな図に見えてきて「何を反撃しとんねん」的なツッコミが脳内に浮かぶに至り、我慢の限界に達してしまった。火を消して一度離席して便所に行き、精神を統一させてから台に戻る。明鏡止水。明鏡止水だ。

さらにしばしのち。扇子を仕舞ったワキガの人を横目で確認した時、ふと筆者の頭にこんな考えが浮かんだ。これ、火を点けずにタバコを咥えてたらどうなるんだろう。思いついたが吉日。早速試すことにした。

右ポケからラークを取り出し、咥える。ジッポは持たない。そのまま犬歯でフィルタ部分を噛みながらハンドルを握る。横目で奴さんを確認すると、彼もまた扇子の尻の部分を持ったまま、スナップを効かせる直前で待機していた。

火を点けぬ筆者。扇子を開かぬワキガの人。膠着状態である。

そのままの状態で暫く打ってたけども連チャンが終わってしまったので、筆者はそのタバコに火を点けず箱に戻した。ワキガの人も筆者が武装解除したのを見届けて扇子をポッケに仕舞う。この感じが面白くて筆者はたぶんずっとニヤニヤしてたけども、ワキガの人もなんか面白かったのか、筆者が離席してジェットカウンターに向かう途中に会釈をしてくれたし、その顔はちょっと笑っていた。

なのでこれは、奇抜な隣人のエピソードの中では珍しい、ちょっと爽やかな思い出になっている。

……2020年。コロナの影に隠れて目立たなくなってしまってるけども、パチ屋は現在紙巻たばこに関しては全面禁煙になっている。そもそも打たない人はもちろん、タバコを吸わない人や副流煙を気にしない人にとってはホントにどうでも良い変化ではあるのだけども、特に紙巻きタバコを吸う人や、そしてこのワキガの人みたいな人々にとっては、結構大きな変化であった。