筆者は基本的に隣に人が座ってる状態でぱちんこを打つのが好かん。知り合いとかなら良いのだけども、知らん人がいるとどうにも集中できんのだ。

例えば以前紹介した『ヅーラシェイカーさん』『イカチン』『ワキガのオッサン』もそうだけども、一旦集中が乱れると台に向き合うというよりも、隣人の挙動が気になってそっちの観察ばっかりになってしまう。

例えば、13年ほど前に遭遇したあのカップルたちもそうだった。

顔のパーツが一個多い男。

田舎で防犯カメラの営業員をやってた頃の時代の話だ。外回りの営業というのは基本的にむちゃくちゃサボれるので、当時は筆者も死ぬほどサボっていた。おはようございます、と事務所に出てからコーヒーを飲んで営業車に乗り込み、そのまま普通にパチ屋に行ったりゲーセンに行ったりしてたのだけども、或日普通に会社にバレですげえ怒られた。んで怒られたむしゃくしゃを解消するためにどこに行くかというとまたパチ屋に行くとかいう、なんかもう本格的にダメな生活を送っておったのだ。なんせ当時はまだ20代。髪の毛も今よりふさふさであったし、理由もなく「俺はもっとデカい男になるぜ」みたいな不思議な自信もあった。どこにでもいる、普通の、善良な田舎のガキであった。

その日も筆者は営業車のエンジンをブイブイと吹かしつつ長崎の隣にある佐賀と呼ばれる伝説の秘境県まで向かうや、メダルを揉みつつ元気にサボっておった。なぜにそんな遠くまで行ったかというと、流石に佐賀までくれば会社にもバレねぇだろうという狙いと、それから単純に知らないホールで打つのが楽しくて仕方なかった時期だったかである。

だので場所はあんまり覚えてないし屋号もあやふやなのだけども、たしかルーキーだかロッキーだかいうホールだった気がする。一階が駐車場になっていて、そこから直接階段を登って入店すると、皆して肩を寄せ合うようにしてパチスロの新台に向かい合う客たちの姿が見えた。新台はSANKYOの「パワフルアドベンチャー」でまだ空き台があったものの、筆者はその前日に長崎の某店でボコボコにされてたのでそれを忌避。ちょっとトウが立ったけどまだ現役稼働中だった初代の「マジカルハロウィン」の並びに着座した。両隣は誰も居ない。筆者が好む、ガバガバのシマだ。

缶コーヒーとタバコの香り。どこからか聞こえるドル箱シェイクの音と三木道三の曲。一生一緒にいてくれや。みてくれや才能も全部含めて。一生一緒にいてくれや。俺を信じなさい──……。当時からして既に旧い曲であったが、有線だろうか。スタッフのチョイスだとするといかにも佐賀っぽくて悪くなかった。

サンドに千円札を1枚ブチ込んで貸し出しボタンをプッシュする。50枚のメダルが落ちてきた。時刻はまだ正午前。当時は本当にフルパワーでサボっていたので当然アポの予定なんかない。夕刻に事務所に戻るまで時間はたっぷりとある。よしと気合を入れてプレイを開始する。レバーを叩く。ボタンを押す。メダルを入れる。レバーを叩く。ボタンを押す。ボタンを押す──。

ふと気づいた。まだ三木道三が流れている。こんな長い曲だったっけと思いつつ、あんまり気にせず打つ。レバーを叩く。三木道三。あれは「どうざん」だけども、本名だろうか。どうか本名であってほしい。美濃のまむしでお馴染み、戦国武将の「斎藤道三」からつけた芸名であったとしたらなぜ「どうさん」ではなく「どうざん」なのだろうという疑問が湧いてしまう。「ざん」の方がクールだろうと言われればもはやそれまでだし敢えて好きな武将名を間違うというのも何かレゲエっぽくて悪くない。てかもしかしたら斎藤道三も本当は「ざん」と読むのかも知れないし、その辺はもうイージーカムイージーゴーでいいのか。

ええかげんそうな俺でも、しょーもない裏切りとかは嫌いねん。尊敬しあえる仲間と、共に成長したいねん──。

朗々と歌い上げる三木。歌詞のケツまで聞きながらレバーを叩く。これにて曲も終了だ。結構長い曲だったな、と思いつつコーヒーを口に含む。フェードアウト後、一瞬の静寂ののちにまたレゲエっぽい曲が流れ始めた。三木道三の「一生一緒にいてくれや」だった。エンドレスループである。天井のスピーカーを見上げる。まさか有線ではなくシングルCDのリピート再生なのか? 恐るべし。佐賀。ゴクリとコーヒーを飲み込みまた台に向き合う。

余談だがその10年ほど後、上野の某店で開店から閉店までずっとmihimaru GTの「気分上々↑↑」がリピート再生されてる事があった。「G1優駿倶楽部」の上の方をツモってたんで終日打ち切ったけども、開店から閉店まで13時間。一曲5分としても156連続のリピート再生だ。流石にミヒマルを156回連続で聞き続けると変な脳汁が出て気分も上々になった次第。あんまり関係ねぇけど。

……さて、一時間ほど打ち続け、そろそろ道三にムカついてきた頃に、となりに他の客が座ってきた。4台あるマジハロ。一個空けて座ってくれれば良いのに彼が選んだのは筆者の真隣で、さらに続けてその横に女性が座ってきた。二人で何事かを話しながらデータランプを指差している。どうやらカップルらしい。ちらりと横目で確認する。男は阿部寛をもうちょっと縦に引き伸ばしたような顔をしていた。一言でいうと長い。そのせいで顔に何かいっこ余計なパーツが挟まってるように見える。どこが多いのかと問われるとよく分からんのだけども、兎に角、本来ならカチっと鳴るまではめ込まないといけないところがはまってないんで間延びしている。そんな顔だった。そしてチリチリの天然パーマだったので、今思えば大泉洋にちょっと似てたのかも知れない。特徴的な顔立ちだったけども、決して不細工というわけではなく、剽軽な、どちらかというと愛嬌のある顔である。

そのつれあいのほうはそんなに特徴的な所もなく普通の金髪の女性で、年齢は20代前半か。当時の筆者より少し若いくらいだったけども、正直こっちはあんまり覚えてない。彼氏のほうの顔の長さばかりが脳裏に焼き付いている次第。

二人はデータマシンを指差しつつ打つ・打たないの相談を重ね、やがて打つことに決めたらしく、女の方が財布を開いた。男が手刀を振るような仕草とともに頭を下げて一万円札を受け取る。ああ、種銭は女もちなのか。と思った。

まあ、ホールに通ってるとよく見る光景だ。特に家計を一緒にしてる夫婦スロッターの場合は当たり前にある事だし、その時はさして妙だとも思わなかった。

ケンカすんなし。

一生一緒にいてくれや。上がったり落ちたりもひっくるめて。ありのまんま俺をみてくれや。愛し合いたいお互いのすべて──。

三木道三とアリスちゃんのおっぱい。そして飲まれ続けるメダル。筆者の台も、細長い男の台も、そして金髪の女の台も静かなものだった。何も起きない。黙々と追加投資をする筆者の横で、細長い男が何事かを金髪の女に告げる。スンとした顔で財布を開きまた一万円を差し出したる女。手のひらで手刀をきりつつペコリと頭を下げてうやうやしくそれを受け取るや、サンドに差し入れし男の顔は誠に申し訳ないといわんばかりに眉が下がりて、貸し出しボタンをおす形、いかにも尻に敷かれし風情。

ひとつまみの山椒のごとく、どこか舌の奥にぴりりと感じる。険悪な雰囲気があった。レバーを叩き、メダルを入れ、レバーを叩き、メダルを入れ。

やがて、三度目に男が無心を飛ばした際、金髪の女が「これで最後けんね」的な事を言ったのを、筆者のお耳はキャッチした。

手刀を切りつつ、万券を拝領するチリチリ天パの細長き男。あからさまに不機嫌な顔をしてタバコを咥えつつ、ひとつも面白くなさそうに台に向き合う女。

一生一緒にいてくれや。みてくれや才能も全部含めて。愛をもって俺をみてくれや。今の俺にとっちゃお前がすべて──。

ハープ音が流れた。筆者の台だ。共通メイン小役の重複当選をしたボーナス中に発生した「まじかるチャンス」だった。初代マジハロを嗜む人間はこのハープ音の為に打ってた部分があるんで、筆者もようやく鳴らすことが出来て一安心だった。ハマりのストレスが幾分紛れる。やっと来た。さあマクれればいいけど。

心の中で腕をぐるんぐるん回して気合を入れる筆者。勝負はここからだ。ナビに従いARTを消化する。

しばしのち、顔のパーツがいっこ多い男が女に何事かを言う。女は首を振る。懇願する男。断る女。食い下がる男。──やがて、女が諦めたように財布を開いて一万円を差し出す。拝むようにして受け取る男。既に女は打つ手を止めて、男の打つ様をただ無表情に眺めている。男は奮戦していた。何度かボーナスをブチ当てるもカボチャンスには届かず。ジリジリとカード残数を減らし続ける。筆者がレフェリーならばとっくに試合を止めてる所だが、男は顔のパーツだけではなく、心のパーツも筆者よりひとつ多かったらしい。そのパーツを、ひとは「豪胆さ」と呼ぶ。

男がまた、女に向き合って何事かを告げた。何を言ってるかは聞き耳を立てるまでもない。お金ちょうだい! だ。

刹那、女の顔が般若みたいになった。怒りで震える手で財布を開き、何枚かの万券を掴むとくしゃくしゃに握って男に投げる。

「最後って言ったたい!」

怒髪天を衝くとはこの事だ。ど偉い剣幕である。顔のパーツがいっこ多い男は女をなだめる──と思いきや、舌打ちして何かを言い返す。逆ギレである。痴話喧嘩が始まった。

一生一緒にいてくれや。上がったり落ちたりもひっくるめて──。

歌い上げる三木道三。筆者の台からはハープ音が連発する。がばい佐賀弁でちかっぱケンカば始めんしゃるカップル。男の強弁に対して半泣きになりつつ立ち上がり、そして去っていく女。……やがて冷静になった男はくしゃくしゃになった一万円札を拾い、そしてゆっくりとそのシワを伸ばすや、静かにそれをサンドに投入した。

(打つんかい……!)

筆者も。そして他の機種に座りつつ様子を眺めていた他の客も、全員がそう思った。

ホールでケンカはよくある事です。

実はここで書いた話はそんなに珍しい事じゃなかったりする。なんせ長くパチスロ打ってると、ホールで喧嘩するカップルというのは結構目にするのだ。だって筆者、パッと思いつくだけでも10回は目にしてるもの。かくいう筆者もかなり昔に彼女とパチスロを打ってる時、超下らない事で一触即発のゾーンまで行ったことあるし。流石にそんな無茶苦茶ケンカしたりはないけども、危なかったのはホントにある。

なのでこれは本当に珍しい事ではない。けども、普遍的に転がってる事件だって、そう馬鹿にするもんじゃないのだ。

だって、自分には関係ない誰かでも、其の人の目線では主人公に違いないわけで。個々於いては路傍の石にすぎない他者が、意外なドラマを抱えてたりする。馬鹿みたいな、みっともない、取るに足らない痴話喧嘩だって、もしかしたら其の人にとっては、人生を左右する一大事だったりする場合だって、あるに決まってる。

ああ、昔ホールでケンカしたね。金髪女は今頃乳飲み子を抱えながら、すっかり真面目になってカーディーラーとして働く男と正月を祝いつつ、ちょっと酔っ払ってそんな話をしてるのかもしれないし、あるいは、昔ホールでお金をせびるクソ男とと付き合ってた事があってさ、と、別の男の胸に顎を乗せて語る、鉄板の笑い話のひとつに、なってないとも言い切れない。彼女にとってどっちが幸せな事かしらんが、13年後の未来は、いま確実に目の前にあるからね。

一生一緒にいることが、ほんとに出来てりゃ、こともなし。だ。