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ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第27話~平成20年

この頃から、4号機のヒット機種の名を冠した後継機が続々と登場するようになります。もちろん、後継機といっても5号機のレギュレーションではゲーム性が全く異なるのだけど、RTやARTを上手く使って「何となくそれっぽく見せる」と …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第26話~平成19年

4号機の検定が次々と切れていく中で、メーカー側もようやく本気になって大量の5号機を世に送り出すようになりました。   以下は、この年に私が打った5号機の数々。 嗚呼!我ら、日本松柔道部(ウィンネットテクノロジー …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第25話~平成18年

各メーカー所有の4号機のタマもそろそろ尽きてきて、この年からはさすがに5号機が数多く登場するようになりました。 平成18年に登場した主な4号機は以下の通り。 俺の空(ロデオ)、秘宝伝(大都技研)、キングオブマウス(ゴール …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第24話~平成17年

この年は、いわゆる「5号機元年」にあたります。ただし、5号機の規定(平成16年7月1日に施行)に適合した機種が検定を通過したというだけで、世の中の主流はあくまで4号機。各メーカーさんは検定通過済みの4号機のストック(駆け …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第23話~平成16年

この年は、いわゆる「大量獲得タイプのストック機」がいろんなメーカーからデビューしました。もちろんこれは、前年に大ヒットした大都技研の「吉宗」の流れに追随したわけですが、どの機種もそこそこのスマッシュヒットを放つも、同カテ …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第22話~平成15年

この年は、各メーカーがさまざまな趣向を凝らした新機種を相次いでリリースし、その内のいくつかは「名機」と呼ばれて後世に名を残しました。   有名どころは以下の通り。 アントニオ猪木という名のパチスロ機(平和)、レ …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第21話~平成14年 

この年は、いろんなジャンルのパチスロがデビューしました。主流はやはり爆裂AT機だけど、その他にもツインBB搭載機、プチストック機、711仕様ストック機など、多彩なバリエーションで我々プレイヤーを楽しませてくれました。 & …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第20話~平成13年 

この年は、いわゆる「AT機元年」です。1月の下旬にサミーから登場した「獣王」が大ヒット。それを見たほぼ全てのパチスロメーカーがサミーに追随し、まるで雨後の筍のように次々と「獣王タイプ」と呼ばれる爆裂AT機をリリースしまし …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第19話~平成12年

技術介入機の隆盛はまだまだ続く。前年にデビューした大ハナビ(アルゼ)の人気は非常に高く、それに追随する形で各メーカーから「A-700タイプ」が続々とデビューしたけれど、結局のところ大ハナビの地位を脅かす強い機種は登場せず …

◆ドラゴン広石の「こうして私はパチンコ&パチスロと長く付き合いながら良い年をしたおっさんになった」/第18話~平成11年

平成10年の12月中旬、オリンピアの「ビーナスライン」を巡る大騒動が起きました。 この機種はビッグ確率が195分の1~256分の1という、ごくありふれたスペックの7ライン機だったのですが、普通ではなかったのが通常時&ビッ …

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